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日常の奇跡

 奇跡は、なんでもない日常の中にあるのだと思う。
 舞い上がったほこりのように美しく降る雪を見上げ、積もった雪の上を音を鳴らし歩きながら、そんなことを考えていた。僕の日常の中には、どんな奇跡が眠っているのだろう、と考えを巡らせてみるが、何一つ思いつかない。それでも、奇跡というものは、きっと何処かにあると思うんだ。
隣を並んで歩く恋人は、僕が今、そんなことを考えていることなど知るよしもなく、寒そうに白い息を吐きながら僕に笑いかける。これもまた、奇跡のうちのひとつかもしれないと思った。

 例えば――と、なんの脈略もなく話し始める僕に、恋人は不思議そうな目を向ける。僕は、恋人のこの目が好きだ。

 「信号待ちをしていて、いかにも仕事が出来そうな雰囲気のお姉さんがやってきて、ふと、目をやるとズボンのすそが片方だけ靴下にインしていたら、君はどうする?」

 「うーん……」

恋人は、少し考えて、少し笑いながら透き通る声で言った。

 「ズボンのすそだけを見ながら後ろをつけて歩くかな。いつ靴下から出てくるんだろうって期待しながら」

その言葉を聞いて僕は、少し驚いた。
何故なら、僕もまったく同じ行動をとるだろうと思ったからだ。

 「だって、楽しいじゃない」

恋人は、降り積もる雪の中で楽しそうに言う。
楽しいじゃない、と言う恋人が一番、楽しそうに見えた。

 何度も繰り返してきた信号待ちも、こうしてみると一回、一回が違う信号待ちなのかもしれない。何十回、何百回ある信号待ちのたった一回の奇跡がなんでもない人生に小さな奇跡をくれて、小さな笑いを生んでくれるのだとしたら、それほど愉快なことはないと思うのだ。
考えてみたら、僕と恋人が出逢った数十億分の一も十分に奇跡なのだ。

――奇跡は、なんでもない日常の中にあるのだと思う。


                        可惜 夜-Atarai Yoru-

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