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マイクル・コナリー(Michael Conneliy)の「エンジェルズ・フライト(ANGELS FRIGHT )」を読む

本書はマイクル・コナリーの長編小説としては第8作目、『トランク・ミュージック』に続くボッシュシリーズ第6作。1998年に刊行されました。2001年『隋天使は地獄へ飛ぶ』のタイトルで日本語版が出版されました。間にボッシュシリーズではない『ポエット』と『わが心臓の痛み』が入っています。『ポエット』にはジャック・マカヴォイとレイチェル・ウォリングが、『わが心臓の痛み』にはテリー・マッケレイブが登場しています。

9作目以降のコナリーの本は作品ごとに主人公が入れ替わりながら他のメンバーが脇役として関わってくる。シリーズがすすむにつれ徐々に登場人物はさらに交錯しはじめ、作品の深みと広がりを大きなものにし、またストーリー展開のスピード感もぐんとあがって行ったことが再読してわかりました。

2001年と言えば僕ら家族は横浜から浦安に戻ってきたところで、長男は小学生、下の娘はまだ幼稚園だった。きっと京葉線の通勤電車で読んでいたのだろう本書の内容はやっぱり全く思い出せない。お引越しやら子供たちの転校。自分自身のあたらしい仕事とか目まぐるしい日々だったことは間違いない。過ぎ去ってしまった20年という歳月の流れに圧倒されつつ、再読しました。
ボッシュ、エドガー、そしてキズミン・ライダーの三人チームは突如、アーヴィン・アーヴィングから現場に招集されて戸惑っていた。事件を割り振られる順番を無視したものでしかもその現場はハリウッド署の管轄からは遠く離れた場所だった。
現場はダウンタウンのバンカーヒルにあるエンジェルズ・フライトの頂上駅だという。

当時はGoogleMapなんて便利なものはなかったので想像するばかりだったわけだけど、もっと大規模な乗り物だと思っていました。ストリートビューでみてみるとおもちゃみたいな乗り物なのにびっくりしました。確かに登るにはそれなりの体力がいる坂ではあるけれども日常でお金を払って乗る乗り物とは思えない代物でした。

事件はこの乗り物の中で発生していた。その日の最終便を走らせ、戸締りをしようとしていた運用者が車両のなかに二人の射殺死体があることを発見したのだ。
殺されていたのは家政婦のカタリナ・ペレスと弁護士のハワード・エライアスだった。カタリナの職場はエンジェルズ・フライトのすぐ近所であった。エライアスは人権弁護士として有名な人物で、ロス警察の人種差別的な行動を裁判でつるし上げることでその地位と富を築き上げた男だった。彼の事務所もまた近所にあった。そして彼は明らかに怨恨と思われる形で殺されていた。折しもエライアスはブラック・ウォリアー事件として世間を騒がせている事件の訴訟が始めようとしていたところだった。

ブラック・ウォリアー事件で訴えられているのは他でもない、ロス市警本部の強盗殺人課の刑事たちだった。そのため彼らは利益相反となり事件を担当できない。そればかりか最も怪しい容疑者たちとして世間の目に映っているのだった。

ブラック・ウォリアー事件は自動車王として呼び名を馳せているロスのカーディラー会社のオーナーの孫娘の誘拐殺人事件に伴うもので、事件捜査中犯人と確実視された黒人の男に対する取り調べの最中に暴力行為があったというものだった。

少女の誘拐殺人事件はこれ以上ないぐらい最悪な展開となっていた。少女は自宅の寝室から深夜にさらわれていた。部屋にあった教科書から検出された指紋により特定されたのがマイクル・ハリスという黒人男性だった。ハリスには住宅侵入と暴行で有罪判決の前歴があった。強盗殺人課の刑事たちがハリスを拘束した時点で少女は行方も生死の沙汰も不明。刑事たちはハリスから少女の行方を引き出すという強いプレッシャーの下にあった。しかし自白は得られず、その四日後、少女は死体となって空き地に遺棄されているのが発見されたのだった。

誘拐殺人の裁判における物証は教科書の指紋だけだった。ハリスは一貫して犯行を否認していた。この裁判において少女の祖父が証言台で人種差別的な発言をしたことで裁判の流れが大きく変わり、ハリスは無罪放免で釈放されることになる。今やハリスは冤罪を着せられ暴行を受けた被害者の立場となり、その弁護士であるエライアスへの銃撃事件はつまりロスの人権問題に火をつけるに十分な燃料を抱えたものとなってしまったということだ。

ロス暴動の再来を憂慮する警察上層部は穏便な解決を望んでいた。そこで白羽の矢がたったのがボッシュのチームなのだった。三人とも肌が白くない。そして彼らはIAD内部監査課のメンバーとチームを組んでこの事件に取り掛かるよう命令を受けるのだった。IADから送られてきたチャスティンは以前ボッシュを調べたこともある人物で二度と関わり合いになりたくない相手であった。

ロス市警本部の強盗殺人課の刑事たちはかつての同僚であり、ハリスの有罪が確実なものでエライアスが訴えている暴行が虚偽であることはボッシュにとって自明の話であった。だとしたらエライアスは誰にどんな目的で殺されたのか。警察内部の人間の犯行なのか。強盗殺人課の元同僚たちはハリスに暴行を加えるようなことをしたのか、しなかったのか。そしてハリスは少女誘拐事件の犯人だったのか。ロス市警の見守り役として民間人の監査員やFBIが関与してくることになり、事件捜査は初動から見動きがとれない状態へ陥っていく。

ちょっと書き過ぎてしまったかもしれない。物語は前半、エライアスの銃撃事件からブラック・ウォリアー事件、そして少女誘拐殺人事件へと一枚一枚ベールをめくるように奥へ奥へと進んでいく。前半はカミさんはもたもたしててつまらないと言っていました(笑)。しかしこの複数の事件が重層的に進むのは警察小説でいえば定石的な展開であるわけでして・・・。

前半丁寧に描きこまれた事件の細部に埋め込まれた伏線が後半徐々に束なっていき予想外の展開を何度も繰り返しながら怒涛のラストへと突き進んでいきます。「エンジェルズ・フライト」と「隋天使は地獄へ飛ぶ」まるで真逆なイメージのタイトルの意味合いと後の改題。読み終えてこれもまたなるほどなーという頷けるお話でありました。

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