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筋そして軟部組織を捉えよ‐徒手療法は直接触れて行うべし(1)

 私は92年に柔道整復の養成学校に入学し、例にもれず入学と同時(それでも恵まれている方でした)に整骨院での実習(という名の労働搾取とも…まぁ受け取り方次第ですが)も始めました。そりゃあもう90年代の整骨院ですから、5台の施術台が並ぶだけの10坪の施術所に、一日あたり100名の患者さんが来られるのもそんなに珍しいことではありませんでした。もちろんそれだけ多くの患者さんに対応するには回転率を高めないといけない、患者さんが服を脱いだり、低周波治療器の導子を外したりする時間も勿体ないわけです。当然のことながら、徒手療法は服を着た上から。軽擦法の際、手の滑りをよくするのにタオルをかぶせるか、それとも日本手ぬぐいを用いるか、口角泡を飛ばして議論したものです(笑)。

 さて、柔道整復師資格を取得して3年目からアメリカに留学したのですが、その当時米国のアスレティックトレーナーでManual Therapy (徒手療法)を用いる人はあまりおらず、最初の実習先であった、州立の短期大学(Community College)である程度の自由裁量を任されたときには、私も日本でそうしていたように、服を着たままの選手にタオルをかぶせ、シャカシャカと手を動かしたものでした。少し気の効いたショッピングモールにはクイックマッサージの店舗があり、利用者は服を着たまま、下の写真のようなマッサージチェアに身を任せ、施術を受けているのを見ていたので「アメリカも日本と変わらないのだな」くらいに思っていました。

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 その後、California State University, Fullertonのアスレティックトレーニング教育学科に編入し、本格的な養成課程で学ぶことになった最初の学期の最初の学科全体ミーティングで、学内診療所の理学療法士(ATCでもあった)Cathy Carreiro (以前こちらで紹介した恩師の一人)から教わったのが、「中殿筋へのクロスフリクションマッサージ」でした。伏臥位になった患者のズボンと下着を可能な限り下げ、施術者は手のMP関節背側を直接患部に当て、筋の走行に交差するように強く圧を掛けながら動かすのです。患者の中殿筋と施術者のMP関節背側が直接擦れあうと痛いので、摩擦を軽減するためのアイテムとして紹介されたのが…

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そう、冬など空気の乾燥したときに、唇のひび割れを防ぐリップスティックです。写真のチェリー以外にも(それにしてもアメリカンはチェリー好きですね、チェリー・コークやのど飴などいたるところでチェリーに出会います)、様々な香りのバリエーションがあり、施術するこちらの気分に合わせて…じゃなかった(笑)、このリップスティック(クリーム)の固さが摩擦を防ぎつつも、中殿筋の状態を捉えるのに都合がイイ、というのです。実際に使ってみて、中手骨の背側であっても、中殿筋の状態がはっきりとわかる、目から鱗が落ちたのは言うまでもありません。中殿筋以外にも、患者側臥位から大・小の菱形筋に指先でアプローチするとき、背臥位から肩甲下筋に指先で触れるときでも、指先にささっとコレを塗ってリリースすることができる、それも指先でそれらの筋の状態がまさに手に取るようにわかる。もちろんそれらに触れられるように患者であるアスリートには服を脱いでもらわないといけないのですが、さすがNCAAのDivision-1、女子アスリートも、そこに男子アスリートが居ようと、学内診療所のリハ室では上半身スポーツブラ1丁になってCathyほかスタッフの施術を受けている、それが当たり前でした(それでもまだアメリカ人は日本人と感覚が近いほうで、ヨーロッパにいくとこちらが目のやり場に困るくらい脱いでしまいます…)。

 すぐに影響を受けてしまう私ですから、コレは即導入でした。なにせ、コレを知ってからは、服の上からさらにタオルかぶせて徒手療法を行うのはまるで「スキー用手袋をはめてお箸でツルツル滑る小豆を掴む」ようなものとしか思えなくなったのです。この場に不適切な例えも頭に一瞬浮かびましたが(汗)、そんなどころの騒ぎではなく、もはや仕事にならないレベルの違いだと言っても過言ではなかった。

 編入して3セメスター目、陸上部を担当することになった際には、私一人がアスレティックトレーニングルーム内で、徒手療法適用の選手を増やしてしまい、同期の学生からは「仕事を増やさないで!」と怒られ、ヘッドアスレティックトレーナーのJulie Maxからは「選手を甘やかさないように!(Noooo! Yosh, Don't spoil my athletes.)」と指導を受け(下の写真はまさにその瞬間、笑)つつも、この直接触れながら行うManual Therapy(徒手療法)でそれなりの結果を残してきました。それが後に全米優勝3回(その2001年時点で)を誇る野球部の担当になるきっかけにもなったと後から聞かされたのも懐かしい記憶です…。

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 今でこそ、ATCならだれでもManual Therapy(徒手療法)を駆使するようになりましたが、2000年代はじめは「お前はメジャーリーガーか?(So, you are in the "Big League"…こういう時に「大リーグ」って言い方になるんですね、笑)」というくらい、MLBでしかそのような贅沢は享受できなかったのは事実です。まだそのころはMLBでもLAドジャースやアナハイム・エンジェルスなど一部の球団がホームゲームの時のみManual Therapy(徒手療法)専門のスタッフを帯同させる、くらいだったように思います。

 さて、話は飛んでその5年後、2006年、私はあるMLB球団に雇われたのですが、そこではその2年前2004年にインターンとして参加させていただいた球団よりもさらにManual Therapy(徒手療法)に力を入れていました。ホームゲームには地元のマッサージ師が来てくれるだけでなく、ヘッド・アシスタントそしてリハビリ・コーディネーターまでが徒手療法に精通していました。日本で柔道整復師の免許を取得し、整骨院で数年の経験があります、数年前にATCになりました、くらいではとても彼らに太刀打ちできるはずもなく、ひたすら彼らの技術を学ばせてもらった2シーズンだったと今振り返って思います。

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その学ばせてもらった中に、Manual Therapy(徒手療法)で用いる潤滑剤も含まれていました。今私が施術に使っているものは下の写真の3点、そのうちの二つはこのMLB時代に一緒に仕事をさせていただいた人達がちょうど私がいた時に見つけてきたものです。そしてそれはMLB30球団、どこに行っても見られるものになるまでにそう時間はかかりませんでした。06年のシーズンが終わり、帰国前に母校に立ち寄った際、前述したCathyから「何かMLBのアスレティックトレーニングでYoshiから私が教えてもらえることは?」と聞かれた際、「リップスティックも良かったけど、同じかそれ以上に良いものがあったよ」と紹介したところ、母校でも即導入、現在でもつかわれています。

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 さて、ここから勢いに乗れそうなのですが、今回はこの辺で。30球団どこに行っても見られるように…がウソだと思う方のために写真をもう一枚、2019年のミルウォーキー・ブリュワーズ、春季キャンプ地のメジャー契約選手向けのアスレティックトレーニングルームの写真を下に。ずっと以前から使われてきた「ホット・チーズ(黄色・オレンジ・赤のミューラー社製品)」にならんで青い蓋、白いクリーム…見えるでしょうか?

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次回投稿では3種それぞれの長所と短所についてお話ししたいと思います、乞うご期待。


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