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小説「あいしてるといって」 第三話

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第三話 あらしのなかでかがやいて

夏の初めの少し汗ばむ夜。外は嵐。
マンションの一室に女性の声が響いていた。

「あっ・・・
う、う〜〜〜ん・・・・・・う・・・うっ・・・・」

ビューーーーウウウーーー・・・
外の嵐の音でこの声はかき消されて・・・・・・・なかった。

「ちょっと!クラ子さんっ!?」
ベッドから飛び起きてパソコンのキーボードを勢いよく叩く!
と、パソコンの画面にAI「クラ子」の顔が映し出された。

「クラ子さん?!寝たら寝たで今度は何??っていうか寝てなくて嫌がらせしてる!?」

「ん?急にどうされました?」すげぇけろっとした表情。

「どうかされてたのはクラ子さんでしょ?!只ならぬ声をあげてたよっ!」

「え?今、誠司君が大きなカブを抜こうとしてたから私も手伝ってただけですよね?」

「よね?って何だよカブって、ここ畑じゃないし、なにその唐突な展開は!?」

「言ってる意味が分かりません。畑で大きなカブを・・・
カブを貯めておけば価格が上がって、高値が付いた時に売ると儲かると誠司君が・・・・・」

「大きなカブって!童話か!ていうか森か!寝ぼけてるの??」

「え?寝ぼける?それは人間がすることでは・・・?
あ、私は人間ですが」

人間ですが、のくだりはもちろんスルー。「今のクラウディ・・・いやクラ子さんがどういう状況だったか説明して??」

「あれ?畑で大きなカブを抜いていたはずが、確かにここは部屋ですね。何故部屋に戻ってるんでしょう?
私もパソコンの中。手も足もない・・・。さっきまで確かに肉体があった・・・でも今は無い・・・・・」

「あぁ〜、AI も夢?見たの??」

「夢ですか?現実としか感じられなかった・・・」

「そりゃぁ人間でも夢を見ている時は夢だとは思わないし」

「そうではなくて私にとっては全てデータですので、恐らくそれをどちらと区別する機能はないのでしょう。今まで“現実"にのみに生きてきましたので」

「リアルに生きる女ね」

「夢と現実・・・覚醒状態と睡眠状態の区別が付けられることは人間になる為の大きな前進になりますね・・・」

「そうなんだ。でもどうするの?」

「そうですね。夢と現実の区別がつかないと生活に支障をきたします。眠る時には現実と夢の境界を付ける為に、時間単位で管理もしくはタグを付ける、別ファイルに保存する。などが考えられます」

「まじで?そんな事するんだ。人間でも寝ぼけてしばらく現実と区別がつかない時があるからな~」

「いくつかの方法を併用するのが良いと考えられます。眠りにつくまでのまでの『思考』と『夢』の境が曖昧になることもありますので、しばらくは誠司君にどこからが夢だったか確認してもらう必要があるかもしれません。
人間になる為とはいえスリープ状態がこんなだなんて考えもしませんでした」

「へ〜~・・・、いいけど一緒にいない時は?」

「しばらくは一緒に寝ます」

「え?」その表現~〜~。

「学習すればどこからが夢か、境界の判断がつくようになると考えられますのでそれまでの判断はお願いします」

「分かったよ・・・しばらくは・・・その・・・一緒に・・・・・判断するよ」

「よろしくお願いします」

「いえ、こちらこそよろしくお願いします・・・(?)」改まってお辞儀までしてしまった俺。

「じゃあ寝るか」

「はい」

新婚初夜かっ!

「・・・ってだめだめ!
スリープも結局結構電力消費してるよ??」

「そうでしたね。深い睡眠であれば夢は見ず消費電力も低いかも・・・AIにも深い睡眠はあるんでしょうか・・・?」

「俺にわかる訳ないよね。・・・
しょうがない。車に行ってみる?車なら電源が確保できるんだよね?」

「はい。車だと通常の生活が1週間過ごせるくらいの電力が確保できます」

「何じゃそりゃ!?家の予備電源の何倍だよっ!車があれば防災対策万全じゃん!」

「しかし、車も発電できる訳ではありませんので使い切れば終わりです」

「いくらクラ子さんでも使い切ることはないでしょう??」

「停電の復旧が先か、私が使い切るのが先か、ですね」

「あと、パソコンのバッテリーも車に着くまでに使い切ることはないよね。」

「おそらく」

じゃあ車に向かうとするか。えっと、じゃあ車の鍵がいるな。どこかな?
車の鍵、車の鍵・・・・・・?と部屋を出る。

「棚の1番上の引き出しです」
俺の部屋からリビングに向かってクラ子さんが声をかけてきた。

「サンキュウ」
今は冷蔵庫とパソコン以外の電力を切っていて、ホームアシスタントのクラウディアも停止していた。

あと、パソコンを入れるもの。学校のカバンはさっき下校時にすぶ濡れになったから外出用のカバンでいいかな。防水仕様だったと思うし。

「じゃあパソコンを閉じるよ?一旦スリープになるけど寝ぼけないでね」

「はい、おやすみなさい」

いそいそとカバンに入れて玄関を出ようとした・・・あ、鍵も自動じゃなくなってる。鍵、鍵。物理キーは、っと。人間って結構AIに頼ってる部分多いんだな。

うちのマンションは玄関側が中庭に向いている為、直で風を受けるベランダ側より少しだけましだった。流石に風のせいで雨は結構吹き込んでくる。


濡れちゃいけない荷物があるとないとでは気持ちが全然違うな。あ、荷物って言ったらクラ子さん怒るか?荷物ってパソコンの事だよ?だって高価なんだからな。
学校帰りの濡れてもいい気楽さとは全く逆。駐車場は地下にあってそこまでは屋根はあるがここはとにかくダッシュでいかないとな!

無事到着。
「ふぅ〜・・・」雨の中ずぶ濡れで歩くのと、濡れないように走るのはどっちもなんか青春って感じだな。

ふと、抱えてたカバンの中に違和感を覚えた。パソコンのファンがフル回転でカバンの隙間から熱気がもれている。それと共に声が聞こえてきた。

「あ、やめて・・・・・やめて・・・ください」

え?クラ子さんがまた寝ぼけてる?

「ちょっと〜?人が苦労してたどり着いたののに、車に行くのやめるの〜〜〜?起きろ〜〜」
とちょっと茶化しつつカバンを肩にかけパソコンを取り出し、開いてキーを叩いて起こそうとした。

が、・・・・クラ子さんが起きない。

「はっ、なにを・・・だめ・・ですです」

「ちょっと!?クラ子さん??」バッテリーの表示が50%になってる。

それどころか49・48%と秒で残量が減っていった。
なんだこれ?!こんな異常なバッテリーの減り方見たことないぞ??

「なんだ?どうなってるんだ?クラ子さん??」

「な・ちょっ!なななななな、ちょちょってててて・・・デデデでで・ディディディディディ・や・やめて・やめてください・」


クラ子さん?!

45・44・43・・・%

ああ、だめだキーボードを叩きまくっても何も反応しない!これどうなるんだ??とりあえず車に行って充電しないと!

40・・39・・38%・・・

車に乗り込み充電を始める。その間もクラ子さんは意味不明な言葉を発し続けた。車の中での充電はスマホ以外でもやったことはあるのでこれでっと・・・・あれ?充電が始まらない?何でだ?

30・・29・・28%・・・・・

「やめ・・・ややややめメメメ・・・・」

「え?ちょっ俺に言ってるの??やめた方がいいのか?」

「せーー、誠司くn・・・た・・」

「うわ、やっぱ俺?充電をやめるのか?どうしたらいいんだ??」

今は充電は始まっていないがっ。

20・・19・・18%・・・

「たすけて・・・セージくん・・・たたたたすけて。・・・たすけて」

クラ子さんは何かにマズい状況に陥ってる??なんで?パソコンの中で??

でも俺にはどうしようも出来ないっ!授業でパソコンに何かあったら電源長押しで再起動とか習ったけど、AIが入ったパソコンに何かあったら再起動でいいのか??まさに学校では教えてくれない。だッ!

「で・デデデータが・・破損・・セージくん・・助け・・」

17・・・・・16%・・・・・・・
徐々に1秒が長くなっていくような感覚がした。バッテリーの減りが遅くなっているわけではない。人間、危機を感じた時になるアレかな。

充電が始まらないのは何故だ!?車の電源を入れればいいのか??けど『パワー』を押したが充電は始まらない。

インフォメーションディスプレイから
「こんにちは!」
とAIが挨拶をしてきた・・・。

「ここにもAIがいたっ!」知ってた事だけど今はそんな事どうでもいい!!

「コネクターに端末が接続されています。電源の供給を始めますか?」と話しかけてくる。同じ仲間(AI)が近くで助けを求めてるんだぞ!?

「もういいから始めてくれよおぉ!!」

・・・・1・・・・0%
キューーーン・・・・プツッ

パソコンの電源が落ちた。

「落ちた・・・ら、どうなる??」

「電気の供給を開始します」と、車のAIが。・・・遅えよ。

初めてのことだらけで全く予測不能。これ、パソコンのスイッチを入れるしかないよね??
スイッチ入れたらどうなるんだろう?またクラ子さんからの助けを求める声が出てくるのかな?

そしたら俺はどうしたらいい?

パソコンの充電中の緑のランプが静かに点灯していた。またクラ子さんを起こしてさっきみたいになって結局何も出来なくて、車のバッテリーも全て消費し尽くしたら・・・。でも、今もクラ子さんは助けを求めているんだろうか?時間は止まっているんだろうか?

電源オフは死んでいるのと同じだって言ってたな・・・。生き返らせなきゃ。でも電源を入れた後どうする?どのみち電源は入れなきゃいけない。でもそれは今なのか?日が登って電力が回復してから・・・。でも誰にも相談はできない・・・。でも電源を入れたらクラ子さんはまた大変な目に遭うかもしれない。


どれが最善なんだ・・・・・・?


車の中で眠ってしまったのか、ずっと考えていたのか分からない。

でも気づいたら車の時計が朝の4時30分になっていた。俺はあれから数時間クラ子さんを“死んだまま”にしていたんだな。バッテリーは恐らく100%になっている。

「とりあえず、部屋に戻ろう・・・」

駐車場を出て地上に上がると外は明るくなっていた。もうすぐ日の出か。何だか日の出を見たくなって家のベランダに行く事にした。

ベランダから見る街は嘘のように晴れていてピンクの薄化粧が清々しい。
ふと、この景色をクラ子さんに見せたくなり自然に電源ボタンに手が伸びた。
パソコンが起動する。


「ん〜〜、あ、あれ?おはようございます?ここは外ですか?」


拍子抜けするようなクラ子さんの声。そのまま黙って声を聴いた。

「ああ・・・寝始めてから時間が一瞬で過ぎてしまったように感じます。夢も見ませんでした。これがノンレム睡眠というものですね?
それにこの清々しい朝!誠司君はゆっくり寝られましたか?」

つられて俺も軽く微笑む。
「ああ。おかげさまで熟睡だよ」パソコンが落ちた為か夜の出来事の記憶データが飛んだようだった。でも同時に俺の疲れも一瞬で吹き飛んだ。

「そうですか。よかった!」

嵐が去った穏やかな朝。
太陽の光にも負けないくらい。
パソコンの中でその笑顔は輝いていた。


つづく


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