ペースおじさんと駆け抜けたハーフマラソン
「ハーフマラソン、1回くらいは出てみたいなあ」
数年前から思っていた。毎年の目標に「ハーフマラソン出場」と書き連ねているのに、「一緒に出る人いないし」「仕事忙しいし」など言い訳を探し続けていた。
そんな自分とはオサラバだ。そう決意して、ノリと勢いで本番1ヶ月前にハーフマラソンにエントリー。仕事終わりに練習を重ねて、とうとう本番を迎えた!
・スタート前
多摩川沿いへ。受付でウェアに貼り付けるゼッケンをもらう。
5キロ部門と10キロ部門もあった。そこまで大きな大会ではなく、エントリーは全部で800人くらいらしい。
開会式がはじまり、準備体操へ。入念に足をほぐしていく。ソロ参加だったので黙々と行った。「緊張するね〜!伸ばし合いっこしようよ!」というやりとりをしたいがために、誰かと一緒に出たくなった。
スタートの位置に並びはじめる。ペースランナーなる人がいた。「1キロ5分40秒」など一定のペースで走る人たちが5〜10秒刻みで配置されてるのだ。ありがたい。自分でペースを気にする必要がない。
はじめての21キロなので、練習よりゆっくりな「1キロ5分55秒」のペースランナーについていくことにした。(以降、ペースおじさん)
ペースおじさんは帽子とサングラスを身につけていたので全容がつかめなかったものの、はにかむ表情からいい人オーラを感じ取った。あなたについていきやす。
スタート位置から、ペースが早い順に並んでいく。開始までしゃべることがなかったので、隣に立っていたポニーテールお姉さんに「最後まで一緒に走ろうね」と心の中で唱えておいた(迷惑)。
・スタート〜6キロ
合図がなり、参加者たちが走り出す。ペースおじさんを前方に捉えつつ、一定のタイミングで呼吸をつないでいく。
われら5分55秒チームは15名ほどの集団になった。いつも1人でランニングをしていたので、心強さしか感じない。このまま護送船団方式でゴールまで行きたい。
この大会は最初に6キロのコースを1周して、残りは5キロコースを3周する。よって、折り返してくる選手たちの姿が見れるのだ。
「3分50秒」のペースランナーについていく人たちとすれ違い、「面構えが違う!」と声が出そうになった。あのペースで走り続けるのか。
突然、感慨深くなる。社会人がほとんどじゃないか。仕事終わったら走り込みをして、休日もマラソンなんかしてるの、すごいよ。みんなえらい!
ふと前方を見ると、ペースおじさんが隣のお兄さんに「よく出場されるんですか?」と話しかけていた。どうなんだろう。個人的には美容院で話しかけられるよりやめてほしい。絶対今じゃない。
・6キロ〜11キロ
コースを1周した。スタッフさんたちが「がんばれ〜!」と声援を送ってくれる。
ゲストのトライアスロン選手であるスーパー陽キャお姉さんみたいな人が「前の人に50センチぐらいで詰めて〜!風の抵抗変わるよ〜!」とかけ声をくれた。熱いだけでなく実用的なコメント。
コース2周目に入った瞬間、隣で走っていたポニーテールお姉さんがペースを上げて走り去っていった。寂しい!一緒に走ろうって言ったじゃん!(言ってない)
はじめて給水所へ。紙コップを走りながら取り去り、スッと喉元へ。少し先のレジャーシートに紙コップを投げる。
この一連の動作が「今、マラソンしてる…!」とワクワクさせてくれた。けど、走りながらの給水に慣れておらず、水が変なとこ入った。「げへぇぃ!」とむせた。恥ずかしい。
ペースおじさんがすれ違うペースランナーに毎回「ファイト!」と声を出し、スタッフには「ありがと〜」と労っていた。やっぱりこの人、いい人だ。これからもついて行くよ。
・11キロ〜16キロ
コース3周目に入った。5分55秒チームは各々がペースアップしたりペースダウンした影響で、8人くらいに減っていた。
ペースおじさんの隣にいたお兄さんも消えてしまったので、ぼくが側近を引き継ぐことにした。ペースおじさんの隣をキープする。
しばらくすると、ペースおじさんが話しかけてきた。
「あれ、今ペース合ってますかね?」
知らない。それはあなたの仕事だ。ぼくは自分で測っていなかったので「わからないです〜あはは!」と受け流した。
そこからペースおじさんが度々話しかけてくるようになった。「まだ余裕そうに見えますね〜」「多摩川沿いは走ったことあります?」「お兄さん、軸がしっかりしてるね」。
話す前は「ランニングに集中させろ」と思っていたのだけど、案外ペースおじさんとの会話を楽しんでいた。
「この人と一緒にゴールテープを切りたい」。気がつけばそんな感情が芽生えていた。
・16キロ〜21キロ
コース4周目に入った。ラスト1週だ。序盤より疲労は感じているけど、一定のペースを刻んでいるおかげで、まだリズミカルに体が動く。行けるぞ。
最後の1周もあってか、5分55秒チームは最後の調整に入っていた。ペースを上げたり、離脱する人が現れ、少しずつ人が減っていく。メンバーも変わっていく。
スタートからペースおじさんの元にいるのは、ぼくだけになった。最後の1期生である。峯岸みなみ。
ペースおじさんにも情が湧いてきた。短い期間だけど、苦楽を共にしているのだ。共にゴールをして「はじめてのハーフマラソン、あなたのおかげで完走できました」とお礼を伝えながら握手をする光景が思い浮かんだ。
妄想にふけっていると、ペースおじさんが語りかけてきた。
「お兄さん、もっといけるんじゃない?5分30〜40秒でも大丈夫とみたよ」
そんな。あなたと一緒に走り抜きたいんだ。でも確かに、ラストスパートはする体力はある。友情をとるか、タイムをとるか。
ペースおじさんは背中をそっと押してくれている。「君がいる場所はここじゃない」と。たしかに、いつまでも快適な場所にいちゃダメだ。卒業のときがきた。
「さぁ、あの紫のウェアの人についていって。あのくらいのペースがいい」
そうペースおじさんに勇気づけられたとき、「今だ」と決心した。「お世話になりました!」そう言い放ち、ペースを上げていく。適切な挨拶が思いつかなかったのだけど、お世話になったのは事実だ。
ペースおじさんが隣にいないラストスパートは苦しかった。体力を振り絞りつつ、自身でペース管理をしなきゃいけない。一気に足が重くなった。
意思で足を前に前に送り続け、ゴールテープを切った。
スタッフの方々が「お疲れさまで〜す!」と続々と声をかけてくれる。拍手が聞こえる。たくさんの音を耳で拾いながらも、意識はどこか遠くにある心地。
やり切ったんだ。自分の意思で選んだことを。誰にも強制されていないことを。
ふらふらと草地の空いている場所へ体を動かしていく。「ボフッ」っと音が聞こえそうなほど、大胆に身を地面に委ねる。大の字になって、空を見上げる。
澄み渡ってる。見える景色も、心の中も。
どのくらい寝そべっていたのだろう。心がプワプワと浮かび上がった気持ちを手に取り、ズシリとした身体を起き上がらせる。
ペースおじさん、どこだろう。人混みの中で、あのサングラスを見つけることができない。一言でいいから、お礼が言いたい。
彼を見つけることはできなかった。仕方なくポーチを手に取り、帰路につく。
また出場したら、会えるかな。今度はもっと、早くなってるから。
会場の喧騒が、だんだんと遠くになっていく。今日はご褒美に、何を食べてしまおう。
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