【詩集レビュー】リチャード・ブローティガン『ここに素敵なものがある』~Eテレ「理想的本箱」の内容を軸に。
先日(2024年5月11日)、NHK Eテレ「理想的本箱」の「ひとりぼっちの孤独を感じた時に読む本」の回で、リチャード・ブローティガンの詩集『ここに素敵なものがある』が紹介されました。
当店で多数取り扱わせていただいている詩人・中上哲夫さんによる翻訳書です。
とても素敵な詩集ですので、下記にレビューをいたします。
▶内容と装丁、どちらも素晴らしい。
まずはじめに言わなければいけないのは、この詩集は、書かれている内容と本の装丁が、どちらも素晴らしいということです。「読んで満足、持っていて幸せ」という感じでしょうか。鈴木成一デザイン室による“神装丁”については次回ご説明しますので、この投稿では、内容の面に絞ってレビューいたします。
▶NHK Eテレ「理想的本箱」の放送内容
番組の内容がとてもわかりやすかったので、それを軸に、この詩集をご紹介します。
放送ではまず、ブローティガンのプロフィール紹介があり、続いてブックディレクター・幅允孝さんによる以下の説明がありました。
リチャード・ブローティガンは、感情的で不安定な母親のもと、父親のいない家庭で育った。
21歳になってビート・ジェネレーションの作家たちに影響を受け、ヒッチハイクでサンフランシスコへ渡り、職を転々としながら一人孤独に執筆を続けた。
この詩集には、人間の悲しさ、寂しさが書かれている。
彼の記した言葉はとても穏やか。「ささやかに吐き出された孤独の言葉が優しく誰かを包むような一冊」といえる。
次に、番組中で「映像の帯」といわれるミニドラマを放送(本の内容からインスピレーションを受けて作られたもので、本の内容とは直接的には無関係)。幸せそうな男性カップルに別れが訪れるまでの短いストーリーと、そこに挟み込まれるかたちで、以下の7篇の詩が紹介されました。
この「映像の帯」のあと、俳優・吉岡里帆さんのコメント。
言葉だけ追っていた時はとっつきにくさがあり、どうやって解釈すればいいんだろう、難しいな、と思った時もあった。
映像の帯を見て、あらためて字面を追いかけたら、読めば読むほど自分のことのように感じられてきた。これは初めての感覚だ。
俳優・太田緑ロランスさんのコメント。
この「映像の帯」は、ブローティガンの詩にこういう物語があるかもしれないというもの(想像)だったが、それによって詩がわかりやすくなった。
自分も想像力を自由に働かせて、誤読してもいいのかもしれない。気楽に楽しんでもいいのかなと思った。
幅允孝さんコメント。
ブローティガンの言葉が怒りや悲しさ・寂しさを強い言葉で表現しないのは、実は俳句の影響を受けたからだと言われている。
日本の詩人とも親交があり、寺山修司の葬儀にも参加したが、その時に書いた詩にも寺山の偉大さや葬儀の様子ではなく、参列した人たちの靴の下にいる蟻について書いている。
小さく弱いものがいつも目に入ってしまう。
吉岡里帆さんコメント。
だからなのか、読んでいるとだんだん自分の無視していた痛みがふわっと出てきて、これを痛みとして受け取っていいんだと思えた。
そういう包み込むような優しさを感じた。
▶難しいときの読み方アドバイス
上記の吉岡里帆さんの「どうやって解釈すればいいんだろう、難しいな、と思った時もあった」というコメント、放送を見ていて共感しました。そうですよね、私も1周さ~っと読んだ時には、「?」と思う詩がいくつかありました。
ですがこの詩集は、一読のみで「わからない」と放り出すのは、非常にもったいないです。
この詩集が持っている“クセ”を考慮した読み方を下記にご紹介しますので、参考になれば嬉しいです。
【1】筆者自身を含む、ちょっと残念な、でも愛すべき人たちを、冗談や自虐交じりに書いているという視点から読む。
例えば詩集冒頭の以下の詩。
この「きみ」は、山藍を有毒だと知っているのでしょうか…? 近所の人たちは「おいおい大丈夫(笑)?」と思いつつも、「おぉすごいねぇ」という感じで「きみ」を讃えます。有毒な山藍を撤去してもらえて助かるので(笑)。なんだかアメリカのコメディーを見ている感じですね。ただブローティガンは、「きみ」の姿に自分を重ねて、ちょっぴり切なさを感じながら書いている気がします。
こんな感じの詩がいくつかありますので、正面から意味を考えて分かりにくいときは、ブローティガンが冗談とか自虐を言っているのだと思って読んでみるといいかな、と思います。
【2】章のまとまりを意識する。
例えば第1章「葉書と自伝」に、こんな詩があります。
この章は「葉書と自伝」という名前ですので、葉書(誰かへ宛てた/誰かから来た葉書)および自伝(自分のこれまで)がテーマになっていると考えると、何か想像がわきませんか? 上記の詩が「自伝」的なものだと考えると、ふたりの男のうち一人はブローティガンでしょうか。もう一人は友だち…? “とほほ”なのか気まずいのか、そんな微妙なふたりが見えてくる気がします。
第2章「愛から」は恋人との関係を書いたもの、第4章「多士済々、愛すべき人々」は身の回りにいる平凡な(もしくはちょっと風変わりな、またはちょっと残念な)人を一人ずつとりあげ、愛と冗談をこめて「多士済々(たくさんの優れた人々)」といっている、と考えてみるといいと思います。
【3】あとがきを先に読んでしまう。
訳者・中上哲夫さんによるあとがきを読むと、ブローティガンの人柄がおおまかにわかります。放送で紹介された蟻のエピソードも載っています。こちらを先に読んで、彼の性格をざっくり理解してから詩を読むのも一つの手です。
特に私がてがかりになったのは、ジャック・ケルアックの娘ジャン・ケルアックの小説から引用された、下記です。
「うかがいしれないたくさんのトラウマを抱えこんだこの奇妙でやさしい人」という部分、あぁなるほどと思いました。私はあとがきを読まずに、先に詩から読んだのですが、その時によく意味がわからなかった作品に対してブローティガンが「トラウマを抱えた人である」というフレームをあてはめたら、すんなり腑に落ちました。いくら冗談めかして書いていても、心の中にはいつも、幸せの切望とそれに反するバッドエンドの予感が入り混じっている――それと格闘しながら書いた詩だと思ったら、とても納得しました。彼の見ていたさびしい景色や孤独感と、だからこそ他人の心の傷にも敏感になってしまうやさしい世界観が見えてくると、俄然この詩集が面白くなってきます。
また、中上さんがこんなふうに↓お書きになっているのにも、「わからなくても仕方ないよ」と励してもらったようで(笑)、嬉しかったです。
それでは次回は、この詩集の装丁についてご説明します☆
→こちら(【美しい装丁をレビュー】リチャード・ブローティガン詩集『ここに素敵なものがある』(装丁:鈴木成一デザイン室))
▼当店だと、中上哲夫さんの詩集も一緒に買えます♪
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