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星に願いを

 高校二年の冬、僕たち三人は、ふたご座流星群を見に、とある屋上に上った。

 寒い寒い夜だった。
 小白こはく千尋、平山賢治と、エレベーターで上がる。
「楽しみだね!」
 とびきりの笑顔が輝く彼女を連れて、賢治と僕は、屋上へと続く扉を開けた。

 頭上に星空が広がる。
「結構見えるもんだな。」
「そうだな。」
「綺麗ね。晴れてよかった。」
 街明かりの滲む星空に、彼女は目を輝かせる。

「寒くない?」
「大丈夫。ありがとう、たいちゃん。」
 賢治と二人、千尋を真ん中にして温めながら、彼女を見やる。
「寒くなったら言えよ。」
「賢ちゃんもありがとう。二人のおかげであったかいよ。あっ!今流れた!」
 慌てて彼女の指差す方に顔を向けると、瞬く間に消えていった。するとすぐに、別の星が流れる。街の空も捨てたもんじゃない。
 気づけば声は止み、みなの目は空に釘付けになっていた。星降る夜に願いを捧ぐ。

 気づけばあたりは白み始めていた。
「千尋は何を願ったんだ?」
「秘密。」
「気になるなぁ。」
「そういう大河は?」
「決まってるだろ。千尋のことだよ。恥ずかしいから、言わせんな。」
「ありがとう。でも、自分の願いを願ってほしかったなぁ。」
「大河にとっては、千尋の幸せが幸せなんだよ。」
「そういうこと。賢治は?」
「内緒。」
「えー。気になるじゃん。」
「いいだろ。それより、早く戻ろう。」
「そうだな。千尋、大丈夫か?」
「うん。ふたりとも、心配性だなぁ。」
「心配だよ。大切なんだ。」
「そうだぞ。過信するな。」
「わかった。そろそろ眠いしね。」
 千尋を送り届け、賢治と二人、帰っていった。

 四年後の冬、賢治と再会した。ちょうどあの日から丸四年だった。
「元気そうだな。」
「ああ。そっちも。」
 賢治は東京の大学に進み、僕は地元の大学へ通っていた。しばらく、思い出話に花が咲き、四年前の話になった。
「俺、ずっと、大河に伝えたいことがあったんだ。」
「なんだよ、改まって。」
 彼は、神妙な面差しで語り出す。
「あの後さ、千尋のお見舞いに行ったとき、千尋から伝言を預かったんだ。」

「賢ちゃん、大ちゃんにも伝えて。二人は私の道を照らす灯り。いつも私の行く暗い道を照らしてくれた。私が会えないときも、玄関の灯りのように待っていて、温かく出迎えてくれた。今度は私が、数多の星の中でも、一際輝く一等星になるわ。だから、これからも笑ってて。気兼ねなく、自分の道を楽しく歩んでね。多分、もう長くないから、どうしても伝えておきたくて。お願いよ。」
「わかった。大河に伝える。」
「もちろん、それもお願いしたいけど、賢ちゃんも、だからね。」
「ああ。」

 沈黙が続いた。しばらく口をつぐんでいると、賢治が再び口を開いた。
「伝えるの、遅くなってごめん。」
 僕は、左右に首を振る。
「いや。あのとき僕、幼稚だったよな。賢治にめちゃくちゃ甘えてた。僕こそごめん。ずっと、賢治ひとりに抱えさせてた。」
「そんなことない。俺はずっと、会えなくても、大河ががんばってると思って、がんばってた。」
「僕もだよ。電話やメールで賢治の近況聞いたら、僕もがんばんなきゃって、がんばれた。」
「そっか。」
そうだったんだ。
「僕たちお互い、離れてても、支えになれてたんだな。」
「そうだな。」

「おお、青井!友だちか?」
「店長。おつかれさまです。はい、幼馴染で。こちら、バイト先の店長。」
「賢治がお世話になってます。」
「こちらこそ。よく働いてくれて助かってるよ。邪魔して悪かったな。」
「いえ。また明後日、よろしくお願いいたします。」
「ああ。仲良くな。」
「はい。」

 気づけば、空に星がひしめき合っていた。
「賢治はさ、あの日、何を願ったんだ。」
 少し迷った素振りを見せながらも、今回は教えてくれた。
「三人が幸せでいられますように。」
 ああ。賢治らしいな。彼はいつも、みんなのことを考えてくれていた。僕のことも、大事にしてくれているのが、よく伝わっていた。
「すごいな。大人びてるっていうか。」
「別に、そんなこと。大河は。」
 僕は、おずおずと口にする。
「千尋の病気が治りますように。」
「そうだよな。」
「千尋は何を願ったんだろう。」
「実は、伝言を預かった日、聞いたんだ。」
 賢治は言う。

「一等星にしてくださいって。そしたらいつも、ふたりを照らせるから。」

「そっか。」
 ああ。千尋らしい。星が好きで、夢見がちな、彼女らしい願いだった。あの日、流星群を見に連れて行ってとせがんだ彼女がありありと思い出される。
「なあ、あれ、一等星かな。」
「ほんとだ。明るいな。」
「そうだよな。千尋かもな。」
 僕は、賢治に尋ねる。
「なあ、賢治。賢治はさ、卒業後、どうするんだ。」
「内緒。ちゃんと決まったら、報告する。」
「そっか。わかった。」
「大河は決めてるの?」
「一応な。僕も、決まったら言うよ。」
「ああ。俺たち、誰より夢を語っていた千尋に、夢を追う姿を見せような。」
「そうだな。千尋、安心させないとな。」
「大河!あれ!」
 賢治が空を指差す。あの日と同じように、星が流れ去った。
「今、何を願う。」
「決まってるだろ。」
「そうだな。」
(((ふたりの夢が叶いますように。)))

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