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映画『ボヘミアン・ラプソディー』
この映画(2018)を観ました。「ボヘミアン・ラプソディー」は曲名(1975)でもあるようで、ちゃんと聴いたのは今日が初めてです。
私は、英国ロックバンドのクィーン(1970〜4人揃1986)が活躍していた時代に、オンタイムでその曲を聴いた記憶がほとんどなかったのですが、のちのちCM曲や挿入歌で部分的に知りました。とても、あえて星座的に見ると、海王星を中心とするトランスサタニアンを感じるPV。それがこれです。
映画は、随所に垣間見える独特の世界観はフレディ・マーキュリー(1946-没1991)発信だったのかと思わせるストーリーでした。彼は移民の血を引いていたのですね。
こんなに多くの観客を永きにわたって歓喜させる才能。それを与えられた人の苦悩が45歳の短い人生のうちに昇華されたのではないかと、救いをふりまく仕上がりの映画でした。
成功者の孤独にたかる人たち
それを映画の中では「蠅」と言っていました。だけど外食すると、ゴキブリとハエがいる場合といない場合があるのがわかります。同じように食材を扱っていても、同じように誰かの胃袋を満たしていても、そこに蠅はいるかいないかに分かれます。
たかられた時に、たかられていたんだと分かった時に、何よりも辛くなっていくのはその境界線かなと思いました。
泣きそうになったのは、そんな自分という存在を変わらず信じてくれている家族や友人、信頼をより戻してくれる仕事の仲間、新しく出会うことのできた約束の恋人。そういう大切にすべきだった人たちを取り戻せたことに感謝し、気づきが遅かったことに嘆き、死を覚悟しながら人生を噛み締めるフレディ・マーキュリーを演じている米人ラミ・マレックの瞳がブルーグレーだったのを確認した時です。
この映画を通して一貫していたのは、どこをどう通って生きようと、大スターに成り上がったとしても、影に日向に差別を受けていたとしても、奇抜なファッションが彩っていても、何が大切で何を失っては生きていけないのかが誰にとっても同じなんだと気づくことでした。
ボヘミアン・ラプソディー。その曲も映画も、蠅はキーワードですね。
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