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山と牛と人間と 〜なかほら牧場さんが生み出す最高級の牛乳〜



広大な山林。そこで24時間365日を過ごす牛たち。本来の酪農の在り方とも言うべき山地酪農とは。日本の酪農の現状とともに、その魅力をなかほら牧場牧場長 中洞正さんにお聞きしました。

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幼少期から酪農に親しまれてきた中洞さん。様々な牧場で経験を積むなか、酪農に対する概念が劇的に変わったきっかけが、大学在学中の山地酪農との出会いだったと言います。



ー山地酪農をはじめて知られた当時のお気持ちは。


まさに目からうろこという感じで。「山でも牛を飼えるんだ!」と。実は私が学んでいたのは、海外で農業関係に関わろうとする学生を教育する学科で、ブラジルだとかアフリカに行く学生も多かったんです。もちろん国内で、自ら牧場を始めるという学生も多かったので、「将来はブラジルか北海道かな」なんて考えていました。

当時、日本の山で牛を飼えるなんていう発想はなかったですね。それまでは、経済は大都市がまわすもんだという概念があったんですけど、それは違うんです。地方の山でも、ちゃんと経済を確立することができる。"日本の山は、まさに放置されてる状態。だからこそ、日本の山に産業を作らなきゃならない。" こういう考え方がベースにある山地酪農は、まさに目からうろこでした。




ー世界ではこの山地酪農がまれで、難しいということもお聞きしたのですが。


いえ、稀ではないんです。本来の牧畜っていうのはこういうものなんです。今のように、三密状態で牛舎の中で、飼育をするというのが大きな過ちだったんです。なんでこういう風になってしまったかと言ったら、経済効率主義。経済といっても、安直にお金を儲けようという方針。それで畜産農家が儲かったかと言ったら、儲かってない。

結局は、大規模で大量生産すればいいと言うことではなく、農業という産業は命が大切。それを無理やり工業の理論に押し込んでしまったのが大きな間違いだったんです。だから、今コロナウイルスで人間の三密が問題になってる時に、家畜の三密を修正することすらできなくなったんですよ。どうやって生きていくのと言ったときに、やっぱり全ての動植物を含めた、生きとしていけるものと共生できるような、経済の仕組みを真剣に考えていかなきゃいけない。


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ー山地酪農の魅力を漢字一文字で表すと。


色々考えたんですけど、一番あってるのは生きるの"生"かなと。

生き物との関わり合いもそうだし、あとは、酪農業界っていうのは、生産者と消費者のつながりっていうのがあまりないんです。酪農家はただ単に、農協に牛乳を出荷するだけ。消費者はこの牛乳がどこから届いてるかすらわからない。そこで生は生産の"生"。生活者の"生"。消費者が現場のことをしって、生産者が消費者の意向をしって。消費者が、差別状態の酪農形態でうまれた牛乳を選ぶか、我々のような自然の中でうまれた牛乳を選ぶかは、我々の事業を見てもらえばわかると思います。ところが、そういう仕組みが作られてこなかった。

だから消費者にも選択肢がないし、生産者にも、消費者の意向をくんだ形態にしていこうという意識すらなかったんです。牛を単なる牛乳を生産する道具としてしか考えなかったということは、消費者である一般国民の感覚からみたって、異常だなと感じるでしょう。


中洞さんは日々、「ここの牛たちは今日も幸せだろうか。」とご自身に問いかけながら、牛と関わられているそう。



ー牛との関わり合いで大切にされていることはありますか。


人間と人間の関わり合いにでもそうだけど、いじめられてる方がつらい。いじめてる方は、何らかのストレスをもっていじめてるんです。お互いが幸せな状態であれば、そういうことは起こらないんですよ。牛がまともに言うこと聞いてくれない時は、頭にきたりもします。当初、初めて牛を飼った頃は、本当にそういうような状況で、ストレスから辛くあたることもありました。

でも、その時の牛達の表情を見たら…牛だって”涙”を流すんです。何でこんなにいじめられなきゃいけないんだという顔で。そういうことを見てると一番本当に幸せなのは、お互いに共存共栄して、牛たちが私たちに和みを与えてくれて、私達が癒される。それが最高の幸せなんだと思うようになりました。

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色彩豊かな四季を肌で感じられるのも山地酪農の魅力の一つ。なかほら牧場さんの牛たちは、一年を通して、広い山で生活します。



ー今年は特に暑いですよね。


はい。過去にないくらい最高の気温で。

景色的には最高なんだけど、この暑さは牛にとっては最悪。ただ、朝晩は風も結構すずしくて、空気が違うので、都会の暑さとはまた全然違います。反対に、冬は-20度。それでも牛たちは、ずっと外にいます。人間だって自然界の生き物なんだから、暑い寒いを体で感じるということは、適応能力を活性化させるためには、本来重要なことだと思うんです。

自然界の動物は、暑い時は暑いなりに行動するし、寒い時は寒いなりの生き方をする。そういう意味で人間は、完全に自然からかけ離れてしまってますよね。

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自然が生み出すなかほら牧場さんの牛乳は、四季の味が楽しめます。



ー夏の牛乳の特徴はどういうところにありますか。

まず、色が違います。乳白色と言うんだけども、牛乳はそもそも白い飲み物じゃないんだ。本当の牛乳の色っていうのは、乳白色。これは、黄色みを帯びた色なんです。本来、草食動物の牛は草を食べて、草の色素カロテンが牛乳に移行することで、乳白色に。ところが、日本で飼われているほとんどの牛達は、草ではなく、干草やサイレージを食べている。だから、日本の牛乳は白色なんです。

うちの牛乳は、夏は乳白色に。逆に冬場は山に草がなくなるから、牛達は干草とサイレージを食べるので、牛乳は白っぽくなる。それから冬は、寒くて水をそんなに飲まないから乳量が少なくなってきて、そうなると濃い牛乳になってくるし、夏の間は山に入って水分を多くとるからさらっとした牛乳になる。これは自然の摂理のままになれば、自ずとそういう風になるんですよ。


ー私も初め、なかほら牧場さんの牛乳を見た時、「本当に牛乳かな?」と一瞬思ってしまいました。


今の酪農業界は、消費者の方が本物の牛乳に接する機会を少なくしてしまっている。そういう意味ではやっぱり、消費者の方が生産者を変えていくしかないんです。



なかほら牧場さんでは、スタッフの方が25名に対し、牛が約200頭。敷地面積はなんと130ヘクタール。



ーこれは牛の本来の生活形態を大切にする"牛まかせ"だから可能なんですよね?


いやいや誰でもできますよ。

だって日本の森林面積は、2500万ヘクタールあるんです。これが国土面積の約7割当たるんですけど、この山は全く活用されていなくて放置されてる。ここに牛を放したならば2500万頭以上の牛を飼うことができるわけです。全部が全部そういう風にはできないかもしれないけど、そういうやり方や考え方をベースにすれば誰だってできることだと思います。


またそうすることで、風景がとても良くなるんです。この風景を観光資源にしてるのは、ヨーロッパアルプスのスイスやイタリア、ドイツの山々だったりするんですけど。内陸性の気候で冷涼で雨量の少ないヨーロッパアルプスですら、あんなに美しい景観になるので。

日本はそれよりもはるかに気象条件は優れていて、草原を作るには最高に適してるんです。でも日本では、誰も山に見向きもしていない。限界集落になってしまってるところも多い。グローバル化経済のために、地方の産業いわゆる第一次産業を潰してしまってきたんです。地方に産業を作っていかなきゃ、いずれ都会は崩壊してしまいますよ。

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生産・加工・販売を一貫して行い、牧場への見学や研修を実施したりと、消費者との繋がりも大切にされているなかほら牧場さん。魅了されるファンの存在は、全国各地に。




ー見学や研修をどのような想いで始められましたか。


見学は、消費者に1番現場を知ってもらう機会。"牛がどういうふうに飼われているのか、そこで働くスタッフがどういう思いで働いているのか"そこに接してもらう。人間と牛とのふれあいを、肌と肌で感じてもらうことが重要だと思ってます。

研修生も、今はコロナの状況で来ていないんですけど、年間200名300名の研修生が来てくれていて。そういう若者たちが、これからの日本の酪農や山や農業のことを真剣に考えて、育っていかないと日本の未来はないなと感じていて…。何か重要かって言ったら、やっぱり"生"、生きることなんです。人間のいのち同様に、自然の摂理が重要なんです。利便性だけを追求し、地球環境破壊して人間が住めなくなるのは、そんな馬鹿げた話ないでしょう。


ーやっぱり目で見ることが大事ですね。見学に来る方は、どういう方が多いですか。


私が書いた本を読んだり、牛乳を飲んだりされたお客様が、わざわざいらっしゃることが多いですね。最近は、小学校高学年の子が、"子連れ"ではなく"親連れ"でこられて。子供たちが、お母さんお父さん連れてきましたって。そういう子どもたちに、ちゃんとした考えを持った大人になってもらうためには、いい機会だなと思っています。

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山と牛と人間をつないで36年。これからも牛たちと共に、未来へ走り続けます。



ー近い将来への目標と、10年後20年後の目標をお聞かせ下さい。


近い将来は、ここで育った若者たちが、実際に山地酪農を実践してくれることですね。そして、その方たちががんばってくれることで、遠い未来には、この山地酪農が日本の酪農のスタンダードになっているというのが理想です。山地酪農だけではなく、農業全体、第一次産業がちゃんとした経済として成り立つような仕組みをつくっていく。そのために、これからも消費者とのつながりを大切にし、若い人たちが第一次産業の重要性を認識するような国になってほしいです。

なかほら牧場さんの牛たちは、今日も元気に山をかけまわっていることでしょう。自然との出会いや新たな人々とのであいを夢見て。

なかほら牧場
https://nakahora-bokujou.jp/

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