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「思わず誰かの顔が浮かぶ」街に住めたら
転職を機に引越をしてから、2ヶ月が経った。今の生活にも、少しずつ慣れてきた。
けれど、住んでいる街を「自分の居場所」と完全に認識するのは、まだ先になりそう。「何かが足りない」という気持ちが、心の底でうずくまっている。
こんなとき、いつも思い出すのは、あの場所。社会人になって初めて1人暮らしを始めた、あの街だ。
そして街と一緒に浮かぶのは、あの人たちの顔。元気でいるのかな。思わず、考えてしまう。
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野菜が大好きなカレー屋店長「ミフユさん」との出会い
新卒入社し、初めて配属になったのが福島県だった。縁もゆかりもない土地だし、友人もいない。なんてこった。
これまでの人間関係をリセットされたようなものだ。けれど、だからこそ1から作り出すしかなかった。外に出て、誰かと繋がれる機会を求め続けていた。
そんな、ある日。素敵なカレー屋さんに出会う。地域の野菜をふんだんに生かしたカレーが食べられて、店員さんもフレンドリーに接してくれるお店。
すぐに常連になった。通う中で、ぼくと同年代の店長「ミフユさん」と仲良くなり、野菜の話をよくした。福島の野菜がどんなにおいしいのか。どこに直売所があるのか。どんな食べ方がベストなのか。
ミフユさんは福島出身ではない。けれど、福島の野菜のおいしさと、それを支える人たちの人柄に惚れ込んで、移住を決意したらしい。
いきいきと野菜の話をしてくれるものだから、ぼくも何かのスイッチが入り、野菜にハマり出した。福島のブランド野菜を買って食べては、ミフユさんに報告をしにいった。
そんな日が続く中、ミフユさんがこう言った。
「今度、お世話になっている農家さんの手伝いでタマネギの収穫に行くんです。よさくさんも来ませんか?そういうの好きそうだなって!」
気がつけば、タマネギ畑に立っていた。カレー屋に通い続けていたら、タマネギを収穫することに。どんな展開。
農家の方と共に、あくせくと収穫作業を進める。土と汗にまみれながら、色んな話を聞いた。農作業の苦労や、野菜に込めた想い。地元を盛り上げるために自分たちができることは何か。
今まで何気なく食べていたタマネギと、今住んでいる土地に、どれほどのストーリーが刻まれているかを思い知った。
知産知消を志すシェフ「ソトダさん」との出会い
タマネギの収穫作業には、フレンチシェフの「ソトダさん」も参加していた。シェフは紹介でしか予約できないお店を構えている、顎ヒゲをたくわえたダンディズム満載のお方。
農作業後、ソトダシェフはみんなに料理を振る舞ってくれた。オシャレなサラダとスパイスの効いたカレーだ。農作業の達成感も調味料となり、ほっぺたが行方不明になるほどおいしかった。
ソトダシェフはとっても気さくな方で、「よさくさん!カレーまだ食べるよね!食べるよね!?」とグイグイにおかわりを勧めてくれた。3杯目なんです。
農作業の後日。ミフユさんに誘ってもらい、ソトダシェフのお店のプチパーティーに参加した。
そのとき、ソトダシェフが伝えてくれた価値観が、頭にクッキリと残っている。
「『地産地消』っ言いますけど、自分の中で大事にしてるのは『知る』って字の『知産知消』なんですよね。知っている人が作ったものを、知っている人に食べてほしいんですよ。」
そうして、コース料理が出てくるたびに、丁寧に説明をしてくれた。この料理に使われている野菜は誰が作っているのか。どんな想いで作っているのか。ストーリーもお皿に載せて、料理を彩ってくれた。
「味わう」というのは味覚を使って「おいしい」と感じるだけのことかと思っていた。けれど、そうじゃないのかも。
食材が辿ってきた道のりに想いを馳せ、生産者の伝えたい気持ちも含めて受け取る。そんなストーリーを心で咀嚼することも、「味わう」ことなのかもしれない。
日本酒大好き整体師「イワマルさん」との出会い
ソトダシェフのお店でのパーティーで、隣に座っていたのは整体師の「イワマルさん」だった。
メガネをかけて、まるっとした男性のイワマルさんは、一瞬話しただけで「絶対イイ人」と分かる温かみをもっていた。
イワマルさんは日本酒が大好きで、ぼくに様々な銘柄を紹介してくれた。正直、日本酒はあまり得意ではなかったのだけど、イワマルさんが注いでくれる日本酒はグビグビ飲めてしまう。目利きがすごい。
ぼくが日本酒の魅力に気がつき始めている姿を、イワマルさんはニコニコと眺めていた。
「日本酒の世界は深いよ。よさくくんに、もっとおいしいお酒教えたいし、好きになってほしい。」
そうして、後日。日本酒飲み放題のお店へ連れて行ってくれた。数ある日本酒から、福島の銘酒を選んでくれる。
イワマルさんの友人も交えながら、新たな人々と日本酒の出会いに酔いしれ、にぎやかな夜を過ごした。
自分だけでは、こんなお店に来なかっただろう。せっかく福島にいたというのに、日本酒の奥深さに触れずにいただろう。
人との出会いが、自分の住んでいる場所をより好きにさせてくれた。
ぼくにとっての「住みたい街」
カレー屋に通い続けたことをきっかけに、芋づる式に人の繋がりが広がっていった。
まるで、バトンを渡すように。ぼくに福島の魅力を伝えるという使命があるみたいに、次から次へと素敵な人たちが現れた。
ぼくは福島で4年間を過ごしたあと、転勤で離れてしまった。けれど、ふとした瞬間に、あの街に住んでいたことが頭によぎる。
野菜を見ると、ミフユさんを思い出す。
サラダを見ると、ソトダシェフを思い出す。
日本酒を見ると、イワマルさんを思い出す。
何かのアイテムがキーになって、人にスポットが当たるような感覚。その土地と誰かの顔が、思い出で強く結びついている。
こんな風に、何かの拍子に「思わず誰かの顔が浮かぶ」場所。それがぼくにとっての、福島県だ。
もしどこでも住めるなら、そんなところに住みたい。1つのモノを手に取って、そこから10の感情を味わえるような思い出が作れる場所。
そんな場所に、また住めるのだろうか。今住んでいる場所は、来たばかりで紐づける思い出がない。
けれど、また新たな出会いがあるかもしれない。出会いが出会いを連れてきてくれるかもしれない。その街のキーアイテムが、誰かを思い起こさせるような体験ができるかもしれない。
そう信じながら、今日も家から出る。
また素敵なカレー屋に、出会えるかもしれないから。
※登場人物の名前は仮名です。
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