心の名文図書室「音楽って、もともとそういうものなんじゃないかな」
読んだ本の中で、心に残った名文を置いていきます。プチ感想もご一緒に。同じように心に響く人に届きますように。
*
新米のピアノ調律師である外村くんに、事務員の北川さんが投げかけたセリフ。自分の大切な人が弾くピアノをより良い音に仕上げようとする外村くんの背中を押している。
音楽という、追求しようにもつかみどころのない世界の中で、もがき続ける苦しみと美しさを感じさせてくれるやりとり。
この作品の登場人物たちに出会って、何か一つのことをとことん追い続けたくなった。達することができるかわからないもののために生きることは、人間として1番誇らしいことなのかもしれない。
ちなみにこの作品、ピアノの音色の描写が綺麗すぎる。読んでいると、頭の中でひとりでに「ポロポロポロ…」とピアノが鳴りだす。思わず読んでいる最中に後ろを振り返ってしまった。
*
主人公である元私立探偵・成瀬将虎が全ての謎を紐づけた後に放ったセリフ。
全国高等学校ビブリオバトルで紹介されていて気になって読んだ作品。「最後にどんでん返しが起こるミステリ」と高校生が言っていたのだけど、終盤は複雑なマジックの種明かしがされたような驚きと快感が全身を駆け巡った。
人間がつい抱えてしまう固定概念を見事に利用しており、最後の最後まで騙されきった。めちゃくちゃ人に薦めたいけど、ミステリーがゆえに下手にあらすじを紹介できないのがもどかしい。
人が実際に選び取った行動と、「その人がどんな人物であるか」ということは直接的に繋がっているように思える。しかし、本質は全く違うところにあるのかもしれない。そんなことを考えさせられた名作。この本、映像化できないの納得…!
*
トラウマやジェンダーの研究を行う精神科医が書いたエッセイの名文。
細胞が減数分裂を起こすとき、いったん細胞膜が閉じられるらしい。変化にエネルギーを費やすために。
蝶として羽ばたく前にサナギになるように、人は変化のために「閉じる」ことがある。そう知っているだけで、停滞した自分も許せるような気がした。
思った通りに行かなくても。自分だけが取り残されているような気持ちになっても。今は準備期間なのだ。挑戦のための、防衛本能が発動している。だからこのままでも、きっと大丈夫。
*
ピアノコンクールに出場する自由奔放な天才少年である風間塵が、同じ出場者の栄伝亜夜の空想の中で語りかけるセリフ。
この作品では、2週間に渡るピアノコンクールが終始描き続けられている。音楽という捉え所のない欠片を、文字だけで表現することの途方もなさと尊さに胸を打たれた。
「音楽を元いた場所に返す」という、少し抽象的だけど体のどこかに訴えかけてくる表現は、日常ではなかなか出会えない。この作品を読んでいる間は、音楽に包まれているようなフワフワとした心地がずっとしていた。
そして「本を読むシチュエーション」をこんなに考えさせられたのは初めて。作中で出てくるピアノ楽曲をBGMにして読んだし、読書の終盤はグランドピアノが置いてある喫茶店で本を開いた。
コンクールの観客として、ずっと鑑賞させてもらったような読後感。他にはない色を放っていた作品だったなぁ。
個人的には、恩田陸さんを25年担当している編集者の方が書いた解説も好き。10年近くにわたって産み出されたこの作品の舞台裏が知れる。ひとつの本を完成させるには、音楽のように果てしない努力と感覚と意志が詰まっているんだな、と思い知らされた。
【編集後記】
ピアノにまつわる作品を2冊読んだ影響で、本を閉じるや否や「ピアノ始めるか…」とAmazonで電子ピアノを調べてしまった。影響されやすいにも程がある。
音楽経験がまるでないことに気がつき、そっと「閉じる」ボタンを押した。せめてコンクールの鑑賞とか、一度行ってみたいな。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?