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一月の読書:『アイドルについて葛藤しながら考えてみた ジェンダー/パーソナリティ/〈推し〉』

 年が明けてそろそろ一ヶ月が経とうとしていますが、明けましておめでとうございます。今年も良い本との出会いがたくさんあるといいなあ。
 さて今月は『アイドルについて葛藤しながら考えてみた ジェンダー/パーソナリティ/〈推し〉』(香月孝史・上岡磨奈・中村香住編著、青弓社)。以前から気になっていた「推し活」文化について、中でもアイドルやそれを応援することに焦点を当てた本です。

全体の感想

 この本では、アイドル文化が孕む様々な問題について「ファンダムの外側から」ではなく、自身もアイドルを愛好する研究者やライターたちによって分析や議論が行われる。
 読者の私はいわゆるオタク文化に慣れ親しんで育ち、また現在ではプロレスラーの推し(男性)がいる。すなわち推し活という現象について大まかに把握し、かつ自らも当事者である。
 一方でアイドルの楽曲やメンバー、パフォーマンスにはテレビで時折触れる程度の知識や関心しか持たない、いわば部外者。
 なので、(主に女性)アイドル界隈独自の問題についてはまったく無知の状態から、エンタメ業界やいわゆる人気商売に共通する問題については自らに引きつけながら議論に参加するような気持ちで読んだ。

 各章で取り上げられている具体的なアイドルの例は多様で、しかも筆者たちがファンの立場から書いているということもあって、それぞれの「現場」からの賑やかな報告といった趣もあり、知識のない読者としてはそこをまず楽しく思った。
 もちろんそれぞれの現場に共通するものもある。この本全体で共有されている問題点は主に以下の点だと思う。

・アイドルの身体やパーソナリティの客体化・商品化、それに対するファンのまなざしやSNSでの応答
・アイドルは何を見せているのか、ファンは何を見て(見せられて)いるのか
・「疑似恋愛」的な売り出し方のためにアイドルに課される制限(恋愛禁止など)や、その中で暗黙の前提とされる恋愛至上主義、異性愛
・アイドル活動における本人の主体性と、「運営」側や社会の風潮による抑圧のせめぎあい

 箇条書きにしてはみたが、これらは元をたどれば混じり合っていて、それぞれの問題が各章において抽象的、具体的なレベルで検討されている印象だ。

 活動者の主体性や抑圧をめぐる問題は、広く特定個人の魅力や才能を商品とする業界全般に通じるのみならず、現在ではSNSなどを通して一般人のふるまい方にも影響してきていると思う。
 しかし、その中でも恋愛禁止など具体的に課される行動の制限はアイドル業界特有の問題に見える。また、一口にアイドルといっても男性と女性ではその制限の質や現役で活動する年齢などに差があるということも、この本を読んで改めて気づいた。

 これらの問題の中には、資本主義(消費文化)や労働問題に根強く結びついた問題も多いように思う。例えば異性愛前提なのは数の多い客層にターゲットを絞るのが一番効率よく売れるからという身も蓋もない面もあるだろうし、消費者が過激なコンテンツを求めれば、商品としてのアイドルの売り出し方も過激に、過酷になっていくだろう。
 もちろんファンが考え続け、問題提起するのは大切だが、できることに限界があるようにも感じる。そういった点について、経済学や労働問題の専門家だとか、「運営」側、そしてもちろんアイドル本人の声ももっと聞いてみたい。できれば、それぞれ個別に発信するのではなく、ファンの立場も交えてそれぞれの声が混じり合い響きあうような場所があったらいいなと思った。

 また、この本の刊行以降、芸能事務所の社員や所属タレントによるハラスメント行為が立て続けに発覚し、ファンの間だけでなく世間的にもそれを問題視する声が上がるようになってきている。
 業界内部の構造の問題や、推しの不祥事や犯罪の報道に接した際のファンの受け止めかたなども考えてみたいと思った。

根本的かつ的外れな感想ふたつ

 以上の部分にはうまく埋め込めなかった、でもそもそもの部分についての私の疑問。

 各章にはアイドル本人の発言が引用されていることもあり、それに基づいて展開される議論もある。しかし、彼ら彼女らの主体性の見えづらさ、分からなさも問題のひとつである以上、本人の発言を完全に本人の意思として受け取っていいのかどうか、私にはどうしても疑問が残ってしまう。
 本音と正反対の嘘ということはないにしろ、リップサービスや「大人の事情」が少なからず混ざっているかもしれない発言を、論文を引用するのと同じようには言葉通りには受け取れないのではないか。だとするなら、先述のように「当事者としてのアイドルの声を聞きたい」と思っても、それは叶わないのではないか(運営についてもそうだろう)。
 そしてそれは、私が自分の推しの発言を受け止めるときの態度にも関係してくる。彼の主体性を尊重したいと思えば思うほど、その発言をそのまま受け止められなくなるのは皮肉なことだ。

 そして、そもそもの上にそもそも、「アイドルとは何か」。
 この本でたくさんのアイドル論を浴びて、なんとなく輪郭のようなものは見えた。論者によって少しずつ定義が違うものなのだとも思う。それでもやはり、「アイドルらしさ」の規範のようなものに縛られることによって発生する問題があるなら、多分それは多くの人が言葉にできずとも共有している何かなのだろう。
 その何かを知りたい。言葉にしたい。どこからがアイドルで、どこまで行ったらアイドルでなくなるのか、アイドルが「何でないのか」も知りたい。みんなから自然とそう呼ばれるようになった存在と、そう自称するもの、それぞれについて知りたい。
 なんか混乱してきた。とりあえずここまでで一区切りにしておこう。

各章の感想

 章ごとに感想を書こうと思ったが、そこから抽出される問題についてはおおむね上記の感想にまとまった。
 それぞれの「現場」ならではだなあと思ったのは、例えばハロプロの長い歴史によって形成された大きな楽曲群が、形を変え様々なアイドルに再演されることで、たとえ一曲一曲には「正しくなさ」があっても「女の人生」の様々な様相として多声的に展開して心を打つという指摘(第3章)。
 それからK-POPにおける「ガールクラッシュ」というコンセプト(第4章)。見かけは異性に媚びないものであっても、製作陣によるセールスのための戦略の一環にすぎないのならばフェミニズムと安易に直結するものではない。また日韓の社会的背景や歴史の違いを無視してどちらがより進歩的かを比較できるものではない、という指摘が面白かった。韓国ならではの社会情勢の話も興味深いし、コンセプトを問わず女性たちが主体的に愛好するアイドルたちの魅力が紹介されていたのも嬉しい。
「二丁目の魁カミングアウト」というグループは、失礼ながら存在自体が私にとっての驚きだった(第6章)。ファンとしてアイドルを応援するとき、恋愛の対象として見ているのか。ゲイアイドルが女性アイドルのステージに立つというのはどういうことなのか。アイドル本人の(セクシュアリティ含む)アイデンティティを尊重するということは。性別に関係なく好き、という言い方が、相手の大事にしているもの(アイデンティティ)への無頓着、無関心でもあるかもしれないこと。シンプルだがとても難しい問題だと思った。
 乃木坂46「僕は僕を好きになる」のMV(第1章)や『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(第8章)については紹介そのものが面白そうすぎて見てみようと思いました。

 そのほか興味深かったのは第7章の、メディアにおけるアイドル表象やファンのあり方の変遷の分析。アイドルは当初から疑似恋愛の対象としてばかり表現されてきたのではなく、映画からテレビの時代への移行、アイドル誌の細分化といったメディア側の変化に伴って、手の届かないスターから身近なクラスメートへ、男女双方の親しみの対象から男性向け・女性向けの恋愛や欲望の対象へ、と変化してきたのだという。
 ということは、現在の恋愛(異性愛)至上主義的なアイドルの位置付けに息苦しさを感じたとしても、変化していく可能性があるということであり、それにはメディアによるアイドル表象のあり方が大きく影響するということだ。普段、私は各メディアを推しの存在に触れるための手段のようにしか思わないが、メディアそのものも推しとの間の透明なレンズというわけではなく、時代の空気や人々の価値観と関係した様々な色や形を持っているということを強く意識させられた。

 自分では言葉にできなかったがずっと抱えていたモヤモヤは、第9章においてアイドルの「よくなさ」があること自体の否認、という表現で言語化されていた。
 例えばアイドルなら握手会。「それが明らかに身体的な接触を伴い、性的接触と見なせる余地も十分にあるコミュニケーションであるにもかかわらず(中略)その性的なニュアンスをことさら否定しようとする、その否認の身ぶりそのもの」のことだ。それはアイドル界隈以外でも、推しや愛好するオタクコンテンツを肯定、擁護したいと思ったときについ取ってしまいがちな態度だろう。
 個々のファンに(たとえば)性的な意図がないとしても、本来は表裏一体である「よさ」と「よくなさ」を切り離したいがゆえに「よくなさ」の存在自体を否認してしまうと、そこに発生しうる重大な問題を覆い隠してしまう。その「よさ」と「よくなさ」の表裏一体性を示す「賭博」という比喩がユニークだと思った。
 ついネガティブ寄りの感想になってしまったが、第9章(だけではなく、この本全体)では「よさ」についても愛情を込めて書かれているので、アイドルや推しについて真剣に考えたい人はぜひ読んでみてほしい。

 この本で繰り返し参照されているアーヴィング・ゴフマンや内藤千珠子の本も読みたいなー。

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