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朝いちばんの幸福

 朝いちばんのオンライン会議に参加しようと15分前にPCを開くと、午後へのリスケの案内が来ていた。これ幸い、とばかりに急ぎで片づけたい所用があり商店街へとひとっ走り。本当はそのまま外出をして仕事をしたい気分なのだが、リスケになった会議が機密情報を扱うため自宅が無難なのだ。そこでいったん帰宅をするわけだが、駅へと向かう人の波に逆らうようにして歩くとほんの少し居心地がわるい。

 そうだ、パン屋さんに行こう。あ、お花屋さんにも行かないと。

 普段、荷物が多いし歩きにくい靴で歩いているしで、商店街でなかなか買い物ができないのでいい機会だ。朝の地元のパン屋さんはとても久しぶりで、自動ドアが開くとなんともいえない良い匂いに身体が吸い込まれていく。焼きたての札がついたパンが所せましとまるで宝物のようにつやつやと輝き鎮座している。小麦の焼ける香ばしい香り、チーズや調味のおいしい匂いは、食欲をそそるだけでなくシンプルに幸福の匂いと言える。
 
 選びたい放題の品出しにウキウキほくほくしながら、トングでつかむと柔くくずれそうなほど、焼きたてのパンをついついたくさん選んでしまう。レジの女性がニコニコと会計をする姿は、この仕事が好きなんだろうなと思えて心があたたまる。ほんのりとあたたかく魅惑的な匂いのするパンたちを抱えて店を出た。

 そのまま向かったのは花屋で、このところ多忙できらしたままでいた榊を何がなんでも手に入れる必要がある。神棚用だ。ちなみに「神仏を崇(とうと)びて神仏に頼らず」が私の考え。いろんなことをどんどんやめていってしまう、自堕落な一人暮らしに神棚のお世話はひとつのルーティンとして残った。
 榊を手に入れてふと悩む。

 毎月、ひと月を共に過ごす花を選んで買っていたのだが、今年は3月で潰えてしまった。それ以降、自分の身の回りが嵐に巻き込まれ、花を買う余裕を無くしたからだ。自分にとって、花を毎月買えることは、心の様子を眺めることにもなって好きなのだが、あっという間に12月になってしまった。
 悩む理由は、12月と言えばホリデーシーズン用の花を選ぶのだ。もちがいいので、大抵そのまま年末まで過ごし、少し新年用に松の枝など買い足す程度でよい。しかし、商店街の素朴な花屋は少し毛色が違って、ホリデーシーズン用の見栄えのするアレンジはないのだった。

 けれど、この朝イチに花を買える幸福をみすみす失う手はない。
 一見ダリアと見まごう、深紅とレンガ色の中間のような燃える色合いの菊花とサイプレスに似たグリーンを所望した。私の気に入りは、背の高いまま大きな花器にポーンと放りこんでおく縦長のスタイル。数本の花でも存在感が生まれるのだ。もう少ししたらホリデー用の花を探しにいけばいい。

 両手にパンと花、それぞれ幸福な気分で選んだので、抱える私は幸福そのものだった。急ぎ足で自宅に向かうのは、何も仕事が待っているだけではない。手にした「幸福のかたち」をそれぞれ早く、味わいたかったのだ。

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