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光る種の効能

目次

 手渡されたのは光る種。

 僕が歯磨きから戻ると、お母さんが、泣いていた。僕のために、泣いていた。僕は大丈夫だよ、お母さん。泣かないで。そう言うと、お母さんは、ぎゅうっと僕を抱き締めた。僕がお風呂から上がると、お母さんは、お父さんの写真の前でこうつぶやいていた。

「あなた、私のせいで、葵が傷ついてしまって、ごめんなさい。あなた、あなたに似て優しいあの子を、どうすれば私は守れるのかしら……」
 僕は、なんとなくドアを開けられなくて、おやすみなさいと声をかけて、2階の自分の部屋へと続く階段を上った。

 はあ。ため息が口からこぼれた。僕は大丈夫。お母さんを、安心させたい。窓の鍵を確認して、カーテンを閉めようとする。今日も月はきれいだなあ。しばらく月を見つめてカーテンを閉める。電気を消して、布団に入る。

コンコン

 窓ガラスをたたく音がする。僕の部屋にベランダは続いていない。窓しかない。風の音かな。

コンコン

 気になって、カーテンを開ける。特に何も…… あれ? 窓の外に、小さい人? がいる。窓を開けてみる。

「こんばんは」
「こ、こんばんは」
「びっくりさせてごめんね。大丈夫、私は君を困らせたりしないよ」
「ううん、大丈夫だよ」
「大丈夫、か」
「うん」
「君は、強いんだね」
「僕は、弱いよ」
「そうなの?」
「うん。今日ね、『葵くんとこはパパがいなくてママだけなんだね、だから葵くんはマザコンなんだよ!』って言われたの。『別にそんなんじゃないよ』って言ったんだけど、『遊びも断っておつかい行って、ごはんも作ってるんでしょ? 洗濯物取り込んでたたんで、お風呂の準備もして。うちは、ママが全部やってるよ。きらりちゃんはいっぱい遊んでおいで! って、ママが。葵くんはかわいそうだね』って言われて、うまく言い返せなかったんだ。お母さんは遅くまでお仕事がんばってるし、僕、別に嫌じゃないよ。僕はお母さんに言ってないけど、きらりちゃんが先生に言っちゃって、お母さんに先生が電話かけちゃったんだ。お母さん、悲しませちゃった…… 僕のせいなんだ」
 しばらく2人とも黙り込む。
「私、スミレって言うの。君に、これをあげる。大丈夫じゃないときは、大丈夫じゃないって言っていいのよ。おかしいときは、言い返していいの。でも、難しいよね。優しい君はなおさら。君はそのままでいていいよ。でもね、もし、勇気がほしくなったら、これを握りしめてみて。きっと力をくれるから」
「いいの? きれい」
「きれいでしょう」
「うん、きれいだね。君は、ティンカーベルなのかと思ったよ」
「ごめんね、ネバーランドには連れて行ってあげられないわ」
「ううん、いいよ。光る妖精さんが来たから、ティンカーベルなのかなって思ったんだ。僕は、お母さんを置いてネバーランドには行けないよ」
「ふふ。光っていたのは、その種よ。私は、ティンカーベルでも魔法使いでもない、ただの花の精。君が校庭でじーっと見つめる、濃い紫の花よ。君はやっぱり、強いわ。大丈夫。君ならお母さんを守れるよ。でもね、忘れないで。君のことも、守ってあげて」
「僕のこと?」
「そう。君の幸せを、お母さんは一番喜ぶわ」
「そうなの?」
「うん」
「そっか。わかった。僕、明日もう一度きらりちゃんと話してみる」
「うん。応援してるね」
「これ、ありがとう」
「どういたしまして。いつも水やりありがとう」
 そう言うと、スミレちゃんは消えちゃった。手のひらに、光る種を残して。光る種を握りしめて、僕は眠った。

「お母さん、おはよう」
「おはよう、葵。あら…… どうしたの?」
 僕は、ぎゅうっとお母さんを抱き締めた。
「僕は大丈夫。だから、お母さん、笑って」
「やだ、もう……」
「どうしたの? 痛かった? 強すぎたかな」
「ううん…… 違うの。ありがとう。葵は、優しいだけじゃなくて、たくましくなったね。お父さんみたいに」
「お父さんも、たくましかった?」
「うん。たくましかったよ」
「僕も、お父さんみたいになりたいな」
「なれるわ。でもね、葵」
「うん」
「そんなに急がないでいいのよ」
「?」
「焦らないで。大丈夫じゃないときは、大丈夫じゃないって言っていいの。寂しいとき、つらいときは、そう言ってほしいの。ごめんね、お母さんが、葵の口癖を『大丈夫』にしちゃったね」
「お母さん、謝らないでよ。笑ってほしいよ」
「うん、そうね」
「お母さん、僕、お母さんも守りたいし、僕のこともちゃんと守るよ。強くなるから、待ってて」
「うん、ゆっくり待つよ。あんまり一気に大人にならないで。お母さん寂しいわ」
「寂しいの?」
「うれしいよ。うれしくて、少し、寂しいの」
「そうなの?」
「そうよ。さあ、ごはん、並べるね」
「僕もやる!」
 僕は、かわいそうなんかじゃない。こんなにも、お母さんに愛されてるんだから。お母さんの朝ごはんは、とってもおいしいんだ。お母さんのハグは、ちょっと強いけど、あったかいんだ。お母さんは、いつも僕の目を見て優しく話してくれるんだ。今日、きらりちゃんに、言うよ。
 昨日スミレちゃんにもらった種を、ズボンのポケットの中で握りしめる。じんわりと、心に力がみなぎる気がした。きっと、大丈夫。

🌱

今回も参加させていただきます!
前回の小牧さんの作品にコメントさせていただいております。
今回もどちらかへコメントにお伺いしますね。
小牧幸助さん、よろしくお願いいたします。
※お忙しいと思いますので、私の作品へのコメントは不要です。

せっかくなので、上の「シロクマ文芸部」企画作品の続きを書いてみました。
続きを読みたいというとてもありがたいお言葉をいただいたからです。
私も、心に光る種を持ち続けられたらいいなあと思います。

#シロクマ文芸部

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