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【ショートショート】『私も検討しますので』

今、とあるセミナーが密かな人気を呼んでいる。
4,50代のスーツ姿のサラリーマンが大半を締める教室で一際ラフな恰好の講師は言った。
「いいですか。令和の時代はもう『丸』なんて言語道断です。昭和平成はもう過去の話なんですよ。駄目です。反感を買うだけです。
…でも分かりますよ。止めたくない訳ですよね、丸。じゃあどうすればいいか」
勿体ぶった空白の間があけられる。
「下です。下なんです。下を止めましょうよ。変えるべきは下なんです」
独特のテンポに皆引き込まれ一様に頷いている。
「じゃ具体的にどうするのか…ズバリ言いましょう!この言葉を添えます!そうですこの言葉を添えるだけで良いんです!
今まで通り、昭和平成の通り言った後に最後たった一言この言葉を添えるだけでいいんです」
大型モニターに映し出されたその一言を皆熱心にメモに取った。
「最後にこの一言を添える事によって『俺も寄り添ってるよ』って。ね。『ちゃんと俺も見守ってるよ』って。
もうね。そうなればこれは大事に手渡しするギフトと何ら変わりありません」
最前列の1人が恐る恐る挙手をし質問を希望した。
「質疑応答の時間は最後に設けますがいいでしょう。何でしょうか」
「すみません。実際にそこまで言ってしまうとなるとその後に何もしないというのはかえって難しい気がするのですが?」
講師は教壇に両手を付き静かに目を閉じている。
「とても良い質問です。皆さん、この最後の一言…いやこの基本理念を今一番理解し有効に使っているのがこの方々なんです」
大型モニターにある人々の画像が映し出される。
おおと感嘆する声が教室にこだました。
「どうでしょうか?これが答えです。貴方の懸念されている事がいかに不毛な事かがご理解いただけたでしょうか」
質問者は大きく頷き席へ着いた。

「先輩!先輩!やっと分かりました。課長がこっちに急な仕事頼む時に変な言い回しになった理由。どうやら課長これに行ったようです」
後輩社員が差し出したスマホ画面には『部下にバレない【仕事の丸投げ】作法を身につける。令和流【仕事の丸贈り】セミナー』とある。
サイトページには教室での講義風景の写真が掲載されている。
「ほら、この最前列で質問しているの、これ課長なんですよ」「丸贈り…なんだコレ超絶うぜぇな」
「先輩ここ見てくださいよ。どんな授業の流れになったらこの画像がモニタに映し出されるんですかね」
先輩社員は眉間に皺を寄せ画面を凝視する。その授業風景の1枚は
講師らしき人物が手をかざす先の液晶モニターに国会議員らの姿を映した画像が表示されている。

「想像するに検討はすると言いながら…結局何もしないって連中の象徴なんじゃないか。丸投げのシンボルって事か」

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