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バレリーナの同級生を思い出すとき、私は一人ぼっちの美しさをも思い出す。

「孤独でもいいから、孤高でありたい。」

いい年になって、いまだ時々こんなことを思う。
思う度、私には思い出す人がいる。

高校と大学が同じだった、とある女の子。

仮にYと呼ぶ。彼女はバレリーナだった。本人の口から聞いたわけでも人づてに聞いたわけでもないが、一目見たときからそうだと分かった。

すらりとした長い手足。恐ろしくまっすぐな背筋。すでに命を失ったみたく白い肌。神経質さを感じる繊細な首筋と髪の毛。

「高校生」であるより「女の子」であるより先に「バレリーナ」である、といった風だった。

Yは美しかったけれど、いわゆる人気者の立場ではなかった。彼女が友達と仲良くしているのを、私は見たことがなかった。

田舎者には、あの瀟洒に過ぎる具合が疎ましかったのだろう。時にクラスメイトは、彼女の洗練された一挙手一投足をかえって馬鹿にするようなそぶりも見せさえした。

ある年の体育祭の練習日、ドクターストップによってすべての競技を見学することになっていた私は校庭の端っこでダンスの練習を見るともなしに眺めていた。
応援合戦のためのそれは振り付けもおそまつな代物で、実際にはダンスと呼ぶのも悩ましい。加えて全員が全員、「かったるい」を全身でアピールした緩慢な動きなもので、見ていられたものではない。

そんな中においても、Yのダンスは完璧に美しかった。
指先まで神経の行き届いたしなやかな動き、ぶれない体の芯。周りと同じ振り付けとはとても思えない。いかなる時も「踊る」ことにかけては気を抜かないという、彼女自身の信条を感じるようだった。Yのダンスのペアになる男子は大体、きまり悪いようなへらへらとした薄笑いを浮かべてばかりいた。

「Yとペアになると目立つから嫌なんだよなぁ」
三々五々に散っていく放課後の校舎で、うっかりこんなことをいう男子生徒の声を聞いた。私は、つむじに氷水を垂らされたようにすくんでしまった。

男子生徒は、すぐ後ろに下校準備の整ったYがいることにようやく気づく。が、当のYはいえば、先ほどまで手を取って踊っていた男子生徒の傍を一瞥もくれず通り過ぎていく。ツンとした鼻の横顔には、先ほどの言葉に対する感情など何も無いようで。秋の校舎を後にする歩みは、音もなく軽やかだった。

「どうでもいい」という言葉すら浮かばないほど、彼女にはこんなことは「どうでもいい」のだ。

私は多分、彼女が羨ましくて仕方なかった。

いろいろ書き連ねているが、私は高校の三年間一度もYと口をきいたことはない。一方的に認識していただけなのだ。

そもそも当時の私と来たら、クラスカーストの底辺に位置する陰気なオタクで、人に話しかけられても蚊の鳴くような声でどもりながら返事をするのがやっとの状態。

学校にいる間の私は、いきなり日の光を当てられ身をよじりもだえる土中の蟲みたいだった。当然性格も終わっていたので、私が蟲ならカースト最上位のクラスメイトのことは声がでかいチンパンジーだろくらいに思っていたが、Yのことはただただ眩しくて美しいと思うばかりだった。


Yと会話したのは大学生になってからのこと。

同じ大学に進学したことは知っていた。でも、だから私に何ができるということもなかった。

それなのに彼女は突然私に話しかけてきたのだ。

「嫁島さん、いつも服かわいいね。どこで買っているの?」

私たちの他に誰もいない、階段の踊り場。

正面から見たYは、不安を覚えるほどに左右対称の笑顔だった。

顔が真っ赤になるのが分かった。
大学に上がった彼女は毎日MILKのワンピースをまとっていて、こなれた風なピンクのメイクもよく似合っていた。

一方私はと言えば、ロリータに憧れる貧乏人御用達アクシーズファムのワンピース(イオンモールでセールになるまで粘ったもの)を大事に着ているばかりで、覚えたてのメイクはチークが変に濃くてアイラインもやたら太い上ガタガタだった。

Yに話しかけられた嬉しさよりも、Yに見られている自分の醜さ、みすぼらしさ、みじめさが勝って何もうまく話すことができなかった。

どもりどもり、どうにか答えた私に、彼女はただもう一度、左右対称の笑顔を見せた。そのまま、踊り場を上の階へ上がっていく。

以降、私とYが言葉を交わすことは二度となかった。


しばらくして、私は完全にロリータに目覚め、田舎町も堂々と全身フリルまみれで歩くような人間になる。バンギャになってみたり、ニートを経て上京したり、いろいろ経験していく中で、多少は自己肯定感の低さもマシになった。

昔より人の目を見ることができるし、若干ならまともに会話もできるし、自分の好きなものについてもう少しちゃんと語ることができる。

まあ、それでもやっぱり今の私にも、友達や恋人はいないし、毎日一人ぼっちで生きている。そのことについて大して悲しみも感じない。

相も変わらず孤独な自分自身について思い至るとき、ときどきYのことが脳裏に浮かぶ。

今の私があの踊り場に戻っていったなら、Yともっとまともに話せるだろう。だけど、だとしても、私はYとは仲良くなったりしなかったんじゃなかろうか。

あの日、私は、惨めな気持ちのまますれ違ったYを振り返った。

踊り場から上の階へ登っていくYの背中は相も変わらずまっすぐで、音もなくステップを踏む足は細くしなやかで、ポニーテールの首筋は神経質なまでに繊細で、そんなにも美しい彼女の傍には、やっぱり誰もいなかった。


孤独でもいいから、孤高でありたい。

相も変わらず一人ぼっちの私は、一人ぼっちだった美しい後ろ姿に、今でもそう思う。

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