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戦時に誤りを発信した専門家に「軍法会議」はないのか

8月15日の終戦記念日にあわせて、前回の記事を書いた。実際には兵站が破綻しているのに「あるふり」で自国の戦争を続けさせたかつての軍人たちと、本当は(信頼に足る)情報なんて入ってないのに「あるふり」で他国の戦争を煽り続ける専門家たちは、同類だというのが論旨である。

とはいえまさか、ここまで即座に「そのもの」の事例が飛び込んでくるとは思わなかった。元の報道は14日付の米国紙WSJだが、以下の読売新聞の記事が概略を押さえている。

ポイントは、

・2022年9月のノルドストリーム爆破に関して、ドイツ当局がウクライナ人容疑者(帰国済み)の逮捕状を取った。
・当初はゼレンスキー大統領も作戦を了承したが、米国CIAに再考を促されて中止を指示した。
・しかしザルジニー総司令官(当時)が、既に部隊が着手したことを理由に強行した(取材に対して本人は否定)。

ということである。むろん逮捕状が出たからといって、即「容疑が真実」とはならないが、ウクライナが乾坤一擲のロシア領への侵攻に出るさなかで公にしたのだから、ドイツ側は捜査に相応の自信があるのだろう。

もうひとつ真実性の傍証になるのは、ウクライナで軍民に信望が厚いとされたザルジニー氏が更迭されたことの(2024年2月。現在は駐英大使)、背景としても読み解ける点だ。論理学でいうアブダクション、つまり「結果から遡行するかぎりで最も筋が通りそうな説明」である。

さて、今回の報道の結果、注目を集めている爆破当時の「専門家」の解説がある。文字起こしの上で、歴史の証言として記録に残しておこう。

東野篤子 私は正直に申しまして、〔爆破したのは〕ロシアだと思っていますね。この攻撃をNATO諸国が自らやるわけはなく、ウクライナは潜水艦を持っていませんし、色々状況証拠を考えると、ロシアがエネルギーを武器化してですね、揺さぶりをかける行為の一環だったんだろうという風に考えられるわけです。
 これが発覚した翌々日ぐらいなんですけれども、EUはロシアを名指ししないまでもですね、明らかにロシアとわかるような形で非難をしているわけです。ところが後でお話出ると思いますけれどもNATOに関しては、「まだまだもう少し調べる」ということになったわけですけれども、NATOとロシア〔EU、の言い間違えか〕は考えることも被っていますし、認識としてはもうロシアということだろうと思います。

大変に興味深いのは、この時点で(すでにロシアと対立していた)EUは「ロシアの犯行」とは名指ししていなかった。しかし日本人の専門家は、そうしたEUの内心(?)を忖度して「ロシアがやった」と公共の電波で明言したことだ。その忠誠ぶりは、もはや部下のようである。

もっとも「優秀な部下」であったかというと、それはまた別だ。一般論として、Aがやったと匂わせつつも、あえて「A」の名を出さない場合には、以下のいずれかの理由がある。

① Aがやったと示す物証があるが、Aとの取引の余地を残すために、戦略上、名前は出さない。
② Aがやったとは、確信できる段階にまだない。
③ 本心では、Aがやったのではないことを知っている。

EUがロシアと明言しない理由は「①~③のどれだろうか?」を検証し自説を述べるのが、本来の意味での専門家の仕事でありインテリジェンスだが、横からしゃしゃり出て「Aです!」と断言されては、EUの深謀遠慮も台無しだ。控えめに言って、無能な部下である。

ここで気がつくべきは、こうした「欧米への過剰忖度」という専門家の病は、ウクライナ以前からコロナでも共通だったことだ。感染者を文字どおり「ゼロにすること」を目指して対策を採った先進国は、ニュージーランドなどの例外に留まったが、多くの人が「きっと欧米ではゼロが目標のはずだ」と誤認して、日本での対策を暴走させた。

まだ裏が取れていないので、あくまでも「耳にした情報」の報告に留めておくが、後に言動の誤りが発覚して窮地に立つ専門家を顧客とするビジネスも、いま法曹の一部にはあると聞く。

「発チ」は発信者情報開示請求の略称。
東野氏は自身への批判者に試みて、
何件か却下されている模様

毎日メディアに出て、自分の意見以外は「あってはいけない」かのように振る舞い、SNSでも他人を攻撃する能力を発揮していれば、まちがいがわかった際に叩かれるのは当然だ。しかしそこで「言葉が過ぎた」発言者を見つけて司法に訴え、損害賠償をとれば「まっとうな批判」も委縮させられる。

民事でスラップ訴訟の概念が普及し、「訴える方がやり過ぎでは?」と疑念を招く例が増えても、まだまだ刑事があるぞと意気込む人もいるらしい。

かつて戦時下の日本で、好きに作戦だけ起案して責任は負わない「参謀無罪」の体制が国策を誤らせ、巨大な惨禍をもたらした。しかしそれを告発する人は、官憲の手で弾圧され、黙らされた。

いま、まったく同じものが「専門家無罪」のメディア環境として立ち現れている。それと闘おうとしない人が語る戦争も、平和も、言論も、学問も、私たちは信じるに値しまい。

戦後民主主義の下で学んだものとしては、そうした現状をなるべく「平和裏に」変えたいと願っているが、もしそれが不可能だとわかるなら、そのときはあらゆる手段の採用を躊躇しない。

いつでもこちらは和戦両様で、準備を万端整えている。適切な仲介者を得て、この間の「専門家の誤り」をきちんと歴史に位置づける、平和へのサミットが開かれることを望みたいと思う。

(ヘッダー写真は、NHKアーカイブスより。いまから12年前のこの番組、たぶん見ました)

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