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無題

なにもない、なにもしない日が続いている。

突然の鬱転ですべてがなし崩しに駄目になり、4月末に仕事を辞めてからずっとそんな調子。精神科で貰った錠剤を飲み込むのが気持ち悪い。気分を上げる薬と元気になりすぎるのを防ぐ薬を飲んでいる。そうじゃないと安定しないから。実際効果があるのかどうか、飲み続けていても未だに分からない。気力を振り絞って起き上がり、吐きそうになりながら薬を嚥下し、ひと息つく。なにもない今日がまたはじまる。

躁鬱。
診断が下りたのは2020年の夏だから、もう4年目になる。躁鬱4年生、なんにも可愛くない。
過去と折り合いをつけるための訓練やカウンセリングも受けたけれど、どれもあまり効果はなくて途中で投げ出してしまった。というか悪化して自殺未遂に及んだので通院どころじゃなくなった。あの時点で入院する選択もあったなぁと、今になってぼんやり思う。実際は一人暮らしの7畳一間から諸悪の根源たる実家への強制送還だった。

同級生たちは社会人2年目になった。
後輩ができたり昇級したり、はたまた結婚して子供が産まれたり。みんな環境が変わってゆくなかで、私はずっと同じ場所にいる。住民票だけは移して一人暮らしを再開したけれど、肩書きも資格もなにひとつとして有していない。ただ年ばかり重ねて、今月末には24歳になる。

躁から鬱転するのは分かりやすい。
鬱から躁転するのは分かりにくい。
共通するのは、どちらもそれぞれに転じた後になってから発覚するということ。躁転に至っては躁のときは気付けず、調子のいい日々を心身の限界を無視して過ごし、鬱転してからようやく「あれは躁だったんだ」とはっとする。
あの全能感や高揚感は病のせいだったと気付いたときの絶望。
無理やり詰め込んだスケジュールや期限の迫るタスクを前にしてただ呆然とするしかなく、己の無能さを叩きつけられる瞬間。
すべてが嫌になる。存在ごと消したくなる。
はじめから生まれていなかったことにしたいほどに。

これからどうすべきか、考えることは山ほどある。
毎日答えの出ない問いをぐるぐるぐるぐる考え続けている。
煮詰まって苦しいときは漠然と行ってみたい場所のことを夢想した。仙台、金沢、松本、尾道、倉敷、高松、福岡。
今はもう揺蕩うしかないのだと思う。
落ちるところまで落ちて、なんとなく気が向いたら上を見てみる。少しずつ復帰の準備をする。納得のいく生き方ができるようになるまでには時間がかかるだろうし、その前に生を手放す選択をするかもしれない。
それでも今日は生きた。寝付けなくても頑張って眠り、起き、薬を飲み、食事をし、生きる。
明日の楽しみはないけれど、否応にも来る明日を仕方なく受け入れる。
今は、それだけしかできない。

いつか、ふつうになりたい。
ただそれだけ。

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