結婚した頃に担任した教え子に再会した。 3人共、私と同じ高校、2人は部活まで一緒だった〜 名残り惜しく、 ゆっくりしていたら、 出口で、 去年担任だった教え子にバッタリ出会った‼️ なんとミラクルな一日。 再会してくれてありがとう‼️
3月、3年間担任をした生徒たちが卒業する 小学校や支援学校で教員だった私が49歳で退職した3年目から、通信制高校に担任になった 1か月に6日と、 4日のフリースクール 初めてのことばかり 13人だった入学生が、 27人に それぞれの道に向かって羽ばたく時がやってきた
言葉で 自分に制限したり、 正当化したり、 そんなことを感じます。 中途半端だから、 能力低いから、 頭悪いから、 センスないから、 否定やね。 または、 できない理由づけ。 理由づけしたら、 正当化できる、 けど、 自己否定もしてる。 今の自分をどうとらえるか、 それも自分次第。 言葉は思考の助けとなる。 どう使うかだ。
卯年になり、 約一ヶ月半。 マヤ暦のスピンが新しくなり、 今日はkin22、音9 ワクワクドキドキの拡大❣️ 今日のフリースクールには、 誰がくるかな?
そんな人がいる。 おそらくその人の中に、 コンプレックスや 劣等感が渦巻いているのだろう さて、 そのコンプレックスや 劣等感はどこで作られたか? 学校教育だろうな。 常に人と 比べられる。 また 常にできた、 できないの結果を突きつけられる。 そして、 時間においたてられる。 その時空は、 緊張感に溢れている。 小学生は、 動画やゲームに忙しい。 ストレス発散、 他に面白いことがない、 暇つぶし。 あれこれ理由があるらしい。 劣等感や コンプレックスが 渦
「働くまでに 少しでも時間を稼ぐために 進学する」 自分には なかった概念だけに なかなか理解できない。 高額なスマホを片手にした 小中高生を目にするたびに。 大人がお金の豊かさのために忙しく働く、それと引き換えに無くしている何かを感じる。 本当の豊かさとは?
いろんな人がいる。 いろんな人がいていい。 自分もその中のひとりだ。 ゆるす ゆるさないも 何にもない。 ただそれだけ。 手放すことで こんなに軽やかになるとは。 自分次第。 これまでの自分に楔を打ち、 新しく、 また今あるところに感謝する。
学力について、 考えてみた。 今言われている学力って、 評価や点数、結果を指しているけど。 本当は学ぶ力、、、なのでは? 学ぶ力には 自己肯定感が大事。 日本人は自己肯定感が低いらしい。 自己肯定感を上げるには、 初等教育のあり方を変えなきゃいけない気がする。 今日の読売新聞でも、 同じようなことを 五味太郎さんがおっしゃってた。 初等教育の掛け違いが、って。 学ぶ力は生涯にわたって必要な力。 一人一人どんなふうに生きるかも違う。 だから必要な力もそれぞれ。
さて、、、、 子育てに、失敗した。 子育てに、成功した。 よく目にしたり、 耳にしたりする言葉です。 果たして、 子育てには 失敗、 成功はあるのでしょうか? 失敗したと聞くと。 じゃ、お子さんは失敗作? 成功したと聞くと、 それはどんな視点かな? ほぼ 親からの視点だよね? 世間からみた視点だよね? そもそも 子育てに失敗、成功はなく そのまんま。 あるがまま。 子供、 親、 それぞれ違います。 もちろん影響はあるでしょうが。 いい 悪い、 ジャ
通信制高校にかかわり、初めて 単位認定試験を終えました。 追試した生徒。 ほぼ満点で合格した生徒。 なかなか来られず ギリギリ滑り込んだ生徒。 コツコツ取り組み、 フリースクールを使い、 課題や試験問題に取り組んできた生徒。 合格ラインを見越して、 取り組み、 ギリギリ合格した生徒。 それぞれでした。 私がかかわっている通信制高校は、 学校にくるのは、 諸々込みで約50日間。 あとは、 全くフリーなんです。 無茶苦茶パラダイス❣️ やりたいことが決まっている
「大学入試に絡んだ事件が起きて思うこと」 大学は なんのために行くのか 勉強は なんのためにするのか これが歪んでいるから 目に見える評価ばかりが優先されてきたから 目に見える評価よりも、 見えないところ 意図と動機が大事。
学びとは、 自分の奥底に眠るものを引き出すツール。 できた、 できない、 身につく、 身についていないと、 能力を決めるツールではない。 自分がどうなのか、 自分の本質は? 何に興味があるのか 何が好き、 何が苦手、 何をやりたい、 、、、、そんな自分の奥底を訪ね、 深めるツール。 奥底を訪ね、 深めていくと 自己肯定感や 自己有用感が満ちてくる。 感謝の思いが溢れ、 誰かとの比較ではなく、 純粋に自分を生きようという 勇気が溢れると思うのです。 何をしたいか
ひとそれぞれ。 分かっているけど つい自分の基準で話してしまう。 それはそれでいい。 自分の基準で話す分、 相手の基準も大事にしよう。 世の中、 これが足りないんだね、きっと。 尊重、 思いやり、 ジャッジしない。 自分の正しさを押し付けない、、、、 穏やかにいきましょう。
生きづらいのは何故か? それは、 本来の自分とかけ離れたところに 今の自分があるから。 本来の自分と今の自分が一致してないから。 でも、 その経験があるからこその気づきがある。 だから、 生きづらいことは、 ダメなことではなく、 通過点。 生きづらいからこその気づきが必ずある。 生きづらいと思うことの奥底には、 軽やかに生きたいという願望がある。 奥底にあるものを 表に出すためには、 なぜ生きづらいと感じるか、 自分の思いに向き合うこと。 自分はこういうことが辛いん
今日は、通信制高校の生徒たちのフリースクールタイム。12月までのレポート提出に向けて何人かやってくるようです。 小学校中学校と不登校を経験してきた生徒たちが多いのですが、 感受性が豊かだなと感じる瞬間が多々あります。 だからこそ、現行の学校のあり方に傷ついたのだと思うのです。
先日、ある方のご紹介でお話をさせていただいた方がいらっしゃいました。 私は出会った方の表情や心とても気になるのです。大抵の人もそうかもしれませんが…。その方は、お話をしている間中ずっと、髪の毛を触っておられました。 何気ない仕草に、その人があらわれると、見せていただきました。