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隠された日本の貧困

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす

 あなたはどうやって大学に行きましたか? この質問に「電車で」とか「歩いて通っていました」と答えるのは「恵まれた人々」なのだという。この質問は踏み絵みたいなもので、いまでは多くの人が「学費をどうやって工面したか」という意味に受け取るらしい。むろんその背景には、現代の大学生の少なからぬ数が、アルバイトで学費を捻出したり、奨学金という名の借金をしながら大学に通っているという現実がある。
 私はここで、8050問題を想起せずにいられない。ご存知のようにこれは、80代の親が50代の子供を養うという、中高年の引きこもり(より正確にいえば、引きこもりのまま中高年になってしまった人たち)を巡る問題である。もはや時間が経過して、8050ではなく9060だという声もあるが、これらの中高年というのは、主に就職氷河期の世代で、社会構造の変化について行けずに取り残されてしまった人々を多く含む。
 しかし、と私は思う。この8050問題というのは、裏を返せば、80の世代には少なくとも、この歳になってもまだわが子を養えるだけの経済力がある、ということである。もちろん、ご家庭によって台所事情はさまざまだし、必ずしもそれに当てはまらないケースだって決して少なくはないだろうが、こうした問題が表面化してくるということは、背景としてそうした状況があると考えてよいと思う。
 それでは、この先はどうだろうか。冒頭の話題に戻るが、日本の貧困問題は、われわれの想像よりももっと深刻かもしれない。厚生労働省の調べでは、日本の相対的貧困率は15.6%で、約7人に1人が貧困状態にあるという(平成28年度)。しかし、ここには計算に入っていない数値があると私は考えている。それは、貧困を免れている人々の中には、親の支援を得てそうなっている人が、少なからず含まれている可能性である。
 8050問題を考慮に入れると、多く見積もって現在の40歳以降の世代は、いざと言うとき、何らかの意味で親を頼りにできるということである。では、その40代がやがて80歳を迎えたとき、はたして自分の子供を経済的に支えるほどの余力があるだろうか。この問題は徐々に顕在化しつつあって、始めに述べた、大学に行くために金銭的に無理をする若者が目立ち始めていることが、それを示唆していると思われる。
 おそらく大学だけの問題ではない。現在は何とか生活を維持できているとしても、病気や怪我などによってある日突然困窮に陥りかねない世帯は少なくないと考える。言ってみれば、数字上はまだ貧困がそこまで進んでいないように見えても、それは比較的余裕のある高齢者世代の存在によって覆い隠されている面が、想像以上に大きいはずである。日本が本当の貧困国に落ちる日は、想像ほど遠くないかもしれないのである。
(二〇二一年五月)


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