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梶芽衣子の無念

今月だけで2度、『鬼龍院花子の生涯』を観てしまった。生涯通算でいえば数えきれないほど鑑賞している。清純派女優であった夏目雅子が「なめたらいかんぜよ」と啖呵を切ったシーンで有名な鬼才・五社英雄監督の作品である。

わたしの映画の好みは、幼少期から思春期あたりに父親と共に鑑賞してきた作品が骨格をなしているのは間違いがないのだが、「鬼龍院花子」に関しては父親よりももはやわたしの方が心酔していると言ってもよいだろう。五社英雄監督による、男女の情念を血なまぐさい美へと昇華した手腕や、仲代達也、岩下志麻を筆頭に、垂涎ものの豪華俳優陣などは今回の記事の主旨ではないので置いておく。昨日眠れない夜に、あちこちと指をすべらせながら知った事実がなかなかに興味深かったのでそれを書いておきたい。

まず、「鬼龍院花子」の企画を手弁当で東映に持ち込んだのはなんと女優の梶芽衣子だったこと。そして結果として、梶は映画にどの役柄においても出演をしていないということ。このあたり、まさしく「事実は小説より奇なり」を地でいっていて非常に興味深い。プロデューサーの日下部五朗は梶から企画を持ち込まれたとき、直感で「これはいける」と感じたという。書店で原作を読んで感銘を受けた梶は、自ら企画を練り、映画で仲代が演じた鬼政役に若山富三郎を想定し、若山本人から出演の内諾もとったうえで日下部に持ち込んだのだった。もちろん、自身を夏目が演じた主役に想定して。

東映社長の岡田を口説いたのは日下部であり、映画制作の実現にこぎつけたのはプロデューサーの手腕であることは間違いがないし、結果だけ見れば大成功を収めた本作である。しかしこのとき、梶はフリーランスの女優であり、その後の『オール読物』にて “企画を横取りした卑劣な人間” として日下部をこきおろしたその胸中たるや。

また、当初五社監督は主役を大竹しのぶと考えていて、幾度も大竹に熱烈にも打診し続けたが断られる。最終的に当時文学座に所属していた夏目が抜擢されたわけだが、ここでも逸話があるのだ。

初日の撮影が終わった後、夏目が五社に「隠していたことがあります」と話を切り出し「もう降ろされる心配はないと思うので申します。実はバセドー病が悪化して入院することになりました。手術のため1カ月休ませてください。だましてごめんなさい。どうしてもこの仕事をやりたかったのです」と言い出した。最初から病気のことが分かっていたら「松恵」役を降ろされていたが、ルール違反をあえてするほど、夏目はこの役に執着していた。(出典:wikipedia

調べれば調べるほど、この作品には逸話が多く、しかもそれらがまさしく人間ドラマばかりなのだ。人間の情を描いた監督、五社英雄作品らしいことこのうえない。

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