40℃の刑

もう後戻りはできないのだな、と思う。
度重なるブリーチで傷んだ髪にシャワーが降り注ぐ。
見た目の鮮やかさと引き換えに破壊された組織たちはからっぽの存在になっていて、それでも失ったなにかを得ようとするのか、水を吸う。水を吸う。

入浴はたいへんに面倒な作業でまったく気乗りしない。
こと洗髪となると尚更で、水浸しの雑巾のような髪を絞って絞って水を切り、それでもまだ垂れてくる水をタオルで拭き、軋んだ弱々しい釣糸のような髪を丁寧に櫛で梳かし、ドライヤーで乾かしてやらないといけない。

ああ、また絡まってしまった。櫛が音を立てて髪にとどめをさすのを聞いて、少し苛々する自分と悲しい自分と。自分の身体から切り離された髪の醜いことよ。いいえ醜く残酷なのは自分自身でしょう。爪だってそう、切り離した瞬間に異物になってしまう。さっきまで自分自身を構成していたものを、いとも簡単に、呆気なく見棄ててやることができる自身のこころがどれほど冷酷か。

そのくせ愛着というものは不思議で、まったく自身の肉体と物理的に分離されているものにもかかわらず、時には自分の肉体以上の尊さを抱いてしまう。物理的、肉体的な繋がりよりも精神的な繋がりのほうが大きな価値をもたらしてくれるのだろう。

さて、髪は乾きましたか。
最後はちゃんと冷風で乾かしてあげましたよ。オイルだって使ってあげた。からっぽの髪でも、心なしかさらさらになって、艶を纏って、そして私はため息をつく。

入浴おつかれさま。スキンケアもしないとね…


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