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シン=トゥン・ヤウ  スティーブ・ネイディスの「宇宙の隠れた形を解き明かした数学者」を読む

本を読んではメモをとり、気になった情報はネットで調べて記事にまとめる。こんな作業もまもなく20年ぐらいになる。なんの役に立っているのか、実感はない。けれども少なくともキーボードをブラインドで打てるとか、情報収集して簡潔にまとめるのが早いとかは仕事でも活かせている気がする。

何かの為の読書か。それは仕事に役立つスキルを磨くためとかではなくて、興味がある好奇心があること知る愉しみ。読書は僕の世界観を大きく変え、僕の人生は確実に豊かになった。それは間違いない。これからもできる限り限り続けていきたいと思っております。

さて、本書はカラビ予想という難解な問題を解決したことで知られるシン=トゥン・ヤウ氏の自伝であります。読了後いつも通りメモを纏めていて気付いたのは、2012年10月に彼と共著者のスティーブ・ネイディスの二人が書いた本「見えざる宇宙のかたち-超弦理論に秘められた次元の幾何学」を読んでいたということだった。9年前とは言え読んだ本を忘れているというのはちょっとしたショックでしたが。

そしてその時にまとめた記事では、ヤウ本人の生い立ちに興味があったのに全然触れられておらず、彼が生み出したカラビ・ヤウ多様体に関する解説で終始している。そしてその内容が難解すぎて自分には理解できないと書いていた。

今回読んだ「宇宙の隠れた形を解き明かした数学者」は逆にヤウの人生を丁寧にたどるものとなっていて、彼の遂げた業績のなかみについては大きく割愛された形になっていました。前著は2012年、本書は2019年に出されたもので二つは出版社も違い対になっている訳ではないらしい。

存命中の数学者の自伝的な本が二冊も出版されるというのはあまり聞いたことがない。それだけヤウ氏の偉業がどれだけのものだったのかを示すものだと思う。

中国の非常に貧しい家に生まれ育ったヤウが、努力を重ねそしてまた幸運にも恵まれて頭角を現しその世界の権威となっていく物語はとても面白く集中力を失うこともなく読み進めることができました。

そもそも僕が超弦理論の話に興味を持ち続けてきていて、そこに度々登場するヤウも気になる存在であったことがあった。ヤウはもともと純粋数学の世界の人で専門は幾何学やトポロジーであった。多分。しかしそれなのにどうしてカラビ・ヤウ多様体という超弦理論の中核となる折りたたまれた次元の姿という物理の真理に迫る問題に迫ることとなったのかということだ。

超弦理論について少しだけ。極小の世界では物質が粒子と波の両方の性格を帯びていることがわかり物理学は大きな壁に直面することとなった。重力は距離の二乗に反比例するということから距離が0である状態を認めると重力は無限大となってしまうため理論が破綻してしまう。純粋数学における線は厚さのないものとして扱われているが正にこの状態を実際の世界に当てはめるとうまくいかないことがあるということだろう。超弦理論は物質の最小単位を無限小の点ではなく、一次元の広がりを持つ弦であるという考え方を拡張してきた考え方だ。

振動する大きさをもつ一次元の弦が世界の最小単位だというのは斬新な考え方だと思う。そして驚くべきことに超弦理論ではこの弦のなかに折りたたまれた余剰次元が存在し世界は10次元かまたは11次元なのだという。カラビ・ヤウ多様体とはこの弦の内側に存在する余剰次元の形を表す方程式なのだ。多分だけど。

本書によればヤウがそのような研究に携わることになったきっかけはチャールズ・モリ―という教師について微分方程式を学んだ時だと言っていました。彼の授業を受けたことを契機に偏微分方程式をつなぐ糸として幾何学とトポロジーをつなげるというぼんやりとしたアイディアを持ったようだ。具体的には非線形偏微分方程式を利用したところ、それが一般相対性理論に基づくアインシュタイン方程式、つまりは宇宙の曲率をあらわすことに繋がっていったようなのだ。

偏微分方程式が何を表しているのかちっともわからないのが残念だけど。幾何学分野の学者たちは他の領域とを跨いで研究するとか他の分野の方法論を応用するということに対して強い抵抗感があったようなのだが、ヤウ自身は直観を信じてどんどん外の世界とつながりを広げていく。そしてその道が超弦理論を大きく前進させる発見に繋がっていったのでした。

また本書にはもう一つ大きなポイントがありました。それは副題にもなっているポアンカレ予想に関するお話。ここではポアンカレ予想に踏み込みませんが、クレイ数学研究所によって懸賞金がかけられた7つの問題、ミレニアム懸賞問題の一つで唯一解決済みとなったものです。解決したのはロシアの数学者グリゴリー・ペレルマン。彼が果たして証明を果たしたのか否かという点で学会が大きく揺れているなかでヤウがこれに反対妨害したという話がニューヨーカー誌で記事になったということがあったそうだ。ヤウは当時もこれを全否定していたそうなのだが、本書でもその顛末についてかなり詳しく述べていました。

ポアンカレ予想に限らず研究活動は競争相手に先んじて結果を出す熾烈な戦いでありヤウ本人は上述のように他領域の考え方を柔軟に取り込むことで数々の偉業を成し遂げ、数学界を大きく前進させてきた。結果、競争相手との間では多くの確執を生み、縁故や人脈を重視する中国の学界重鎮たちとの間では時に激しい対立を生じさせ、その模様が赤裸々に語られていました。なんかちょっとすっきりした読書でありました。

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