見出し画像

大学は職業訓練校ではない

2、3年ほどまえに地元の大学から教員と就職支援の職員とが会社に来て、大学での教育についてヒアリングをしたいというので応対した。最近では大学で実学を重視するようになり、社会に出てすぐに即戦力として使える人材を育てようとしているが、会社としてはどういうスキルを身につけてほしいか、どういう学生なら採用したいと思うか、という内容だった。正直、答えに困った。新入社員に即戦力になってほしいと思っていないからだ。

私の部門ではウェブサイトの制作やシステム開発をしているので、工学系や情報系の学生が入ってくることが多い。だけど、即戦力として使えるかというと、まったく使えない。HTMLだのPythonだのという用語は知っていて、多少コードが書けるからといって、仕事で任せられるレベルではないし、専門的なこと以外に知らなければいけないことがたくさんあるからだ。

だから大学はどうしたらいいのか知りたいのでは?と思うかもしれないが、それはムリだし、する必要もないと思っている。ムリな理由はかんたんで、大学の教員は現場を知らないからだ。以前、大学から課外授業で学生にウェブデザインについて教えてほしいと依頼があって話したことがあるが、そのときの教員が教えていた内容に驚いてしまった。歴史の授業かと思ってしまうほど、ウェブが世の中に出てきたころの技術や作法を教えていたからだ。べつに間違っているわけではないが、あまりにも現場とはかけ離れたことを教えていたし、これではムリだなと確信した。もちろんその教員がたまたま極端な例だったのだとは思うけど、デジタルの世界ではどんどん新しいことが出てくるし、それを教員がキャッチアップするのは難しいだろう。

それならば現場で活躍している人が教えればいいという考えもあるかもしれないが、それならもう就職してしまえばいい。言いたいことは、仕事で使えるスキルを身につけるのであれば大学に行く必要はない、ということなのだ。だけど、大学が必要ないとはまったく思わない。会社では教えられないことを教えるのが大学だと思うからだ。

会社としては、大学で何を教えてほしいか。どういうスキルを身につけた人材に来てほしいか。それはけっして仕事ですぐに使えるスキルではない。

うちの部門でいま主力として活躍しているスタッフは意外なことに文系が多い(かくいう私も大学は外国語学部だったし、会社に入るまでパソコンはほとんど触ったことがなかった)。もちろん入ってくるのは工学系や情報系の学生が多いのだけど、仕事を覚えて、他の人たちを引っぱっていくのは文系が多いのだ。文系が有利ということではないのだろうけど、デジタル系の仕事だからといって、デジタル系のことを勉強していたことはアドバンテージにはならない。社会に出て活躍できるかどうかは、文系理系にかかわらず、大学で、というか若いうちに大事なスキルを身につけたかどうかということなのだろう。

大学で身につけてほしいスキルは、自分で調べてまとめる、ということだ。なんだそんなことかと思うかもしれないが、これができるかできないかで仕事ができるようになるかならないかが大きく変わってくる。小学校から高校までの勉強というのは、極端にいえば暗記である。国語だろうが数学だろうが、覚えるべきことを覚えて、応用すれば答えを導き出せる。知識や教養、論理的思考を養うのが初等教育と中等教育で、大学という高等教育で学ぶのは、与えられた大きなテーマのなかで自分で調べてまとめることなのだ。もちろん単位を取るために授業のなかで何かを覚えることはあるかもしれないが、それは調べるために必要だから覚えているだけで、覚えることが目的ではない。卒論では自分でテーマを決めて、仮説を立て、検証し、まとめたものを論理的に文章にする。こういうスキルを身につけさせるのが大学の本来の役割だと思う。

会社としてはどういうスキルを身につけてほしいか、どういう学生なら採用したいと思うか、という問いにたいして、そんなこと気にしないで大学本来の学びを教えてください!などとは面と向かって言いにくいので、そこはふんわりと答えてしまったけど、本音をいえばそういうことなのだ。自分で調べてまとめることができる人材は、デジタル系にかぎらずさまざまな分野で活躍できるだろう。現場で必要な知識は現場で学べばいい。大学生には大学生らしい学びをしてほしいのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?