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【エッセイ】 えんぴつをけずる

 


 えんぴつをけずる。

 ぼろぼろ、ボキボキ、まあ、あきれるくらいよく折れます。
 えんぴつ削りを回転させるたびに、折れるのです。芯に切れ目でも入っているのでないかと、疑いたくなります。
 
 イギリスでは4歳から義務教育がはじまります。娘には三年目の学校生活ですが、彼女が学校にもっていく文房具を用意するのは、はじめてです。    

 娘は日本でならもう小学一年生で、学校でつかうえんぴつの用意くらいは、自分でやってもらいたけれど、これではとても無理ですね。なれない小さな手では、けずり終える前に、えんぴつは半分になってしまいそう。


 イギリスの小学校では、ほとんどの子どもたちが、ブックバッグとよばれる、ペラッペラの薄いカバンを持って登校します。筆記用具は、教室に用意してあるものを使うので、自分のものを持っていく必要がなかったのです。 ついでに、教科書もありません。授業ごとに、先生が作成したプリントを使うのがメインです。国語の授業では、それぞれのレベルにあった本を読みます。

 そういう(親からすればラクチンな)システムだったのですが、こんなところにも新型コロナウィルスの感染対策で、子どもたちは、はじめて自分のえんぴつや色えんぴつを、ペンケースに詰めて登校することになりました。

 それにしたって、ひどいシロモノだと、ため息がでます。イギリスの文房具の質の悪さは知っていたのですが、最近はパソコンやケータイのお世話になりっぱなしで、特にえんぴつを手に握ることなど、ほとんどなかったことに気づきました。

 日本に留学した経験がある、アメリカ人の友人の話を思い出しました。十六歳で初めて訪れた日本で、いちばん感動したのは、文房具屋さんだったと。
 ありとあらゆる種類のペンが、宝石みたいにずらりと並んでキラキラひかっていた。どれを手に取っても、軽くて、書き心地がよくて。それなのにアメリカで買う半分もしない値段で、お店ごともって帰りたかった、と。
 今の私には、彼女の気持ちがすごくよくわかります。

 こんな書きにくい、いつボキッと折れるやしれないえんぴつで勉強している我が子が、不憫にさえ思えてくるのです。

 「日本に帰ったら、買ってね。鉛筆も筆箱もぜーんぶ新しいの買って」
 半分イギリス人で、半分日本人の私の娘は、イギリスで生まれ育ったのに、いつも、
 「日本に帰る」
と、いう言い方をします。
勿論、母親の私の真似をしたいだけで、深い意味はないのでしょう。ただ、そんな物言いを、嬉しく思う私の心を感じ取っているのだと思います。
 さて、いつまでこんな風に言ってくれるものでしょうか?

 そんな娘に、私が小学校の時使っていたようなふでばこを買ってあげたい。
 両面開きで、蓋の裏に小さな時間割を書き込めて、えんぴつは勿論、定規やコンパスまで収まるスペースがあって、小さなボタンを押すと、えんぴつ削りや虫めがねまで飛び出して来るような、楽しいびっくり箱のようなふでばこです。

 さて、次に私たちが日本に「帰る」頃には、この悪魔の申し子のような疫病は、消えてなくなっているのでしょうか?
 その時には、イギリスの子どもたちはまた、みんなで仲良く教室のえんぴつをシェアするようになって、自分のふでばことえんぴつを持っていくことも忘れてしますのでしょうか?
 そしてこの頃ではすっかり、身につけることも、そしてつけている人を見ることも日常になったマスクも、まるで卒業式の角帽みたいに、投げ捨てられて忘れられるのでしょうか?
 
 ようよう、えんぴつをけずり終えて気がつきました。
「ちょっと、ペンケースに消しゴムが入ってないよ?」
「えー、知らないしー」
と、娘は不満そうに唇をとがらせます。
「知らないじゃないよ、失くしたの?」
「あ、でもね、学校で消しゴムは、使ったらダメなんだよ!」
と、急に思い出したように、声を高くしました。
「へ? なんで?」
 消しゴムなしで、どうやってノートをとったり、計算したりできるのでしょう?
「だって、わからなくなるでしょう、どうしてまちがえたのか」
「チェックする先生が、ってこと?」
「うん。それとね、まちがいを消したら、忘れちゃうから。そして私がまた同じところでまちがえてしまうから」
 なるほど、と私は納得しました。まちがったところには、軽く線を引いて、どうまちがったか、なぜまちがったか、先生と生徒の両方がわかるように残しておくのだそうです。
 このやり方だと、ノートの見た目は良くないかもしれませんが、理にかなっていると思いました。
 「まちがいはね、なかったことにしたら、ダメなんだよ」
 なぜか得意そうな顔で、娘は言いました。

 来週からイングランドで、ロックダウン緩和の第一ステップが始まります。まずは、学校の再開です。
 今年1月から始まった、イギリス第3回目のロックダウンですが、来週から少しづつ緩和されます。第一ステップは、学校の再開です。
 毎日いそいそと、えんぴつをけずり、制服のシワを伸ばしています。

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