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誘拐事件と夏の空


夏の雲が湧く(事件編)

夏の雲もくもくもくもく
移動販売のソフトクリームが食べたい
サービスエリアに寄るのもいいな
積み荷を一つ下ろしたら
一緒に食べに連れて行ってもらおう
公衆トイレも借りよう
老朽化した車は泣く泣く乗り換えて
芒の広がる真っ青な空を目指そう
夏の雲もくもく
。遠くから見ているよ

 姪を病院に連れて行った待合室で、姪のポケットのなかから折り畳まれた紙を見つけた。これはあいつの筆跡だ。手帳から引きちぎって書き付けただろうこれは、あいつなりの暗号なんだろう。
 病院に迎えに来た姉夫婦に姪を託し、真っ直ぐ帰るよう告げた。既に信頼のおける護衛はつけてある。彼女たちと別れ、頭のなかで、さっきの文の解読を進める。角を曲がった後、俺は振り向いた。
「いい加減、隠れるのは止めにしたらどうだ」
 サングラスと目が合った。

「彼女たちにも見張りはついているのか?」
 俺を尾行していたサングラスの奴と対峙し、目を反らさずに見据える。
「何のことです」
 男の声だ。
「しらばっくれても無駄だ。あいつとあの子を誘拐したのはお前らだな。あいつから聞いていないか? あの子はしゃべれないし字も書けない。お前らのことを吐くこともない。俺も彼女たちに、真っ直ぐ帰れとしか言っていない。本当だ。彼女たちの見張りを止めれば、お前たちの要求を聞こう」
 男は答えない。沈黙が続いた後、彼は携帯電話を取り出して電話をかけた。
「今からこちらに向かえ。俺の対象に見張りがばれた。お前の対象は外れだ。念のため盗聴器だけつけて来い」
 電話を切った彼は、しばらく目を伏せ、やがて俺に目を合わせた。
「お前、何者だ」
「あいつの相棒だ」
「お前も刑事か。他の仲間には言っていないだろうな」
「言っていたらどうする」
「それはお前の今後の回答次第だ」
「あいつの声を聞かせろ。話はそれからだ」
 睨み合いが続いた。
「それはできない。余計なことをしゃべられちゃ困る。だが、お前がこちらに協力するなら、あいつの命は保証する。約束は守る。警察は信じないかもしれないが」
 あいつなら、こう言うだろうな。俺はお前を信じると。でも、俺はあいつとは違う。
「疑ってかかるのが俺たちの仕事だ。だが、真実を明らかにするために、公正に職務を執行する。どんな事件に対しても。そのために、仲間に協力を仰ぐ必要がある。信頼のおける仲間たちにだ。あくまで、正当なやり方で捜査する。そのなかで、お前たちの話を聞きたい」
「……お前、名前は?」
公方くぼうだ」
 鵜飼は写真を取り出して言った。
「公方刑事。鵜飼うかい悠登ゆうと。この子を見つけてくれ。俺は鵜飼悠基ゆうき。この子の父親だ」

「鵜飼悠登くん、四歳。三日前に捜索願が出されています。しかし、未だ行方はわかっていません。父子家庭で、父親の名前は鵜飼悠基。鵜飼の供述通りです」
「それよりお前、大丈夫なのか? 外で倒れているのを見つけたときは肝が冷えたぞ」
「すみません、鵜飼を取り逃がして」
「公方、そういうことを言っているんじゃ」
井手いでさん、もう少し静かにしゃべってください。ここは病室です」
「悪い、馬場ばば
 鵜飼が必要な情報を話し、俺が交番に捜索願の確認をした後、鵜飼はメールアドレスを書いた紙を渡してきた。わかれば連絡しろ、一人で来いと書かれてあった。鵜飼に気をとられていた俺は鵜飼の仲間に気づかず、スタンガンを当てられ逃げられた。連絡していた上司の井手さんが駆けつけたとき、俺は熱中症気味だったらしい。目が覚めると、井手さんの相棒の馬場さんから、不気味な笑みを浮かべて叱られた。
「『ないさ、ついころすな。』ってどういうことですかね?」
「あ、なんのことだ?」
「公方さんの持っていたこの紙です。『ないさついころすな。』って」
 未だ人質にとられている俺の相棒、相良が姪に託した手紙を持って馬場さんが言った。さすが馬場さん。
「そんなこと、どこに書いてあるんだ?」
「『ない殺意 殺すな。』じゃないですか?」
「なるほど、相良さがらさんらしいですね」
「勝手に二人で納得するなよ。わかるように説明してくれ」
 俺が説明しようとすると、「公方さんは病人の自覚がありますか?」と馬場さんにまた叱られた。点滴も半分落ちたところで、気分も悪くないが、それを言っても馬場さんの機嫌が悪化するのは目に見えていたので、口をつぐむ。
「縦読みです。ほら、この手紙の最後、頭に句点があるでしょう。何かあると思って頭の文字を上から一つ一つ読むと、『夏、移、サ、積、一、公、老、芒、夏、。』となっています。その読みの一文字目を取り出して順番に読むと、『な、い、さ、つ、い、こ、ろ、す、な。』になるんです。自分を誘拐した犯人にまでこんなこと」
 相良からの手紙を見ながら馬場さんの説明を聞いて、井手さんはようやく合点がいったという顔をする。
「なるほどな。お前らよくすぐに気づいたな」
「わざわざ相良さんがこんな謎の手紙を渡してくるわけないですから。他にも、この内容自体に意味があるはずなんですが」
「それよりこの血痕、相良のものの可能性が高いな」
 井手さんが指差したのは、手紙に付着した血痕らしきもの。
「鵜飼の言葉が本当なら、命に別状はない、はずです。ただ、相良の声も状況も聞けていない今、一刻も早く悠登くんも相良も見つけださないと」
 そうだ。こんなところで横になっている場合じゃないのに。動こうとする俺を井手さんが制する。
「公方、頭を使うのはお前の得意分野だろ。俺たちは聞いた情報から捜査を進める。点滴が終わるまでは絶対にここから動くな。それからも単独行動は禁止だ。お前のことだ、どうせじっとしておれんだろう。相良のこともあるしな。助っ人を呼んでおいたからもうすぐ着くはずだ、それまでその暗号とやらを考えながら休め」
「遅くなりました、水島みずしまです」
 げ、水島さんか。井手さんも人が悪い。
「水島さんなら安心ですね。公方さんのこと、よろしくお願いいたします」
「こっちは任せて。状況は井手さんに随時報告します。井手さん、馬場くん、そっちは頼みましたよ」
「悪いな水島。馬場、行くぞ」
「はい、失礼しました」
 水島さんは今日は非番だったはずだ。
「すみません、俺のせいで。娘さん、今日は」
「私から井手さんに頼んだの。実里みのりちゃんのこと、灯里あかりさんから聞いていたから。今日は夫が休みだから、明美あけみは夫が見てくれてる」

 水島さんは、姉の灯里と中学の水泳部が同じだった。灯里の後輩で時々うちに来ることもあったから、水島さんが同じ刑事部にいると聞いたときは驚いた。しかし、気力も体力も男性に負けず劣らずの彼女は、相棒の山中やまなかさんともうまくやっているようだ。子育てをしながら仕事もでき、優秀で目敏い。下手な誤魔化しは効かない相手でもあるし、昔からの付き合いもあり少しやりづらさもある。
「それに、大事な仲間と大事な先輩の娘さんが事件に巻き込まれたの。実里ちゃんが無事だったのは何よりだけど、サニーくんのことは私だって心配。ニュードーくんの気持ち、少しはわかるつもりよ。だからこそ、体調万全にして臨まなきゃね」
「わかりましたよ。でも水島さん、いい加減、俺たちだけあだ名で呼ぶの、やめてもらえません?」
 水島さんから、下の名前が「八雲やくも」だから、うちに来ていたときから入道雲のニュードーと呼ばれていた。ちなみに相良は、「晴渡はると」だからサニーらしい。
 相良は同じ高卒で警察学校の同期だった。卒業後、同じ警察署に配属された俺たちは、独身寮で相部屋になった。水島さんがしょっちゅう茶化しに来ていて、そのとき相良にもあだ名がついたのだ。そのうち互いに寮を出て異動で離れていたが、去年から相良と組むようになった。
「いいじゃない、入道雲と晴れ渡る空。名前も相性もばっちりだから、このあだ名、結構気に入ってるんだよ」
「集中したいんで、できれば」
「わかったよ、公方くん。それで、その手紙、何かわかったの?」
 さっきまでの茶化していた雰囲気はもうなくなった。一気に気が引き締まる。
「『夏の雲もくもくもくもく』。これは、犯人グループの人数を指していると思われます。最後に『夏の雲もくもく。遠くから見ているよ』とありますが、俺をけていた鵜飼、もう一人の仲間で二名、彼らが見張りの二名で『もく、もく』。他にもう二名が相良の見張りをしているんでしょう」
「辻褄は合うわね」
「姪の実里は、サービスエリアの公衆トイレで見つかったと交番から連絡がありました。ちょうど帰宅途中で灯里たちは仕事で繋がらなかったので、俺が交番に迎えに行ったんです。『積み荷』は実里のことで、出てくる場所は途中に寄った場所を指しているんじゃないかと」
「なるほどね」
「古い車を途中で乗り捨てたんでしょうね。今のところはまだこれくらいで」
「十分よ。それと、鵜飼悠登くんの件ね。ここに来る途中で聞いてきたんだけど、まだ手がかりはない」
「そうですか」
 手紙の細かい部分もまだわからない。鵜飼悠登の件は井手さんたちが調べてくれているだろう。手紙の解読に集中しよう。殺意がない。いつまで鵜飼たちが殺意を持たずにいられるか。悠登くんが無事でなければ……。そもそもなぜ、相良と実里が狙われたんだ。実里たちの尾行が外れたところを見るに、おそらく相良が狙いだ。いい加減消化しろとの井手さんの命でたまたま有給休暇を取っていた相良が、急用で付き添えなくなった灯里たち、仕事中の俺の代わりに実里の通院の付き添いを引き受けてくれた。通院途中の相良を、実里も一緒になぜさらったのか。
「公方くん」
 水島さんが遠慮がちに声をかけてきた。
「はい」
「当てずっぽうで言ってみていい?」
「もちろんです。小さなことでも何でも言ってください」
「この『泣く泣く』って『79-79』じゃないかな? もしかしたら、車のナンバーかも」
 車の話の途中で出てくる「泣く泣く」。水島さんの言う通り、数字にも取れるな。偶然ではなさそうだ。
「もしかしたら、『7×9=63』で『63-63』の可能性も」
「確かに。じゃあさ、もしかして『芒の広がる真っ青な空を目指そう』って、車種に関係あるんじゃ? 『SUSUKI』の『ソラオ』とか?」
「色は青、とか」
「ダメ元で照会かけてみる。ちょっと待ってて」
「ありがとうございます。サービスエリアに老朽化した車が停まっていないかも、あわせて確認をお願いできますか?」
「了解」
 水島さんが出ている間に点滴が終わったので、ナースステーションに向かった。退院してかまわないとのことだったので、荷物をまとめて水島さんにメールをし、退院手続きを済ませた。待合室に座っていると、水島さんが来た。
「井手さんからも連絡があった、悠登くんの件で」
 照会結果と悠登くんの件を説明してくれる。
「鵜飼にメールアドレスを渡されています。俺が説明しに行きます」
「待って、私たちも」
「一人で来いと書かれています」
「犯人の指示通り、のこのこ一人で行く刑事があるか」
 水島さんの目は鋭い。
「指示に従わずに相良に何かあったらどうするんです。相手は四人ですよ」
「だからでしょう。四人に二人じゃ分が悪い。それに、相良くんの状態だってわからない」
「近くで待機していてください。乗り込むのは俺一人です。相良なら言うと思うんです、信じるって。鵜飼のことも相良のことも信じるってわけじゃない。でも、殺意はない、そう送ってきた相良も、命を保証すると言った鵜飼も、裏切りたくない」
「公方くん」
「鵜飼はこう言っていました。『警察は信じないかもしれない』と。警察に不信感を持っている。警戒を緩ませて、まだ引き返せるうちにちゃんと戻したいんですよ」
 水島さんは少し考える素振りをしてから、俺の両肩を掴んだ。
「単独行動は禁止。一緒に行くし、井手さんたちにも報告する。無線は繋いでおくこと。少しでも危ないと思ったら、迷わず飛び出すよ。いいね?」
「わかりました」

件名:公方だ

悠登くんは無事だ。
話がしたい。
相良の居場所を教えてほしい。

 すぐに返信が来た。場所だけが書かれてある。水島さんに文面を見せ、水島さんの乗ってきた車両に向かい、話を通してくれていた井手さん許可の下、目的地へ向かった。窓の向こうには、手紙に書かれていたような入道雲が湧いていた。


晴れ渡る夏の空(解決編)

「なつのくもだね。もくもくだぁ」
「そうだな悠登。今日も保育園でいい子にしてるんだぞ、なるべく早く帰ってくるからな」
「うん……」
「悠登、そんな顔をするな。今夜は悠登の好きなカレーを作ってあるから、帰ったら一緒に食べような」
「おとうさん」
「なんだ、悠登?」
「……。ううん、なんでもない。はやくかえってきてね」
「ああ」

 建物の前にある例の車を横切ると、鵜飼がいた。
「悠登……」
 空を見上げて息子の名前を呟いている。相良や他の仲間は見当たらない。
「鵜飼、相良や他の仲間はどこだ」
 屹度なってこちらを見て、鵜飼が言う。
「先にこちらの質問に答えてもらおうか、公方刑事。悠登はどこだ」
「悠登くんは、八木道子さんのお宅にいた。お前、知っていたんじゃないか?」
「え? 知るわけないだろう。捜索願まで出していたんだ。それよりなんで」
「八木さんは、亡くなった道枝さんの母親だ。悠登くんの祖母でもある。親戚はまず確認するだろう。それをしなかったのなら、できない理由があったんじゃないか?」
 鵜飼は押し黙る。
「八木さん、お前に謝りたいと言っている。お前はどうなんだ」
「会えない」
「なぜだ」
「会えないんだ、会う資格がない」
 俺は振り向く。頷いた彼女が前に出た。鵜飼は驚く。
「お、義母さん」
 鵜飼は狼狽うろたえる。八木道子は、深々と頭を下げる。
「悠基さん、ごめんなさい。私が悪いの」
「どういうことなんですか?」
「悠登くんが、三日前、リュックを背負ってうちに来たの。突然のことでびっくりして」
「悠登が!?」
 彼女が頷く。
 悠登くんは、保育園を抜け出し、祖母、八木道子の家に向かった。彼女は驚き、すぐに鵜飼に連絡しようとした。しかし、それを止めたのは悠登くんだった。
 悠登くんは、早起きして夜更かししてまで家事をこなし、仕事で疲れてきっていても自分のためにがんばる父親を見て、不安に駆られた。母親のように、父親までいなくなってしまうんじゃないか。自分がいたら、父親は無理をする。自分がいなくなれば、父親はゆっくり休める。だから、連絡しないでほしいと祖母に懇願し、彼女は悠登くんの願いを聞いたという。
「ごめんなさい、こんな大事になっているなんて知らなくて。いいえ、そもそも大切な子どもを悠基さんから引き離してしまった。本当に、ごめんなさい」
「悠登は」
「井手さんという刑事さんから事情を聞いて、警察署で預かってもらってここに来ました。悠登くんは元気です」
「そうですか……。俺のせいで、悠登はお義母さんのところに行ったんですね。悠登に心配かけて、俺は父親失格だ」
「違うの。悠基さんが一人で大変だろうことはわかっていたわ。でも、悠基さんが一人でがんばりたい、悠登くんは自分の手で育てさせてほしいと葬儀の後に頭を下げてきたとき、必死なあなたに何も言えなかった」
「お義母さん」
「道枝と同じで頼ってこられない性格なのをわかっていたのに、水を差してはいけないんじゃないかと遠慮して、助けられなかった。あなたにはもうご両親もいなくて、頼れる親戚は私くらいだったのに。悠登くんが思い詰めるまで見過ごしてしまった。母親、祖母失格なのは私よ」
 二人は俯き合う。
「でも、こんなことしておいて言える立場ではないけれど、まず、私に連絡してほしかった」
「そんなの。道枝さんと俺の大切な子どもを、俺が守りきれずに行方がわからないなんて。そんなこと、お義母さんに言えるわけありません」
 口を閉ざした鵜飼を見て、俺に向き直って、八木さんが口を開いた。
「刑事さん、悠基さんと私は」
「鵜飼さんは、未成年者略取・誘拐及び逮捕・監禁の容疑で署に連行します。監禁された男の状態次第では他の罪状も加わります。八木さんは……。鵜飼さん次第ですが」
「お義母さんは、俺の代わりに悠登を預かってくれていただけです」
「とりあえず、任意の事情聴取に応じていただけますか?」
「わかりました。悠基さん、先に行っているわね。あの、悠登くんは」
「預かってくれている生活安全課に引き継ぎます。安心してください」
「悠登くんのこと、よろしくお願いいたします」
 八木道子は、後ろに控えている水島さんたちのところに向かった。
「鵜飼、相良はどこだ。案内するんだ」
 力なく項垂れ、鵜飼は俺を相良の元へ連れて行った。

 相良は額をガーゼで覆われ、横たわっていた。
「相良! おい、相良、しっかりしろ。鵜飼、お前」
「殺してはいない。気絶しているだけだ」
「頭は、頭に傷を負わせたら命に関わるんだよ。救急車」
「公方、俺、大丈夫だよ。イテテ」
 目をうっすらと開けた相良がぎこちなく笑う。
「相良、大丈夫じゃないだろう。鵜飼、お前」
「公方、違うんだ。実里ちゃんをサービスエリアの公衆トイレに連れて行って車を乗り換えるときに、駐車場で居眠り運転するトラックを避けようとして、縁石に引っ掛かってさ。鵜飼たちは俺を手当てしてくれたんだよ」
「そう、か。でも!」
 だとしても。
「人多かったからさ、他の人たちが怪我しなくてよかったよ。運転手も慌ててブレーキを踏んで、怪我したけど無事。周りの人たちが救急車呼んでくれて、呼び掛けにも応じてた。仕事が忙しいみたいで、かわいそうだった」
「ったく、お前は轢かれかけといて」
 こいつはそういう奴だ。美点でもあり、心配な点でもある。
「鵜飼たちには何もされてないよ。公方たちが悠登くんの居場所を突き止めてくれるのを待ってたんだ。ごめん、何もできなくて」
「いいから、お前はもう黙ってろ。頭を打ったんだから。それにな、怪我人を誘拐し続けるなんて許しがたい」
 予め呼んでおいた救急車が到着し、相良は運ばれていった。俺は鵜飼を問い詰める。
「なぜあいつと女の子を拐ったんだ。警察署に相談してくれれば」
「捜索願も出したし、何度も署に確認したよ。でも、まだ捜索中で見つからないの一点張り。不安で不安で仕方なくて、警察署からの帰り道に見つけたんだ。前日に署で見かけた相良刑事が、あの子と歩いているのを。声を掛けたら、今急いでるからって。それで、限界が来た俺は、思わず……。悪かった」
 思わずって。相良は、実里の通院予約時間が近くて急いでくれていたんだろう。警察は、捜査の詳細を一般人に明かすことはできない。でも……。
「お前の仲間は」
「あいつらは何もしてない。盗聴器もハッタリだ。俺に付き合ってくれただけで、考えたのも実行したのも俺だ」
幇助ほうじょしたことに変わりはない。署に一緒に来てもらう。どこにいるんだ」
 そう尋ねると、三人の男たちがぞろぞろと出てきた。
「鵜飼さんには世話になったんです。それで悠登くんのことで困っているって聞いて、鵜飼さんの指示に従いました。逮捕してください」
 無線で連絡し、井手さんたちが連行していった。
「鵜飼、お前は越えてはならない一線を越えた。しっかりと罪を償え。でも、被害者は幸い生きている。これからやり直して、悠登くんを迎えに行くんだ」
「公方さん……。相良さんも言ってた。悠登のためにもちゃんとやり直すんだって。やり直せるって」
 相良。
「公方さん、逮捕してください」
「鵜飼悠基。未成年者略取・誘拐及び逮捕・監禁の容疑で逮捕する」
 鵜飼に手錠を掛け、外に向かうと井手さんたちが待っていた。
「公方、お前は病院に行って相良についてやれ」
 井手さんが言う。
「井手さん、鵜飼を連れて俺も署に行きます」
「水島さん、公方さんと相良さんの状況報告、聴取をお願いします。鵜飼は俺たちが責任を持って預かります」
 馬場さんまで。
「了解。公方くん、井手さんたちのご厚意に甘えましょう」
 水島さん……。
「公方、こっちは任せろ。きっちり聴取する」
 みんなの気遣いがこそばゆい。
「井手さん、馬場さん、悠登くんのことも、相良のことも、ありがとうございます。水島さん、お手数ですが最後までお願いします」
「水臭いな、臨時でも相棒なんだから当然でしょう」
「相良と公方のこと、頼むぞ」
 水島さんに井手さんが声をかけ、馬場さんや他の署員と鵜飼らを連行していった。俺と水島さんは、相良が運ばれた病院へと向かった。

 水島さんは飲み物を買ってくるから先に行っててと、病院一階のコンビニに入っていった。俺は、聞いていた相良の病室に向かう。
 相良は精密検査と経過観察で数日入院することになったが、現時点の検査を終え、命に別状はないとのことだった。病室でうずうずしている相良に呆れながら、しゃべり相手になっていた。
「入院なんて大げさだよなぁ」
「先生が必要だと判断したんだ。大げさなんかじゃねぇよ。お前、頭を打ってるんだ、わかってんのか」
「はいはい、公方くん、俺一応患者だよ。優しくしてほしいな~。でもまぁ、本当に大丈夫だよ?」
「おう、じゃあゆっっくり休め。俺も疲れてるんだ、帰るぞ」
 相良が腕を掴む。
「待ってよ。疲れてるところ悪いけど、俺がいない間の状況、ざっくり聞かせて」
 ため息をつき、相良の体調を窺いながら、事の次第を説明する。本人が言う通り、無理はしていなさそうだ。
「そうだったんだ。おつかれさま、ありがとうな、公方」
「別に、俺はただ職務を全うしたまでだ」
 相良はにっこりと俺を見る。気まずくて、話を逸らす。
「でも、なんで夏の雲だったんだ? あの手紙。後、ソフトクリームって」
「あぁ、鵜飼がぽつりと呟いていたんだ、『夏の雲、もくもく』って。それにさ、夏の雲っつったら入道雲だろ? つまりお前だ。人間ってことを指したかったんだよ。ソフトクリームは、移動中にソフトクリームの絵が描かれた移動販売車見かけてさぁ」
「犯人を俺で指すなよ。だいたい俺は入道雲じゃねえ。たく、誘拐されといてソフトクリームが食べたいなんて呑気だな」
「え~。晴れ雲コンビって感じでよくね? 暑いしソフトクリーム食べたいじゃん」
「なんだそのダサいコンビ名は。コンビ解消だ」
「やめてよ八雲く~ん」
「お前こそ止めろ、その言い方」
「でもさ、あいつら、実里ちゃんのこと伝えたらすぐ解放して通報したんだ。俺のことも殺さなかっただろ? もちろん、誘拐はだめだよ。でも、あいつらも俺たちと同じ人間で、やり直せるって思ったからさ。公方なら絶対解決してくれるって信じてた」
「お前はお人好しすぎるぞ。危ないところだったんだ。それに俺一人で解決したわけじゃない、井手さんたちや水島さんのおかげだ」
「またまた~、照れんなって」
「帰る」
 人の気も知らないで。
「待って、公方。本当にありがとう、お前のおかげで助かった。俺も余裕なくて、鵜飼に寄り添えなくてさ。署のみんなも、いろいろ忙しい。でも、大事な子どもが二日経っても見つからない、そんな親御さんはどれだけ苦しいだろう。俺たち、忙しくても忘れちゃいけないよな」
 真っ直ぐな目で相良は言う。相良の言うこともわかる。すべてに寄り添うことはできないし、時間は有限だ。身一つにできることは限られている。それでも、俺たちは被害者や関係者ときちんと向き合うことから逃げてはいけない。
 しかし、どんな理由があろうと、犯罪は許してはいけない。警察だろうと刑事だろうと、犠牲になっていい理由はない。
「自分が犠牲になればいいなんて思うな。お前、本当に危なかったんだぞ」
 きっと、相良なりに俺のことを気にかけてるんだろう。でも、お前が思っているより、みんなお前を大事に思っているんだ。俺だけじゃなく、署のみんなが。
「公方にだけは言われたくないな。俺はちゃんと生きて帰ろうと思ってた。公方はときどき、自分なんてどうでもいいって思ってるじゃん。俺はいつも思ってる、自分の命を軽んじるなって。諦めるなって。公方が思ってくれたこと、そっくりそのまま返すよ」
 何も言えない。こいつはときどき、核心を突いてくる。
「刑事として必要があれば、一般市民を優先する」
「公方」
 子どものように口を膨らませる相良。
「だが、善処はする」
 俺の返事に、やれやれと言わんばかりの顔を浮かべた。
「善処なぁ、善処。公方、ちゃんとゆっくり休めよ。すぐ戻るから、またよろしくな」
 それこそお前にだけは言われたくない。
「お前のほうこそしっかり休め。じゃあな、看護師さんに迷惑かけるなよ」
「失礼だなぁ。気をつけて帰れよ」
 病室を出ると、水島さんが待っていた。入らなくていいのか聞くと、元気そうな声が聞こえたからまた来ると言う。
 水島さんと別れて病院を出ると、太陽の眩しさに目が眩む。目を細めながら見上げた空は、雲一つなく晴れ渡っていた。あいつのカラっとした笑顔のように。

☁☀

小牧さん、今週もお題をありがとうございました!
間に合わないかも、と諦めかけていたら、今週は月曜日までだったのでなんとか間に合いました。
新企画にもあわせて参加させていただきます。
(どちらもコメント済みです)
ずっと書いてみたかった刑事モノ。お仕事小説。挑戦する勇気がなかなか出ませんでした。昨日帰省時の高速バスで夏空や車を見ながら出だしはすぐ思いつきましたが、そこから最後に持っていくまで悩みました。今はこれが限界です。具体的な組織やコールサイン、捜査シーンを出していないのは、下調べが間に合わなかったからです……。ちゃんと調べて、いつか本格的に書いてみたいです。
一歩踏み出す勇気をくださり、重ねてお礼を申し上げます。

読者のみなさま、今週も、いつもより長い作品でしたが、最後までお読みいただきありがとうございました!
地震や台風と、大変な状況下にいらっしゃる方が多いと思います。夏休みの子育てや帰省、お仕事などでお忙しい方もいらっしゃいますよね。
みなさま、どうぞご自愛ください。

#シロクマ文芸部

#新しいジブン

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