見出し画像

一方通行の禁足地「Sergio Rossi」の靴

18時を過ぎてなお34度もある今年最高の真夏日。夕方になれば多少暑さも落ち着くかと思いきや甘い目論みであった。よんどころない事情で外に出たがその際に我が物になったばかりのシューズをおろした。驚いた。なんだこの履き心地は。セルジオ・ロッシのパンプスの威力たるや。

自分の普段使いのシューズはコールハーンだ。フラットシューズがトレンドだが、踵が高いシューズが好きなので7.5センチ、4.5センチあたりを履きまわしている。パンプスで大体4~5万円前後。自分にとってはかなり「高い」という感覚で、コールハーンに落ち着くまでは銀座かねまつで、それでも2~3万ほどはした。仕事が半分は外回り、半分は内勤みたいな割合なので歩きやすいことを重視すると、靴はある程度投資対象になるのだと年と共にだんだんわかってきた。セルジオ・ロッシのパンプスが、履きやすいうえに美しいということは当然知識としてはあったのだ。でも、その世界に一度足を文字どおり踏み入れたら、それは一方通行の帰らざる道であろうこと、禁足地として遠巻きに眺めてきたのだった。

週末、長いこと煩悶としてきたことの一区切りの答えが出たことで気分がよかった。化粧品を買い足しに出たらまるで迎え撃つかのようにロッシの店舗が目に入った。当然まったく買う予定はない。ただ、その日の私はこう思ったのだ。「たぶん、いつか買う日のために下調べをしておくのもよかろう」と。

店員さんはおそらく私より年下で気さくな雰囲気であった。まず最初の誤算だ。もっと近寄りがたい人であってほしかった。なぜなら、こともあろうか試着を薦めてくるなんてさらなる誤算である。履きました。はい。

しかも調子にのって、店頭に出ていない定番品なども出していただきましてね。はい。足を入れてびっくり。「…ぬあんじゃこりゃ~~~~~!!」の世界ですよ。足にちょっとのストレスもなくシューズに収まる。そして、美しい。自分の下調べではロッシの靴であれば9~10万円はする。値段を聞かなくてもそのくらいはすると思った。

足が完全に喜んでいた。このところ、歩く量とシューズのバランスが悪いのか、非常に負担に思っていた。帰宅する頃には靴のせいで疲労が倍で増していると感じるほどだ。映画の「赤い靴」じゃないですけどね、そんな私がロッシの靴を今更脱げると思いますか?それは無理な相談というものですよ。

よって値段も聞きませんでした。聞いたら恐ろしの森から後悔というモンスターがとびかからんばかりに噴出してくるのは明らか。「これとこれだったら正直どちらを薦めますか?」と店員さんに聞くとシーズナル商品ではあったが非常にシンプルで美しいパンプスを薦めた。買った。おわった。攻防は、あまりにもあっけないものであり簡単に勝負はついてしまった。

ロマンティックなピンクのブランドカラーで包まれたシューズを、夕刻になっておろして足をそっといれてみると、昨日と同じ感動に包まれた。かように美しく快適なシューズがあるのか、と夢心地で踊るように歩いた(気分だけです。踊りません)。これはもうホラーです。真夏のホラーなんです。

だってどうやって、セルジオ・ロッシのシューズを知る前の自分に戻れるというの?かといってすべてのシューズをロッシに刷新できる甲斐性はないのですもの。。それと同時に、アーウィン・ショーの短編「夏服を着た女たち」に出てくるニューヨークをとりどりの衣装で闊歩する女性たちのような、涼し気で魅力的なワンピースなぞをこの靴に合わせたら大変なことになってしまうな、と心の奥で思うのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?