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仕事のためにチームでいたんじゃなくて、チームでいるために仕事をしていた


この春で、社会人5年目になる。まだまだ心持ちは若手でいたけれど、気づいたら後輩が増えていた。

職場で後輩から、仕事の質問や相談されることも日常的になってきた。

その度に、思い出す。あの2人のことを。

ぼくはあなたたちみたいに、はたらく意味を与える先輩になれているのだろうか。


🌸

3年前、ぼくは社会人2年目となり、担当企業を持たせてもらった。いわゆる営業デビューだ。ドキドキしたけど、早く一人前になりたくて、より一層仕事に打ち込もうと拳に力を込めた。

けれど、そのタイミングで上司が変わった。これが鬼のように厳しい上司で、若手にも手加減なくレベルの高い要求をした。それが実現できなければ、みんなに聞こえる声量で叱られた。

しかも、営業デビューしてからは本当に慌ただしい毎日だった。担当企業からひっきりなしに電話が鳴らされ、よくわからないことを質問されまくる。

本社から雨のように降り注ぐタスク。営業成績が上がらなければ怒られるプレッシャー。共に戦ってきた同期の退職。これまでいけすで丁寧に育てられていた稚魚は、大海原で溺れそうになっていた。


それでも、同じチームの2人の先輩が、ぼくを支えてくれた。

1人は、花森さん。7個くらい上の女性。豊かな自然のような優しさがあって、何でも受け止めてくれた。花森さんがどんなに忙しくても、ぼくが相談をしたときには、キチンとイスをこちらに向け、じっくりと話を聞いてくれた。いつだって、ぼくの味方をしてくれた。

ぼくが仕事を終わらせられず、22時過ぎに作業をしていたときのこと。隣にいる花森さんが、帰る支度をしたのに、バックを置いて話しかけてきた。

「よさく君、こんなに残っちゃダメだよ。もう帰らなきゃ。」

そんなこと分かってる。帰りたくても帰れないんです。泣きそうな表情を浮かべたタイミングで、花森さんがぼくの目をまっすぐに見て、口を開く。

「よさく君が、今抱えている仕事、この紙に書き出して。」

A4の白紙を差し出してきた。ぼくはよく分からずも、いったんペンを走らせてみた。まぁ、よくある優先順位を決めようみたいなやつだろうか。

「…なるほどね。こんなにあるんだ。よしっ!この中で、私が代わりにできるのはどれ?」

まさか。花森さんが手伝おうとしてくれている。でも、先輩にぼくの仕事をやらせるなんて、ダメだ。

「あ〜頼みづらいよね!わかった!見た感じ、コレとコレは私でできるよね!私やるから!」

そう言って、勝手にぼくの仕事を奪っていった。申し訳なさとありがたさが、ぐるぐると心に渦巻く。

「私たちチームなんだから、もっと頼ってよ!私がピンチのときは、たっぷりよさく君に助けてもらうけどね!」

そう言って花森さんはパソコンに向き直る。ぼくはしばらく花森さんの方を見たままだった。まっすぐな優しさが、ぼくの胸の下の方にとどまり続けていて、それを冷ましたくないような気がして。


そして、2人目は海堂さん。15個くらい上で、二児のパパ。よく言えばおおらか、悪く言えば適当な人だった。

海堂さんはぼくの指導員役だった。何か業務でわからないことがあると、まずは海堂さんに相談する。けれど、海堂さんはだいたい分からない。

むしろ、海堂さんは「それ、俺も知りたかったわ。調べてもらって、俺に教えてもらってもいい?」と言って「海堂さん!よさく君にちゃんと教育してあげてください!」と花森さんにツッコまれていた。

けれど、男前で余裕があり、何だか憎めない人だった。

社外の人を集めた大きな会議を運営した時のこと。ぼくは下っ端だったので、資料の印刷や配布、プロジェクターの準備など、いわゆる雑務を担当していた。

会議が無事に終わり、オフィスに戻った。すると海堂さんがコーヒーをすすりながら話しかけてきた。

「あのさぁ、今日の会議、よさくが一番輝いてたよ。」

いや、資料準備とかで、全然プレゼンとかしてないんですけど。どこに輝いている要素があったんかい。

海堂さんは冗談めかして、何かにつけてぼくを褒めてくれた。

業務中にも、海堂さんは背伸びとともに、言葉をぽろりと置いてくれる。

「いやぁー、実際、今日はよさく次第だわ。」

何が。何がぼく次第なんですか。意味がないようだけど、なぜか褒められた気がして、ぼくは海堂さんの一言一言に惹きつけられていた。


そんな花森さんと海堂さんとぼくで、3人のチームだった。このチームで、たくさんの苦楽を共にした。

残業時間を削減しなきゃいけなくて、退勤後に居酒屋に集合して会社のマニュアルを3人で読み合わせしたこともあった。お酒を飲み始めて、途中から読み合わせの意味はなくなった。

花森さんと営業同行をした。道中の車内で、お互いに好きな曲を流しながら歌い合った。「あのさ、お菓子も買っちゃおうよ!」と花森さんは遠足みたいに楽しんでいた。

海堂さんをぼくが好きな定食屋に連れて行った。からあげがビックサイズで、「大盛りにするのはやめた方がいいです」と止めたのに、海堂さんは大盛りにして苦しんでいた。「なんで大盛止めなかったんだよ」と言われた。止めましたよ。

チームのミーティングで、上司に3人ともめちゃくちゃに怒られた日があった。会議後はお通夜みたいな雰囲気だった。けれど、その日の夜には居酒屋で愚痴を飛ばし合いながら笑い合った。


仕事はめちゃくちゃしんどかったけれど、両隣に仲間がいたから、乗り越えられた。歯を食いしばることの意味を感じた。

そのときに気づいた。ぼくは今、誰のために働いているのか。顧客や取引先のためなんだろうか。そうじゃない。花森さんと海堂さんの力になりたい。2人の笑顔が見たい。チームであり続けたい。それがぼくの原動力だ。

仕事をするためにチームを組まされたのは事実だ。けれど、そのチームが、ぼくに働く意味を与えている。このチームだから、ぼくは仕事ができるんだ。目的と手段が入れ替っているのに、なぜか心地よい。

そんなことに社会人になって初めて気付かされた。


そうして3人で走り続けてから、1年が経った。

花森さんと海堂さんは、異動になった。花森さんは遥か北へ、海堂さんは遠い西へ旅立つこととなった。

送別会の二次会で、花森さんはギャンギャン泣いていた。海堂さんはそれを見て笑っていた。

「海堂さん、この3人が離れてちっとも寂しくないんですか?泣かないんですか?私たちのことあんまり大事じゃないんですかああ」

と花森さんは海堂さんをポカポカと叩いていた。そして、ぼくの方をさっと見て、ポロポロと涙を流しながら花森さんは語り出した。

「よさく君はね、私にとって後輩というか、もはや子どもみたいなの。腹を痛めて産んだんじゃないか?ってたまに錯覚するくらい愛おしくて。だから優しくしたし、ちゃんと育って欲しいからたまに厳しくもしたんだよ。」

それを聞いて、ぼくの平静を保っていた糸がプツンと切れてしまった。花森さんがいない職場で、働かなきゃいけない。これまでの思い出がフラッシュバックして、一気に涙が溢れ出してきた。

おんおんと2人して号泣して、寂しさと愛しさをお酒で流し込んだ。


🌸


ぼくにとって、働く意味を感じる瞬間は、共に戦う人たちが笑顔になっているとき。

一番そばで苦労と達成感を共に味わっている人たちの、力になりたい。その人たちの役に立ちたい。その瞬間のために、働いているのかもしれない。


後輩と話していると、ふとそんなことを思い出してしまう。そして、あらためて胸に刻み込む。

後輩が話しかけてきたら、花森さんのようにとにかく優しく包み込もう。後輩がそばにいたら、海堂さんのように適当に褒めてあげよう。

あなたたちみたいに、近くにいる人を幸せにできるように。そうして、チームが働く意味を持たせられるように。

やっぱりぼくは、あの人たちのことを思い出している瞬間に、笑顔になれる。


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