誰かの笑顔が、私の笑顔になる瞬間
「仕事は慣れたかい?」
私は掃除中で、後ろからいきなり声をかけられため少し驚いた。
「はい。ようやく慣れ始めました。」
その人の顔を見たが、誰なのかは思い出せなかった。男性で、年齢は50代だろうか。バイトの関係上、こういった人たちには1日に何度もお会いする。
まだバイトを始めたばかりの私は、お客様の顔を覚える余裕などなく、ただただ仕事をこなすだけだった。
「そうかい。頑張ってね」
そう言ってその男性は笑顔で、その場を後にした。
顔を覚えていなかったことは申し訳なかったが、そのキラキラした笑顔を見て、私のネガティブな感情はどこかに消えてしまった。それこそ、仕事用のホースから出ている水に、流されたように。
と同時に、こんなことを思った。
私が誰かを求めてこのスポーツジムに来ていなくても、あの男性は、誰かを求めてこの場所に来ているのかもしれないと。
だから3日間しかまだバイトに来ていない私の顔を覚えていて、話をすることを楽しみに、この場所に来ているかもしれないと。
その瞬間、私も笑顔になれた。その男性のおかげで。
『一生懸命にやっていれば、誰かが見てくれていて、誰かのために頑張っていれば、自分に必ず返ってくる。』
不意に恩師の言葉が頭をよぎった。本当だったんだ。
それならまた明日も明後日も、誰かのために頑張ってみよう。そうすれば、あの男性も、まだ見ぬ誰かも、そして自分も、きっと幸せになるのだろう。
この想いは水で流さず、ブラシで磨いたようにキラキラしたままで心にしまっておこう。
あの人の笑顔に負けないように。
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