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心の名文図書室「胸が苦しくなるほど、私は、人生の大半をあの頃に置いてきた」

読んだ本の中で、心に残った名文を置いていきます。プチ感想もご一緒に。同じように心に響く人へ届きますように。




こんなことにお小遣いから200円を出したと言ったら、間違いなく親は「この馬鹿娘が」と涙を流すだろう。しかしあの時の200円には、それ以上の価値があったと私は思う。
あの200円は、その後“くだらない”と呼ばれることに全力投球し、それをエッセイにしたためる道を歩む私の人生の、1番最初の投資だったのかもしれない。

『置かれた場所であばれたい』潮井エムコ

高校時代、プリクラの「激盛れデカ目モード」に鼻の穴を写してまつ毛を生えさせた体験に対するエムコさんの気持ち。

おもしろすぎるよ。くだらないエッセイを書ける人の原動力を目の当たりにして、「自分もくだらないことしたい!」と心の炎を燃やした。


柴田さんからのメールが、これだった。
[伊達!優勝おめでとう!]って。
まだ1本目が終わったばかりなのに。すごい。柴田さんは1本目を見ただけで、サンドウィッチマンが優勝できる! と確信したんだって。チャンピオンになった人は、何かを見通す力があるんだろうか。

『復活力』サンドウィッチマン

2007年M−1グランプリの決勝戦で、1つ目のネタが終了したときの裏話。アンタッチャブルの柴田さんの信じる強さにジーンと来た。

普通なら「頑張ってね!」とか「よかったよ!」と送る場面なのに。「未来を見せてあげる言葉」をいつの日か誰かに使ってみたい。


二度と戻りたいと思わないが、チヨダブランドを一冊一冊、惜しむように読んだあの時より鋭い感性で物を見ることは、もう、今後の私の人生には二度とない。胸が苦しくなるほど、私は、人生の大半をあの頃に置いてきた。

『V.T.R』辻村深月

『スロウハイツの神様』の登場人物である小説家チヨダ・コーキが書いた小説、として書かれた作品。解説は同作品の登場人物である脚本家の赤羽環が書いている。名文はその中のフレーズから。

「小説のキャラクターが小説を書いた」というシチュエーションだけで興奮が止まらなかった。しかも赤羽環には『スロウハイツの神様』にて既に感情移入しまくっているので、この解説を書いた背景までもがシミシミと心に染み渡ってきた。

子供時代特有の閉塞感だからこそ生まれた感情出力を的確に表していて、心にグッと押し寄せるものがある。



仕事帰りにはスーパーで二人分の食材を買った。部屋に戻ると、それを二人で料理し、座卓で向かい合って食べながら、テレビのニュースを見つめた。夜は二枚重ねの狭い蒲団で眠ったが、互いの身体のあいだにあいた手のひら一つぶんほどの隙間は、しだいに子供の手のひらほどになり、指四本ぶんになり、それが三本、二本、一本と減っていった。

『N』道尾秀介

6つの短編からなるミステリーで、なんと読む順番は読者の自由。読み方によってハッピーエンドにもバッドエンドにもなる。登場人物の光と影を的確に炙り出す表現と構成がお見事すぎる作品だった。

名文は距離が近づいていく描写が好きだったので引用。これだけ見るとラブストーリーに思えるのだけど、実はとんでもない関係の二人。ミステリーがゆえに詳細は書けないのだけど、特殊な精神状態でお互いの心が融和していく過程に心を掴まれた。

全国高等学校ビブリオバトル決勝戦で紹介されていたのも頷ける名作。


これは、例のあれか? 同世代の友達が次々と結婚していっていつの間にか独り身は自分だけになっていることに気付いて漠然と不安と焦りを感じながらも見て見ぬふりをしようとするけど、どこか自分の脳内から寂しさと羨ましさの入り混じった複雑なシグナルがモールス信号のように淡々と送られてきてそういう自分にもちょっとへこんで虚しさに襲われる、過去に友人たちから幾度となく聞いてきた恋愛相談に登場する、噂のあの感情なのか?

『THEやんごとなき雑談』中村倫也

筆者が友人の結婚報告を聞いたエピソードの一文。え? あの中村倫也も未婚アラサー特有の渦巻く感情抱くの? 突然迫り来る親近感。

というか中村倫也がこんなにおもしろい文章書くなんて知らなかった…。とっても繊細で、ちょっとひねくれてて、でも飄々と毎日を過ごそうとしている姿が愛らしい。

でもこの文章書いた2年後にミトちゃんと結婚してるからね。あなたはこの世の全てを持ち過ぎている。


「あのね、恋人なんてものは、いざというとき、ぜんぜん役に立たないことがあるの。これは本当に。でも、おいしいスープのつくり方を知っていると、どんなときでも同じようにおいしかった。これがわたしの見つけた本当の本当のこと。だから、何よりレシピに忠実につくることが大切なんです」

『それからはスープのことばかり考えて暮らした』吉田篤弘

スープ作りが上手な老婦人、あおいさんが主人公の青年に語りかけるセリフ。これを言う前に「恋人のためにつくるようにつくるの」と話しておきながら、「嘘よ」と撤回しているところがいじらしい。

誰かに喜んでもらえるためにおいしいスープを作れるようになりたい一方で、自分だけを救うためにあたたかいスープを作れるようになりたいとも思った。

スープ作るのが上手な人に、悪い人いなさそう。



【編集後記】
最近、本を読みながら「名文として保管するのはここかな〜? いや、こっちも捨てがたい」と考える時間が楽しい。

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