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『パワー・オブ・ザ・ドッグ』とカード・ゲーム『ロシア銀行』の謎

ジェーン・カンピオン監督、Netflix『パワー・オブ・ザ・ドッグ』がアカデミー賞最多12部門ノミネートで、オスカー大本命と言われている。

朝日新聞テリングにも、レビューを書いた。


大傑作。何の予備知識もなしで観たほうがいい。集中力を要する映画なので邪魔されない万全の態勢でぜひ。(露骨なネタバレはしないが、以降は、観てから読んでもらったほうがいいかも)。

で、観たときにこうツイートした。

Netflix『パワー・オブ・ザ・ドッグ』傑作。登場人物4人のそれぞれの手札とやり口が徐々に判ってくる緊迫感が持続した先に突如訪れるクライマックス。なに!?と驚愕した直後に仕掛けられた手口に唖然とする。名作ゲームの名試合のようなラスト。
家父長制の権化みたいな男をベネディクト・カンバーバッチを演じて、そこに照応する耽美な少年をコディ・スミット=マクフィー。家父長制批判的な視点で語られることが多そうな気がするけど、滅びにうっとりする耽美サスペンスとしても観れるので『ベニスに死す』な懐かしさもある。
あ、もちろんカードゲームやボードゲームをプレイしている映画ではないです、スピリッツの話ね。

映画の中では、カードゲームをやっている場面はない。ないのだが、主要登場人物の心理戦がまさに名作ゲームをプレイしているようでもあり、幕切れの鮮やかさもあり、名試合! すげー!ってなったのだ。

で、原作を読んでみた。原作の小説は、けっこう各キャラクターの心理描写まで踏み込んで書いている。

映画は、無粋な説明台詞なし。映像から心理を推察してドキドキしながら観ることになる。なので、映画を観た後に小説を読むのが吉。あの場面は、ああいうことだったのか!と驚きながら読める。

そして、ほぼラスト。全体で341ページの小説のP336に、こういう場面がある。

ふたりは窓際に座って「ロシア銀行」というカード・ゲームをした。

それ以上の猫写はなく、なんでもないただのワンフレーズだが、この少し後に、さらにカード・ゲームが出てくる。ピーターが居間の書棚を眺めてる場面、P338だ。

さらにその隣には、トランプ・ゲームの権威エドモンド・ホイルが書いた『カード・ゲーム』の現代版があるなど、

エンディングに差し掛かったころに、カード・ゲームについての猫写が二回も出てくる。
「この物語は、カード・ゲームのような心理戦だったのだ」という作者による合図だろう。

エドモンド・ホイルの『カード・ゲーム』を紐解くと「Russian Bank」の項がしっかりある。
「Russian Bank」をこう説明する。

This game,which is sometimes called Double Solitaire,has lately come into greate favor as being probably the best game for two players ever invented.
ダブルソリティアと呼ばれることもあるこのゲームは、おそらくこれまでに発明された2人用のゲームの中で最高のものであるとして、最近人気が出てきています。

さらに、CRAPETTEとも呼ぶと書かれており、このタイトルはフランス語のCrape(意地の悪い)に由来する。このゲームは、「Spite and Malice」(悪意と敵意)という名でも呼ばれているのだ。「パワー・オブ・ザ・ドッグ」が描いた関係性を象徴する名を持つゲームだ(しかも、エドモンド・ホイルの『カード・ゲーム』が登場した場面の直後に、直接戦っていた相手は2人だったことが明かされるのだ)。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は、「悪意と敵意」の駆け引きが交錯するゲーム的な映画だ。ゲーム好きはぜひ。

日本には『トランプゲーム大全』という大著&名著がある。第53章の「分類しにくいゲーム」の「スパイト・アンド・マリス」の項に詳しいルール説明がある(「ロシア銀行」というタイトルについての言及はない)。

「スパイト・アンド・マリス」は、アプリで遊べる。

これ以降は、「Russian Bank」というゲームについて、もう少し補足する。

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