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シュール

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吉田図工のシュール作品です
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2022年4月の記事一覧

【ショートショート】最新のカメラレンズ

「良いね、すごく良いよ。そのまま視線ください」 被写体の女優は艶かしい視線をカメラに寄越した。 シャッターと共にスタジオはストロボの光に包まれる。 「ちょっと休憩しようか」一旦撮影を止めた。 シャッターが切られる瞬間にカメラ目線が外れたのをファインダー越しに確認できた。 アシスタントがノートパソコンを片手に駆け寄る。 これまで撮影した画像が一覧表示されている画面を示しながら不思議そうな表情で「まだ一枚も目線貰えてません」と声を潜め囁く。 「何故だろう?」と私も囁く。長年カメラ

【ショートショート】ありきたりな幽霊

2階の部屋で1人休んでいると今日もその気配を感じた。 私は壁掛け時計を見た。 時計の針は午前2時を指しているというのになかなか寝付けないようだ。 ギギ………ギギィ……… 部屋の外、突き当りの階段あたりから軋むような音。 恐らく霊感が強いのだろうか。ここに居る事がバレているような気がする。 ギギ………ギギィ……… 徐々に音は近づいてくる。そして途切れ途切れの声が聞こえた。 こ…い……う…めよ…おね…ちゃん… 私はじっと身を潜める。 ギギィ……ギギ ドアの前で音が止まる。

【ショートショート】新しい味

甘味、酸味、塩味、苦味、うま味。 基本とされるこの5つの味に次ぐ新しい味が発見されたとテレビが騒がしい。 たまたま見かけたのがバラエティ色の強い情報番組だったので、斜に構えて真面目に受け取らなかった。 「バカバカしい。これが味の部類になるなら、辛味や渋味はどうなる?こんな捏造まがいの話題を堂々と放送する気が知れない」 私は茶碗を片手に思わずぼやいていた。しかし裏腹にその味を意識して感じようと試みたが到底感じることは出来なかった。 ふと気がつくと向い合せで味噌汁をすすっていた

【ショートショート】日本語更新委員会

会議室に集められた老若男女は、各自印刷物またはノートパソコンを広げ事前に連携された資料に目を通している。 「えー、皆さん本日はご苦労さまでございます。 事前に皆さんに挙げてもらった候補の中から数点まで絞り込みました。本日はその中から選んでいきたいと思います」 進行役を兼任する選考委員の1人が喋り終わると、初老の男性が老眼鏡を正しながら勝手に話はじめた。 「3番だな。『岡持ちの掛け持ち』言い得て妙だし語呂も良い。ワシが言うんだから間違いない」 全く興味無さそうに忙しなくノートパ

【ショートショート】右上の広告

「ハハハそれ分かる!右上の広告くらい邪魔だよね!」 「え…右上の何って?」 物心がつく頃から友人との会話で噛み合わない事が出始めた。 視界の右上。 私にはそこに定期的に広告が見えるのだけど。 当然皆も同じ様に見えているものと思っていた。 でもどうもそうでは無い事がだんだん分かってきた時、 変な奴に思われるのが嫌で幼心に絶対誰にも話さないと誓った。 今思えば何で母さんに聞かなかったんだろうとも思う。 そんな異変に気づいたら真っ先に親に相談するもんだろうに。 違うな。怖かったんだ

【ショートショート】無駄の結晶

N氏の葬儀は一般的なソレと比較すると寂しいものだった。 必要最小限の人付き合いしか無かった為、数名程の参列者は実弟とその家族のみであった。 後日、遺品整理の為に兄の自宅を訪れた弟は僅かな遺品の中に1本のminiDVテープを見つける。 しかもラベルに弟の名前が記入されてあるものだから 気になって再生出来る機器を探した。 見つけたビデオカメラ本体に挿入し再生すると小さな液晶画面には在りし日のN氏の姿が映し出された。 何度かカメラの位置を調整する姿が映し出されると徐ろに話始めた。

【ショートショート】曜日自由化

「山田。先方に明日でアポとっといてくんない?」 はいと上司の指示に受話器をとる。 「…つきまして明日の香車曜日にご都合よろしければと…あ、飛車曜日の15時なら空いていますか。少々お待ちください」 保留ボタンを押す。 「部長、飛車15時なら先方空いているそうですが」 「飛車は我社で…」「猫です」「猫って事は」「木曜です」「OK大丈夫だ」 「お待たせしました、大丈夫です。では明後日の御社飛車弊社猫の15時でお願い致します」 電話を切りため息をつく。 「山田っち、亀曜の資料頼める?

【ショートショート】じゃんけんver2.0

テレビの速報字幕やスマホの緊急通知等あらゆる手段でその発表は世界に衝撃を与えた。 『○月☓日深夜3時より史上初じゃんけんのシステムアップデートを実施』 連日連夜、放送各局はこの話題を取り上げた。 「これまで円滑に決められていた事の長期化が懸念されます。既に株価にも影響が…」 と経済評論家が論ずれば 「そんなん小学生鬼ごっこの鬼決めるだけで夕方5時来てしまいまっせほんまに」 とお笑い芸人は揶揄し 「もう分かるよね?来たるべき宇宙人との交渉の為にアメリカ主導で動きだしたわけ。もう

【ショートショート】職業職人の仕事

記者は職人の作業を邪魔しない様に静観し、その脇でカメラマンのシャッター音が響く。 「…で後は仕上げたら完成かな」 一区切り付いた所を見計らって記者は質問を再開させた。 「田中さんにとって『仕事』や『職業』という言葉をどう捉えていらっしゃいますか」 「こらまた難しいな…親父の仕事継いだ奴が偉そうにほざくなやけど、今や仕事は会社から『与えられる』、職業は既に存在する中から『選ぶ』のが当たり前でっしゃろ。そらもう疑う余地ない訳で。 親父…先代からは新しい価値の誕生は同様に職業の創造

【ショートショート】初めての飲み会

「えーと、それでは…大丈夫ですか。では改めて…はい、よろしくお願いします。かんぱーい」 即席の幹事の乾杯の掛け声でテーブル席の6人はたどたどしくグラスを合わせた。 「えっと、なんか緊張しますね」 「そうですね。私も人見知りなんで緊張してます」 「ま、とりあえず自己紹介でもしますか」 それぞれ初対面の6人は他愛もない話で場を繋いだ。 「あのー意外とちゃんとした所なんですね。料理も美味しいし」 「そうですよね。お酒の種類も充実してますしね」 1人がメニュー表を振りながら答える。

【ショートショート】分散

あけましておめでとうございます 玄関前の掃除をしているとそう聞こえた気がした。 顔を上げると犬を連れた杉山さんが立っていた。 「あ、杉山さんおはようございます。わんちゃんのお散歩ですか」 「はい。散歩がてら年始の挨拶に回っております。あけましておめでとうございます」 突拍子もなく予想外の事が起きた時はまずは自分を疑う。 何か重要な事を私は把握できていないのだろうか。 また忘れていたりしているのだろうか。 あけましておめでとうございます…今日は4月1日だ。 年度始めの事を指して