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〈インタビュー〉ここに来たかったのかもしれない|梅田真琴さん

 梅田真琴さんは、障害福祉事業を主軸とするNPO法人 BRAH=art.(ブラフアート)で、事務員として働いている。「自分の行きたいと思った場所に身を置くのは、はじめてかもしれない」。そう語る梅田さんの仕事は、事務という言葉に到底おさまらない。梅田さんはなぜ、まったく縁のなかった福祉を選んだのか。その先に浮かび上がってきたのは、「まちをつくるのは誰か」という問いだった。

地域の背景にあった福祉

梅田:BRAH=art.(以下、ブラフまたはブラフアート)との出会いのきっかけは、友人からの紹介です。ずっと事務仕事をしてきていますが、福祉関係ははじめて。福祉のことは全然知りませんでしたが、代表の岩原さんの話をきくうち、「ここに来たかったんかもしれん...」と思うようになりました。

 縁遠いと思っていた福祉。しかし、それは意外と身近なところにあったことを、ブラフアートとの出会いを通して梅田さんは気づいてきた。

梅田:話をきいてみると、ブラフがやっていることは案外自分の近くにありました。地元で毎月第3日曜日におこなわれている朝市「勢多市(せたのいち)」というイベント。私も訪れたことがあったのですが、なんとそれを運営しているのは、ブラフだったんです。企画しているのが福祉の人だなんて、考えたこともありませんでした。私がいままで地域で見ていたものの後ろ側にこの人たちがいてくれはったんや!福祉は自分が思っているより地域に根ざしているなと驚きました。
聞いてみると、やっているのはそれだけではありません。コロナ禍で影響を受けた飲食店や宿泊施設を支援する「BUY LOCAL BIWAKO」というプロジェクトにも関わっていたり。福祉と自分の生活との接点が思ったよりもあるんだと気づきました。

 知らなかった。その背景にはひとつの美学がある。

梅田:代表は、「後ろでやっていたのが実はブラフアートだった」という状態をつくりたいと考えておられ、そこがとてもステキだなと思います。だから敢えて名前を前に出さない。

 福祉は日常の風景のなかに当たり前にある。当たり前が生む「知らない」は本望だが、断絶が生む「知らない」は課題だ。

梅田:障害福祉に取り組むブラフアートでは、「障がいがあろうとなかろう好きなこと得意なことを仕事にして精一杯生きる」をモットーに、障害のある人が当たり前にいる社会づくりに取り組んでいます。
ふりかえれば、小学校の頃は一緒に遊んでいた障害のある人たちといつの間にか出会わなくなっていた。今考えればすごく不思議だけど、当時は疑問も抱きませんでした。

選んでいるようで選んでいなかった

 2020年からの新型コロナウイルスの流行は、誰しもの人生に少なからぬ影響を与えてきた。梅田さんにとっての転機も、紛れもなくコロナ禍だった。

梅田:40歳になるまで、ライフプランなんて全然考えずに生きてきました。高校卒業後は言われるがまま短期大学へ進学。自分の今後にまったく興味のないまま漫然と2年間を過ごしました。就活もせず、卒業後はとりあえずアルバイト。両親は、大学に行っていればと思って、短大卒業後の2年間は何も口出ししないようにしてくれていたそうです。

 将来設計のない旅路はその後も続く。

梅田:その後も何も考えずに非正規雇用で働きつづけてきました。ずっと転職つづき。仕事は、スキルのマッチングで決まると思っていました。履歴書に資格や技能をならべ、条件が合致すれば採用される。私がどういう人かより、私に何ができるかの方が大事だと思って仕事をしてきました。

 自分のスキルや能力がはかられ、効率よく仕事をこなすことが求められている。仕事は仕事、プライベートはプライベート。そんな、切り売りし、切り分ける価値観は一般的なものだろう。

梅田:その頃は、やりたいことを仕事にするのではなく、仕事は仕事で他の時間を好きに使いたいという考えでした。だから9時17時で働いて、あとは趣味に使う。プロレスにはまっていたときには、後楽園ホールも行きましたよ!あちこちの会場で観戦しては、「ここでこうなるか!」と一喜一憂していました(笑)

 ところが、誰もが自分の生活や暮らしを見直すことを余儀なくされたコロナ禍、梅田さんもまた、自らの働き方・生き方を見つめ直し、はじめて疑問をおぼえた。

梅田:非正規雇用は、自分の出産や家族のことなどを考えると、いつでも辞められる状態で都合がいいと本気で思ってました。でも本当は、女性の選択肢が社会的に狭められているだけで、選んでいるつもりでも選べていないんだとようやく気づいたんです。そこから非正規の仕事を探すことにしんどさをおぼえはじめたんです。けれど、そのときには40をまわっていて。

 そんなとき梅田さんが巡り会ったのが福祉だった。

まず、手の届く範囲から

 きっかけは友人の紹介だった。

梅田:「梅田さん、ここ合うかもよ」と友人がつなげてくれたんです。福祉なんて考えたことはなかったですし、福祉の事務職があまりないことも知らなかったのですが。福祉の仕事をしている友人が「明日も○○さんに会えるんやな」と思って職場に向かうと言っていたのをきいて、私はそんなこと思ったことないなと。目の前に積まれたタスクをどこまでこなすかではないそんな働き方、いいかもと思いました。それで見学に行って、代表の話を聞かせてもらったら、「自分が大切にしていること、全部ブラフでやってるやん!」と思ったんです。

 梅田さんは福祉に関わる前から、社会の課題や、そのために動く人を見過ごせない性格だったそうだ。

梅田:以前からできるだけ、支援活動に取り組んでいる人を見かけたら、寄付をするようにしていました。同時に「寄付しかできることないの?」というもどかしさもありました。そんなときにブラフに出会って思ったんです。まちに対してできることをやっている。大きなことばかり見て自分の力不足を嘆くのではなく、いま私ができる範囲、手の届く範囲からはじめてもいいのかも?地域のことに少しずつ触れていくのでもいいのかも?と思うようになりました。

まちをつくるのは誰?福祉に関わるのは誰?

 ブラフアートは2023年4月1日から、昭和9年に建設され市民の交流の場として長く親しまれてきている旧大津公会堂の指定管理を受託した。福祉事業を軸に施設におさまらず地域に繰り出してきたブラフアートは、大津のまちづくりのさらに重要な役割を担うことになる。梅田さんはその運営を軸となって担当する。

梅田:代表から指定管理の話を聞いたとき、違和感はまったくおぼえませんでした。ブラフはこれまでも地域に溶け込んでやってきたから。昨年の夏から準備室のメンバーとして企画構想・申請準備をしてきました。

旧大津公会堂

 梅田さん自身は大津市民ながら、これまで一度も公会堂に足を運んだことがなかったという。ブラフアートの新たな挑戦はまず、大津のまちをもっと知るところからはじまった。

梅田:あちこち大津のまちを歩きながら、公会堂をどんな場にできるといいかに思いを馳せました。当初は、どうすれば新たにいろんな人に使ってもらえるだろう?と考えていたのですが、徐々に、既存の利用者さんに目線が向いてきました。いま貸館利用で公会堂に足を運んでくださっているみなさんに、より公会堂に愛着をもってもらい、主体的に一緒に場をつくってもらうには?からはじめたいなと思っています。

 部屋の貸し借りにとどまらないコミュニケーションをとり、新たな関係をつくり、まちをつくっていく。これまでの歴史に支えられた安心と信頼を引き継ぎながら、よりよいまちを目指して踏み出したブラフアートらしい一歩には、梅田さんらしさも十全に発揮されている。

梅田:5月半ばからは、貸館利用者以外でも自由に使うことのできる「座」というコミュニティスペースの運用もはじまります。そこには、私が不定期でつづけてきた一冊を次の読み手につないでいく「本の交換所」も、メンバーの後押しで常設することになりました。本があれば、そこに居ることができるひともいるかなって。一人でも待ち合わせでも、ふらっと立ち寄ってもらえたらなと思います。

 受付や事務という職種も、そのあり方次第で、人や地域の架け橋になる。「事務員の梅田さん」は、まちをつくる主体者であり、福祉の実践者だ。

梅田:福祉に関わってすごいなと思ったのは、人との関わりが線になっていること。大学で事務員をしているときの学生との関わりはまさに点でした。窓口で時折コミュニケーションをとっていた学生が卒業するとき、事務員の私のところへ「写真撮ってください!」と言いに来てくれることがあって、見返しもしないだろう記念写真に写りながら、「私はこの子の思い出になってるんやなあ」としみじみしていました(笑) 私がいまこの人の思い出になって終わっていった。点、だなと。
でも福祉はそれぞれの人生が一本の線でつながっているような線の関わり。こんな世界もあるのか、と。

 福祉に触れ変化するなかで梅田さんは、福祉との接点に気づいてこなかったから自らの過去を省みて、ひとつのことを願うようになった。

梅田:福祉にかかわることを誰もが選択肢にもつような社会にできればなと思います。そのためにも小さい頃から、障害の有無にかかわらず、福祉やまちに触れる機会が増えるといいな。

梅田 真琴(うめだ まこと)
NPO法人BRAH=art.事務員。現在は、旧大津公会堂の運営を主に担当。趣味的に、本の交換所やZINE制作にも取り組む。

随分久しぶりの更新となってしまいました。大変お待たせしました!
ヨコヨコは今年もゆるやかに発信をつづけてまいります。

ヨコへヨコへと、ヨコヨコと。
次回もどうぞおたのしみに!

執筆・編集:大澤 健
企画:大津市障害者自立支援協議会

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