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「幸福の王子」と「幸福な王子」

私は童話の中でも「幸福な王子」がとりわけ好きだ。

知っての通り「幸福な王子」はオスカー・ワイルドによる児童文学である。このお話は本当に、オタクの第7官に響きまくるキング・オブ・エモ童話だと思う。

まず「幸福な王子」をよく知らない方にあらすじをご説明すると、王子とはとある国の高台に立つ、金箔と宝石でできた像のことである。
この王子は像であるにもかかわらず自我を持っていて、高台から貧しい人々の生活を垣間見ては憂い続けている。ある日王子は冬を越しに南へと向かう最中のツバメと出会うや、「貧する人々を救うため私の全身の金箔や宝石を剥がして届けてほしい」とお願いするのだった。

ちょっと児童文学に精通しているオタクなら「あ~はいはいツバメと王子様の関係性にBLみを感じるっていう話でしょ?この腐女子め。」とやれやれ顔をなさるかもしれない。

というのもこのツバメ、最初は南行きを邪魔する王子の頼みを嫌々引き受けているのだが、次第に王子の心の美しさにほだされ、いよいよ南へ行くのをあきらめ冬の寒さに凍えながら最期まで王子のそばにいることを選ぶのである。

更に絵本などではなぜか端折られていることが多いのだが、ツバメは最期に王子の唇にキスをして命尽きるという、鬱厨腐女子も裸足で駆け出す美しいバッドエンド付き。確かにそこへときめかなかったといえば嘘になる。

が、私がとりわけときめきを覚えたのはそのタイトルである。
noteを書くに当たって「幸福な王子」と紹介しているが、もともと私はこの童話のタイトルを「幸福の王子」だと思っていた。
調べてみるとどちらのタイトルもよく用いられておりどちらが正解ということも無いようである。

が、おそらく「幸福の王子」派と「幸福な王子」派では、この物語のどこを物語の”トロ”の部分だと考えているかが違う。

おそらく「幸福の王子」派の人間にとって「幸福な王子」というタイトルは違和感を感じる。
──だって王子はあくまで「貧しい人々に幸福をもたらした王子」であって、「自分自身が幸せな王子」ではないじゃないか……というわけで。

「幸福な王子」が像でありながら自我を持っているのはかつて実在した王子の魂が像に宿っているからだ。
その王子はお城で一切の苦労なく楽しく暮らしており、不幸のかけらも知らないまま若くして亡くなったという。

なるほどこの時点で王子は間違いなく「幸福な王子」である。が、像に転生(?)した王子は腰に差す剣のルビーを、両目に嵌められたサファイアを、全身の金箔を、ひとつ残らず貧しい人々に与えてしまう。つまり「幸福な王子」であった彼は、持てる富すべてを飢えた人々に分け与え、人々に幸福をもたらす王子──すなわち「幸福の王子」になったのである。

加えて、こうした王子の献身も知らず、街の偉い役人はルビーもサファイアも金箔も失った像を「みすぼらしい」と罵り取り壊してしまうのだ。あまりにも救いのない最期。これに「幸福な王子」などと冠するのはあまりにも皮肉が過ぎるのではないか、云々……。

しかし一方の曰く、

──それでも、彼は「幸福な王子」だったのではないでしょうか?

確かに、誰も彼の自己犠牲によって救われた人々の存在を知らず、どころか救われた人々でさえそれが王子の像の行いだなどとはつゆ知らず生きていく。──ツバメを除いて。

この世に不幸のあることすら知らなかった前世では、きっと誰もが彼を愛したことだろう。像ができたばかりのころだって、街の人々は美しい王子の姿を褒めたたえた。が、それは王子が「王子」であったからである。

よく少女漫画の博愛系チャライケメンが「みんなのことが好きっていうのは誰のことも好きじゃないのと同じだわ!」などとヒロインに叱咤される場面を見る。
これは逆も言えたことで、みんなに愛されている人間というのは、誰にも愛されていないのと非常に似ている。みんなに愛される人間は自らを構成する数多の要素のうち、みんなに愛され得るほんの断片をお見せするのみ許された存在だから。
彼が金ぴかの王子である限り、貧しい人々を思い涙を流す彼の苦しみも、持てるすべてを与えんとする彼の心の美しさも、誰も理解しないのだ。

でも、彼は一羽のツバメと出会った。ツバメは王子の苦しみを知り、王子の願いを聞き届け不幸な人々を救い、そして王子の命とともに朽ちていった。
それはツバメが王子の心を知り、王子の心を愛したからである。

冬の寒さに凍えたツバメが最期の力を振り絞って飛び上がり交わした、王子の唇へのキス。この瞬間、王子は本当の意味で「幸福な王子」になったのではないだろうか。

ツバメがいよいよ傍らで命尽きた時、王子の鋼の心臓は音を立てて割れてしまう。
血の通わないはずの心臓が張り裂けるほどの悲しみ。それは王子もまたツバメのことを深く愛していたから。
世の中でただひとり、王子の悲しみを、王子の優しさを知り、王子を愛してくれたツバメを王子もまた愛したから。

王子は「幸福な王子」として生まれ、ツバメと出会って「幸福の王子」となり、そうして真に「幸福な王子」となり、またその幸福は一瞬のうちに潰えてしまったのだ。



みたいな妄想でしんどくなった私はピクシブの奥地へと旅立ち、ツバメ×王子(リバ可)のハピエンIF二次創作を探した。

普通に無かった。

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