エモいとは、曖昧さを美徳とする文化から生まれた超日本的言葉
最近の若者なら一度は使ったことがあるであろう言葉、エモい。
今回の企画でエモいについて考えてみたのだが、改めて考えてみると比較的新しい言葉でありながらも日本人独特の曖昧さを上手く表している超日本的な素晴らしい言葉だと筆者の中で結論が出たので、それについて書いていくことにした。
エモいと時代背景
昨今は西洋化が進み、曖昧に答えるのではなく、はっきりYes/No を言うべきであるという風潮が強い。筆者自身も海外生活も長く、米国で仕事をしているため、仕事上できっぱりと割り切ってる。とりわけグローバル化が進んでいるビジネスの現場ではそうだろう。これに対して異論はない。
一方で、日本人独特の美意識については、日本文学者であるドナルド・キーン氏が著書「日本人の美意識」で以下のように述べている。
「暗示、または余情」、「いびつさ、ないし不規則性」、「簡潔」、「ほろび易さ」である。こうした互いに関係する美的概念は、日本人の美的表現の、最も代表的なものを指し示している。
source: ドナルド・キーン著「日本人の美意識」
上記の通り日本では古来より、いびつさ、不規則性、余情、間(ま)を良しとして、曖昧であることに美意識を感じているのだ。
エモいの意味を簡潔に端的に説明するのは難しい
さて、ここでもう一度、エモいの意味を考えてみよう。
するとどうだろうか。一言で説明するのが難しい。強いてあげると、、
ノスタルジック
懐かしさ
寂しさ
わびしさ
哀愁
情緒あり、
趣深い
などだろうか。
ちなみに参考までにWikipedia を見ると、以下のように記載がある。
エモいは、英語の「emotional(エモーショナル)」を由来とした、「感情が動かされた状態」[1]、「感情が高まって強く訴えかける心の動き」[2]などを意味する日本のスラング(俗語)、および若者言葉である。
感情が揺さぶられた時や、気持ちをストレートに表現できない時[1]、「哀愁を帯びた様」[3]、「趣がある」[4]「グッとくる」などに用いられる。
言うならば、上記の複雑ではっきりとしない情緒が入り乱れた感情のことをエモいと表現するのだろう。
まさにこれは日本独特の文化である曖昧さから生まれた言葉ではなかろうか
日本的美意識はきちんと若者にも浸透していた
グローバル化が進み、世界のスタンダードは欧米(特に米国)に向かっている。一方で、それぞれの国の独自の文化というものを守って行かなければならない。紛れもなく日本は素晴らしい文化があり、それは世界にも通用するものだと確信している。
一方で、日本古来の文化の継承という意味では、益々難しくなってきてしまっているように感じる。東京一極集中がおこり、地方の伝統文化を継承するのが困難になりつつあり、後継者探しに奔放している職人も少なくないだろう。
そんな状況を見るに、日本の文化は大丈夫なのだろうかと、思うこともあった。
しかしエモいが生まれて若者世代を考察するに、まだまだ日本の文化は無くなっていないようにも感じたエモい今日この頃であった。
ライター:Shotaro
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