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「文化の盗用=その文化が好き」に潜む問題性 ブラックルーツを持つ当事者の訴え

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「文化の盗用」という指摘に対して、「何が問題なの?」「真似してくれて嬉しい」と考える人もいるのではないだろうか。「文化の盗用」を社会問題として認知し、自分自身が「盗用」しないためには何ができるのかを「Japan for Black Lives」のメンバーに話を聞いた。

文化の盗用」という言葉を知っていますか。

英語では「cultural appropriation」と表記され、辞書では「自らのものではない文化から、ものを奪ったり使用したりする行為、特にその文化を理解または尊重していることを示さず行う行為(原文:the act of taking or using things from a culture that is not your own, especially without showing that you understand or respect this culture)」と定義されています。

筆者自身がこの用語を初めて知ったのが2019年の5月。アメリカの有名なインフルエンサーであるキム・カーダシアン氏が立ち上げた補正下着ブランドの名前を「Kimono」と発表した際に、大学の友人が、Twitterで #KimOhNo のハッシュタグと共に「これは文化の盗用だ(This is a cultural appropiation)」という投稿をしていたのを見たことがきっかけです。

当時、筆者は「補正下着に『Kimono』て変だな...」と思いつつ、「『文化の盗用』って怒らなくても良いのでは?日本文化が好きなんだからむしろ喜ぶべきことじゃないのかな?」と思っていました。しかし、用語を調べていくうちに、「文化の盗用」が指摘する問題の重要性に気づくことができました。

日本ではまだまだ馴染みが薄いと感じるこの用語をより多くの人に知ってもらいたく、「Japan for Black Lives」のメンバーである川原直実さんとテリー・ライトさんにインタビューを行いました。ブラックルーツを持つテリーさんとブラックカルチャーの歴史背景に詳しい川原さんに、文化の盗用についてお二人がどう考えるのかを聞きました。

川原直実さん(左):Japan for Black Lives主催者。 WEBディレクター / ソーシャルメディアマーケター。 テリー・ライトさん(右):アフリカンアメリカンの立場から「Japan for Black Lives」のコンテンツ監修を行う。ニューヨーク、ブルックリン生まれ。ダンサー、DJ、SpeakeasyTYO共同創設者。

消される「文化」

ーー「文化の盗用」の概念についてどう考えているか教えて下さい。

テリーさん:文化の盗用はとてもニュアンスを伝えるのが難しい概念で、僕自身も「Japan for Black Lives」での活動を通じて言語化を試みてきました。文化の盗用が何かを理解するためには、まずあなたの髪の毛が黒髪であると想像してみて下さい。そして、社会全体の認識では「黒髪は美しくなく、汚いもの」と考えられているとも想像して下さい。黒髪であることを理由にあなたは行ける場所が限られたり、仕事をもらえなかったり、投票する権利が取得できなかったり、などの差別や抑圧を受けます。

そんな時、あなたとは異なるグループに所属する人たちがあなたの黒髪をかっこいいと思い、髪の毛を黒髪に染め始めます。最終的には彼・彼女らの黒髪は世間から「かっこいい、お洒落」だと思われるのです。彼・彼女たちの黒髪はかっこいいから、新しい場所に呼ばれたり、新しい機会をもらえたり、社会でより優遇される立場になる理由になります。でも、あなた自身の黒髪は未だに汚いものとして扱われ、差別される。

このように、抑圧・差別を受けているグループのルーツである黒髪を別のグループが真似することで、真似したグループが利益を得る中、真似されたグループは黒髪を理由に社会的不利や差別を受けている状況こそが文化の盗用だと私は思っています。アメリカ人歌手のジャスティン・ビーバーが黒人の文化や歴史と強く結びつくドレッドヘアーをした実例として挙げられます。

川原直実さん(左)、テリー・ライトさん(右)

ーーブラックルーツを持つ当事者として、文化の盗用は何が問題だと考えていますか?

テリーさん:日本における「ヒップホップ」の扱われ方を例に挙げて、文化の盗用の何が問題かを考えたいと思います。日本ではブラックカルチャーであるヒップホップが人気ですし、僕は今まで多くの日本の有名人にヒップホップを教えてきました。日本で開催されているダンスのプロリーグには、僕らみたいに肌を黒くしたり、僕らのダンスを真似した日本人のダンサーたちが出場しています。

しかし、僕たちが試合番組に呼ばれたことはありません。日本にも沢山の伝説的な黒人ダンサーがいるのにも関わらずです。このように、文化の盗用は一つの「もの」だけを奪っているのではなく、肌の色を理由に僕たちの機会を奪っているのです。僕たちの機会を奪えば、僕たちの次の世代の機会も狭まりますし、負の連鎖につながります。僕たちが「文化の盗用」を問題視するのは、僕たちの文化でスポットライトを浴びている人が羨ましいからではなく、僕たちの文化が消されていること同然だと感じているからです。

文化の盗用=その文化が好き?

テリー・ライトさん

ーー外国人歌手やモデルに日本文化を真似されることを「日本が好きなんだ!嬉しい!」と捉える人もいると思います。これについてはどう思いますか?

テリーさん:日本ではよくあるケースだと思っていて、その理由として二つの可能性が考えられると僕は思います。一つ目は、日本に根付くヨーロッパ中心主義です。日本にも素晴らしい伝統的な音楽があるのに、日本人はヨーロッパからきた文化という理由でクラシックやバレエを崇拝していますよね。

二つ目は日本文化はブラックカルチャーと違い、これまで「醜い」と扱われてきていないという点が挙げられます。典型的な例ですが、僕たちのドレッドヘアーは長い間「汚いもの」として扱われてきましたし、僕自身も知らない人からドレッドヘアーを「汚い」と言われた経験があります。また、そのためにブラックヘアだと採用面接で不利になったり、スポーツの試合に出場できなかったり、学校の行事に出席させてもらえないなど、様々な不遇に遭ってきています。僕らが「汚い」と批判されてきた髪型で、僕らと異なる人種のモデルやポップスターはお金を稼いでいるのです。

この二つの認識を多くの日本人の方が持っていないので、「文化の盗用」に対して僕らとは異なった見方をしているのだと思います。日本人の方々が見えている現実からではなく、僕らの現実から社会を見て欲しいです。

川原直実さん

川原さん:日本文化とブラックカルチャーは文化の成り立ちも異なります。例えばブラックカルチャーのヘアスタイルは、彼・彼女らの髪質に合った髪型だったというのもありますが、奴隷時代における秩序やコミュニティーの繋がりを表す方法など、様々な意味を持っています。アフリカから奴隷船に運ばれて、家族、土地、お金、名前、元々の文化も奪われた苦しい中で生まれた文化がブラックカルチャーです。ブラックカルチャーこそが彼・彼女らが残してきたものだと思うのですが、日本はそうではありません。日本人、特に若い世代の人は花道や歌舞伎などの日本文化に対して持つ愛着はそれほど深くはなく、誰かに真似されても「すごい、私たちの文化をやってくれてる」と平和に見流すことができるのかなと思います。

あと、「私はヒップホップが好きで、ブラックカルチャーが好きで、リスペクトしているからこそドレッドヘアーにしているんです」と言う意見をよく聞きます。もしリスペクトしているならば、まずはヒップホップの文化や歴史を学ぶべきだと思います。学んでいく過程で、先程テリーが話したような背景を知ることになると思います。それらの背景を無視してまでも、その文化を真似したい!という自分の気持ちを一番に押し通すことが果たして正しいことなのかな?これは盗用になっているんじゃないかな?という考えに行き着くのではないかなと思います。

私自身も文化の盗用の問題についてよく知らなかった時は同じようなことを言っていたので、文化の盗用をリスペクトだと言う人には「好きだったら、一歩進んでもう少し勉強して、そしたらわかるかもしれない」という気持ちになります。

大事なのは「視点」を変えること

川原直実さん(左)、テリー・ライトさん(右)

ーー「文化の盗用」という問題を自分ごととして落とし込むためには、どうすれば良いのでしょうか?

テリーさん:視点を変えて、あなたが真似をしているその人がどういう気持ちになるかを考えて欲しいです。マジョリティ、マイノリティと言う問題は重要ですが、それ以前に僕たちは皆同じ人間です。「この人を傷つけたくないから、この人の育ってきた環境を知らなきゃ」とか「この人を理解したい」という気持ちは人種や国籍関係なく、全ての人間関係において存在します。僕自身も男性というマジョリティ性を持っているので、マイノリティである女性がどのような人生を歩んでいるのかを理解しなくてはいけないなと思っています。

川原直実さん

川原さん:日本人に文化の盗用を理解してもらうための最適なアプローチ方法は、わたしもずっと考えていることで大きな課題の一つです。

「文化の盗用」を日本人に説明する時に、アメリカの有名セレブ、キム・カーダシアン氏が自分のブランドを「Kimono」っていう名前にしようとした時のことを引き合いに出しています。一般名詞でもある「着物」を商標登録しようとするの?と多くの日本人が怒って声をあげて、最終的には京都市長が抗議文を出して、カーダシアン氏がブランド名を変えるという出来事がありました。「これと同じようなことが、ブラックの方々に対してはずっと続いているんですよ」と理解してもらえるように説明しています。

テリーさん:僕の願いは、これからの将来を築いていく若い世代が、学んで、世界を変えて、より若い世代に伝えていくことで、より良い方向に変わっていくことです。今日すぐには世界は変えられないかもしれない。でも、願わくば、次の世代を正しい方向に導くために多少の影響を与えられたら嬉しいです。

テリー・ライトさん

執筆者:原野百々恵/Momoe Harano
翻訳者:清水和華子/Wakako Shimizu
編集者:田中真央/Mao Tanaka、清水和華子/Wakako Shimizu

インタビューを受けたくれた方:Japan for Black Livesは、2020年5月にアメリカ・ミネアポリスでアフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイド氏が警察官のデレク・ショービンの不適切な拘束方法により殺害された事件の後、結成されたコミュニティ。SNS(InstagramTwitterFacebook)への投稿、ホームページでの記事執筆、オンラインパネルデスカッションの開催などを通して黒人差別の問題について「日本でもブラックルーツを持つ人は沢山いて、アメリカで起きていることは対岸の火事の話ではない」ことを発信している。


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