聖夜のおくりもの

 クリスマスは、少し憂鬱な日だ。
 イブが誕生日で、そのまま冬休みに突入するから、家族以外誰も覚えていない。忘れられるものだと思っている。

***

「来栖さん、おつかれさまです。」
「おかえり。今日も営業おつかれさま。」
「来栖さんまだ残るんですか。」
「うん。明日までの仕事が終わらなくてね。ほら、日報書いて早く帰り。せっかくのイブなんだから。」
 言ってて少し哀しくなる。私も、早く帰って、さっき取りに行った少し大きめのケーキを食べたい。
「イブって言ったって、なんにもないですよ。」
「ケーキかチキンでも食べたら?おいしいよ。遅くに行くとね、スーパーやコンビニだと割引シール貼ってるし。」
「なるほど、いいですね!そっかぁ、いっつも気にしたことなかったなぁ。夜ごはんは済ませたので、ケーキを買おうかな。」
「そっかぁ。私は意識しなかったことがないから、ちょっと羨ましいな。」
何言ってるんだろう、後輩に。
「ごめんごめん、つい引き留めて。ほら、さっさと日報。」
「こちらこそすみません、お忙しいのに。日報書くの、時間かかるんですよね…」
「知ってる。去年まで私も営業だったもん。遅くまで営業してきてさ、明日の準備して、日報書くの疲れ切っちゃうよね。日帰りだと手当てもつかないし。」
「でも、日帰りだと、こうして誰か残ってたらその日のこと話せるんで、悪くないです。」
「まあね。日報書いたら聞いてあげる。」
「じゃあ、さっさと書いちゃいますね。」
「うん、その調子。」

 私は自分の職務を果たすべく、仕事に戻る。取引先から、資料の提出締切を当初のスケジュールより十日も早めるよう指示が入ったのは、昨日。締切は明日。クリスマスか私に恨みでもあるのだろうか。良好な関係を築けていると思っていたのだが。得意先なので、なんとか要望に応えなければならない案件。
 他の社員は、朝から浮き足立って、定時を過ぎると続々とタイムカードを切っていった。
「真澄、まだ残るの?」
「仕事終わらなくって。」
「大変ね。無理のない程度にがんばってね。暗くなるの早いから気をつけて。じゃあ、おつかれ!」
「ありがとう。おつかれさま。」
 雑談していたかと思えば、一人、また一人と帰っていき、気づけば一人になっていた。皆、家族や恋人がいる。私には縁はない。けれど、それでいい。仕事終わりにおいしいものを食べ、好きな音楽をかけながら好きなことをする日々は、そこそこ充実している。これが終わったら、馴染みの店のおいしいケーキを食べるんだから。

***

「終わったー。」
 あれからもう三時間。取引先へメールを送信し、印刷した資料を明日持参する準備もできた。今日も後二時間弱。そういえば彼はもう、帰ったのだろうか。
「鈴村くん、もう帰った?」
 声を張って隣室に呼び掛ける。返事はないが、明かりが灯ったままだ。彼の席に行くと、パソコンは消えているし、いつものカバンや上着もない。急いで帰って消し忘れたのか。営業目標をこの前初めて達成し、成長したと思っていたけど、おっちょこちょいは相変わらずだな。
 そう思い、両部屋の電気を消す。すると、食堂から明かりが漏れている。本当におっちょこちょいなんだから、まったく。やれやれと食堂に向かう。
 ガチャリ。

「ハッピバースデートゥーユ~…ハッピバースデートゥーユ~…ハッピバースデーディア来栖さ~ん……ハッピバースデートゥーユ~…おめでとうございます!」
「え。なんで。言ってないよね。」
「すみません…さっき…冷蔵庫開けたら…見つけてしまって。クリスマス用のケーキかと…思ったら、『お誕生日おめでとう ますみ』って書いてあるから…」
「あ、ありがとう。それより、なんでそんなに息切れてるの?」
「それは、ちょっと買い物に。」
「そう。ありがとう、歌。それに、わざわざ戻ってきてくれて。買い物間に合った?」
「はい。」
「ならよかった。せっかくだし、ケーキ食べる?」
「いいんですか?」
「うん。奮発して一人には大きいの買ったし。どうぞ。」
「じゃあ、僕切り分けます。」
「任せた。」
 この時期、クリスマスケーキで忙しいケーキ屋さんでは、通常、誕生日仕様への対応は断られる。でも、行きつけのこのお店は、店長さんや店員さんとも親しく、ありがたく特別待遇でオーダーを受けてくれる。一ヶ月前から予約していた、クリスマスケーキのラインナップにない、苺のタルト。甘ったるいのが苦手な私でも食べられる、甘さ控えめのおいしいケーキだ。彼の口に合うだろうか。
「できました。」
「着火マンとか持ってたの?」
「家近いんで、買い物ついでに寄ってきました。前ここを案内してもらったときに、ここで鍋パーティーをしたこともあって火を使っていいって聞いてたんで。電気消すから、吹き消してくださいね。」
「もうそんな年でもないのに。」
「いいじゃないですか、いくつになっても。ほら。」

 ふーっ。

 一息で消せなくて、慌てて全部を吹き消す。
「じゃあ、切り分けますね。帰る支度は済んでますか。」
「うん。」
 慎重に切り分けられていく。タルトは難しいもんな。でも、ちゃんと形は崩れていない。棚から出した食器に、丁寧に取り分けてくれる。
「紅茶とコーヒーどちらですか。」
「紅茶でもいいかな?」
「そうおっしゃると思いました。」
 そんなことを言いながら、わざわざ沸かしてくれていた湯を急須に注ぎ、紅茶パックを入れ、少し待ってカップに注いでくれた。
「ありがとう。じゃあ、食べよっか。」
「はい。」
「あ、鈴村くん、ごはんは。」
「営業帰りに食べてきました。来栖さんは。」
「私も、一人になったタイミングで食べた。」
「それならよかったです。」
「ごめん、じゃあ、食べよ。ここの、おいしいよ。いただきます。」
「ありがとうございます。いただきます。」
 苺とタルト生地を掬う。カスタードクリームでなく、アーモンドクリームが使われているから、私にも食べやすい。ああ。
「「おいしい!」」
「よかった。もっと甘いのが好きなんじゃないかと思ってたから。」
「僕、実は甘いの得意じゃないんですけど、これは本当においしいです。」
「でしょ。私が誇らしげにするのも変だけど。ここのケーキは何食べてもおいしいの。でも、このタルトが一番好き。」
 今日の営業の話を聞いたり、残業してた経緯を話したりしながら、ふたりとも、ぺろっと食べてしまった。

「ありがとう。私、誕生日当日に誰かに祝ってもらうなんて、社会人になって初めて。早めにとかはあるけど、当日は家族にしか祝ってもらったことないもん。」
「こちらこそ、おいしいケーキをありがとうございます。」
「気に入ってもらえてよかった。店長さんも喜ぶよ。いいものもらっちゃったなぁ。残業がんばってよかった。」
「僕は何も」
「この時間。本当に幸せだった。おいしいもの食べて、誰かと語らうなんて、久しぶりだったから。」
「そうですね。僕も、営業中も帰ってきても一人のことが多いから、こんなにゆったりとおいしいものを食べるなんて、久々でした。僕のほうこそ、お誘いありがとうございました。」
「ふふ。じゃあ、片づけて帰ろっか。明日も営業?」
「明日は内勤です。」
「そっか。洗うから下げといて。帰る支度済んでる?」
「洗います。済んでます。あの、先帰っててもいいんで、その前に、これ。」
 そう言うと、彼はカバンから小さな包みを取り出した。
「これ…」
「大したものじゃないんですけど、プレゼントです。」
「開けてもいい?」
「どうぞ。」
 かわいいリボンのラッピングを解いていく。中には、カードと髪留めが入っていた。
「どういうのがいいかわからなくって。慌てて買ったから、気に入らなかったら」
「素敵。うれしい。こんなかわいいの、自分じゃ買わないから。ありがとう。」
「似合うと思います、来栖さんに。」
 カードを開くと
♪~
「え、これ音が鳴るの!」
「面白いですよね。」
「こんなの知らなかった。ありがとう。」
「改めて、来栖さん、お誕生日、おめでとうございます!」
 不意をつかれ、熱いものが込み上げるのを必死に堪えた。
「へへ。なんか、恥ずかしいな。」
「はー。よかった。気に入っていただけて。」
「うれしいし、本当に素敵だよ。大事に使うね。」
「ありがとうございます。」
「こちらこそ。」
「じゃあ、本当、帰ってゆっくりしてください。遅くまで疲れたでしょ。」
「待つよ。そんな変わんないし。私、箱処分して食器拭くね。」
「すみません。」
「二人でやって早く帰ろ。」
「わかりました。」
「優しいね。一人寂しい先輩に付き合って、せっかくのイブを潰しちゃうなんて。このご時世、外で出会いを求めるのは難しいかもしれないけど、日報書いてすぐなら、友だちとオンライン飲みとかできたんじゃない?」
「みんな彼女や家族がいますし。それに、誰にでも優しいわけじゃないですよ。」
「ん?慕ってくれてるってこと?うれしいな~。」
「来栖さん、鈍いですね。」
「え?」
「これ拭いていただけますか。」
「あ、うん。」
 仲の良い人懐っこい後輩。みんなに愛されし、ドジだけどまっすぐで一生懸命な子。そんな彼がいつも眩しかった。その輝きがこの瞬間に増したのは気のせいか。頬が熱いのも、きっと、気のせい。
「来栖さん、手止まってますけど、大丈夫ですか。お疲れなんじゃ。後やっときますよ。」
「ごめん、なんでもない。大丈夫。さっさと片づけて帰ろ。」
「そうですね。」
 彼もなかなか鈍い。あからさまに彼を狙っている女の子たちに見向きもしていないのだから。今も全然気づく素振りを見せない。そういうところが、彼のいいところでもある。そのまま育ってほしい。大切な弟を持つ姉の気分と、たった今芽生えた少し大きな感情が、胸を高鳴らせる。

***

 クリスマスは、少し憂鬱な日だった。
 イブが誕生日で、忘れられるものだと思っていた。しかし、今年は違った。
 イブが終わるまで、後約三十分。明日の華金の夜の予定を聞こうか迷いながら、手渡される食器をなんでもない顔をして拭き続ける。


🎄🎅🎁✨

直前まで参加を迷いましたが、みなさまの素敵な作品に触発されて滑り込みました。
PJさん、素敵な企画をありがとうございます。

#才の祭
#才の祭小説


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