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ショーン・バイセル(Shaun Bythell)の「ブックセラーズ・ダイアリー:スコットランド最大の古書店の一年(The Diary of a Bookseller)」を読む

学生時代、こんな店は10年以内に絶対につぶれるとつぶやいたことがあった地元の書店。クリスマス休暇で帰省した折に本を探しに足を踏み入れたのは12年後。そこで店主からこの店を買わないかと持ち掛けられたのだという。銀行からお金を借入れお店を買い取ったのはその1年後の2001年、著者が31歳の時だった。期せずも古本屋の店主となった著者はこの業界のし烈さや訪れる客たちの奇人変人ぶり、傍若無人さについては全く理解していなかった。

"THE Book Shop"はイギリス、スコットランド地方ニュートン・スチュアート、ウィグタウンにある。著者が生まれたころのウィグタウンは蒸留所と乳製品製造所を中核としそれなりに活気に溢れていた街だったそうだ。しかし乳製品製造所が閉鎖され蒸留所が廃業すると街のホテルやお店は次々と閉めていってしまった。しかし2000年ごろから風向きが変わりはじめ乳製品製造所がレコーディングスタジオになり、蒸留所が再開され、ウィグタウンは書店と古本屋が集まる特別な街へと生まれ変わっていった。

著者はその流れの波がしらにおり地元の同業他社のメンバーらと協力して街の年中行事としてブックフェスティバルを企画。その規模を年々大きくし、書店店舗に作家などの招いたりと様々なイベントを企画し街の活気とお店の経営に奮闘している模様だ。本書ではこのイベントの最中に裏方としてゴミ収集したり、給仕と間違われて呼びつけられたりしている様が描かれたりはしているが、決して功績をひけらかすようなところはない。

タイトルにある通り本書は日々、著者がお店にやってきた客やお店のメンバー、友人たちとのやりとりを日記風に切り取った内容になっている。書棚から抜き出した本を元に戻すこともなく、何も買わずに出て行ってまったり、本を値切って断られるやその本をカウンターにたたきつけて出て行ってしまったりは日常茶飯事で、これでもかという変人が次々と登場してくる。

しかし、それに負けず劣らずなのが誰あろう。著者そのものだ。「探している本があるのだけど、著者の名前を忘れてしまったので教えてほしい」という電話に、「だれか分かったけど教えない。だって名前をきいたら、それをアマゾンで買う気だろう」などと答えたりしているのだ。お店には自らショットガンでバラバラにしたキンドルが盾にされて飾られていて、アマゾンの電子書籍を最大の敵と捉えている著者は巨人に敢然と立ち向かうドン・キホーテなのだ。

子供の頃から本屋さんに入り浸っていた僕としては古本屋経営というのは常に興味のそそる仕事の一つでした。いわれるまでもなく、巷の書店は次々と姿を消し、僕個人としても書店で本を買う機会というものはめっきり減ってしまった。古本屋の運営がそんなに生易しいものではないことはある程度想像できてはいたけれども、しかし、著者が足を踏み込んだ頃以上に僕は全くその経営サイドの世界観について理解ができていなかった。

曰く、ベストセラーとなった最近の本は初版本でも何万部も刷られているので価値はない。イアン・フレミングの「カジノロワイヤル」の初版本は数千冊しか刷られなかったためにとても価値が高いのだそうです。曰く、セットものの欠けた一冊を他と同じエディション、装丁、色のものを探し求めるのは失われた聖杯を探す旅と一緒だ。などなど。そもそも古本屋としてセット崩れの本は基本的に仕入れないしばら売りもしないのだそうだ。本書でもいろいろな本を探してやってくる人たちが大勢でてくるのだけれども、僕が知っている作家だったり作品はほとんどといってなかった。それらの本の価値を見定めて買い取りをし、値付けをして分類保管し、客の問い合わせに対して在庫の有無を即答するというのはたやすいことではない。そう著者は丁寧に装丁されているものや、美しい挿絵が入っているものに限らず希少本を愛している。そしてこうした本を大切にしている人から人へと本が渡り歩いていくあゆみを素晴らしいものだと感じる感性を持っているようでした。

決して金回りが良いとは言えない業界で、言ってしまえばかつかつの生活なのではないかと思う。そしてウィグタウンはとても田舎なんだという。

しかし、その街並みは目を見張るほど美しかった。ちょっとした余暇を使って父親や友人たちと行く釣り場や島の景色の素晴らしいこと。

ウィグタウン

エルリッグ・ロック

アレサクレイグ島


冬場は外よりも寒くなったりするという店舗の様子や庭に咲く花々など四季折々の様子を楽しんでいる著者の暮らしはなかなかの読みどころでありました。しばし読書の手を休めてグーグルマップ、ストリートビューで見惚れてしまいました。きっと多分一生行く機会はないと思うのだけど、訪ねてみたい場所が一つ増えました。また機会があったらジョゼ・サラマーゴの「白の闇」は読んでみたいと思っています。

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