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フレイムフェイス 第五話

再会のネイビーブルー (5)

 何が爆発した?
 そもそも何が起きた?
 それを知るためには、少々時間を巻き戻さねばならない。
 具体的には、八体のウォリアータイプのうち四体がカドシュと戦い始めた辺りへと。

「か、カドシュちゃん!?」

四体の敵を引き連れて遠ざかるカドシュの背を、アンバーは目で追う。

「彼なら大丈夫です。此方は此方の来客をもてなしましょう」

真正面、突っ込んで来る四体のウォリアータイプ。走り出したカドシュとは対照的に、フレイムフェイスは動かない。静かに、日本刀の柄へ手を添える。

「GAAAAAAAッ!」

ウォリアー四体が構える。銃。まだカドシュ戦のように刃へ変じていない。
 そして発砲。マシンガンじみた雨。連射モードに切り替えたか。

対するフレイムフェイスは稲妻のように抜刀。己を撃ち抜かんとする炎の弾丸を、なお上回る速度で切り払い、切り払い、切り払い、切り払い、切り払う。

「うわあー!?」
「GAAAAAAAッ!?」

言語こそ違えど驚愕するアンバーとウォリアー達。マシンガン並の弾雨を真正面から無効化して見せたとあれば、さもあらん。

「はっはっは。アンバーくん、驚くのは良いですが、進捗の方はどうですか?」
「へ? あ、はい!」

慌ててコンソールを操作するアンバー。ホロモニタ上にはこのダンジョンフロアの構造解析データが踊っている。

「ええと……八十一パーセントです!」
「よろしい。ではその前に」

踏み込むフレイムフェイス。弾雨の隙間を掻い潜り、瞬く間に距離を詰める。

「GAAAAAAAッ!?」

またも驚愕するウォリアー。一旦仕切りなおすべく上昇しようとした瞬間、目の前にフレイムフェイスが現れたのだから、無理もない。

「不確定要素を――」

迸る刃。フレイムフェイスが放った一刀が、二体のウォリアータイプをまとめて両断。更に逆手、流れるような動作で銃を抜く。カドシュと同型の魔導拳銃。片手で照準。無造作に射撃、射撃。

「GAAAAAAAッ!?」

残り二体のウォリアータイプが額に穴を穿たれ、爆散。僅か一呼吸で、フレイムフェイスにかかって来た四体の敵は全滅した。

「――減らしておきましょう」

びょう。血振るいするように刀を降った後、得物を構え直すフレイムフェイス。戦闘はまだ終わっていない。何よりその周囲、全方向から。

「GAAAAAAAッ!」「GAAAAAAAッ!」「GAAAAAAAッ!」

新たなウォリアータイプが、地面から染み出すように立ち上がったとあれば。

「悲しいなあ。その程度で減らせると思われてるのが悲しいなあ」

響く敵の声。それに合わせ、じりじりと包囲を詰めるウォリアーの群れ。しかも今度は通常型と飛行型の混成部隊。明らかに戦力を増強させて来ている。更に付け加えるならば、そもそもこのウォリアー軍団と戦う事自体が向こうの思う壺なのだ。

敵は何らかの時間稼ぎをしている。アンバーの解析と、何より敵自身がそれを認めている。そしてそもそもダンジョンの中枢である『破壊獣』を撃破しない限り、根本的な事態解決にはなりえない。

八方塞がりへとなりつつある状況。
 故に、完全に塞がってしまう前に。

「百パーセント! 解析完了です!」
「よろしい! 分離を許可します!」

フレイムフェイスは、新装備を起動させた。
 アンバーが座るコクピット内部、戦闘機を思わせる各種コンソール群に、光が灯る。今までロックされていた機構が動き出す。

「GAAAAAAAッ!」「GAAAAAAAッ!」「GAAAAAAAッ!」

無論、ウォリアー達は起動を律儀に待たない。銃を構え、刃を構え、フレイムフェイス目掛けて殺到する。彼らは同士討ちなぞ恐れない。恐れる感情なぞ搭載していない。

「プレート、モード閃雷準備」
「了解。閃雷術式、チャージ開始します」

故に、フレイムフェイスの日本刀が光を発し始めようと、吶喊速度は変わらない。

斬りかかる。弾かれる。
 銃撃する。弾かれる。
 流れ弾。同士討ち。

何体かが損傷許容値を超え消失。同時進行で放たれるフレイムフェイスの反撃が、流れるようにウォリアータイプを破壊、破壊、破壊。
 そうした欠損を補うため、新たなウォリアータイプが床から出現、出現、出現。刀に宿る光を、仮面の下で燃える紫炎を、押し潰さんとする。

「ああ――」

――下らない、下らないなあ。こんなゴリ押しにも程があるやり方しか出来ない現状が下らないなあ。敵はそう言おうとして、しかし果たせない。
 何故ならば。

「フェイス・オフ! フレイムウイング、分離発進します!」

叫ぶアンバー。最後のロックが解除され、フレイムフェイスの仮面が変形。『海の向こう』で言う所の戦闘機に似た形状となったそれは、アンバーの操縦に合わせて上空へ舞い上がったのだ。

これこそがフレイムウイング。フレイムフェイスの新装備にして、随伴部隊『ネイビーブルー』が結成された理由の一つであった。

「はぁ!?」

当然敵はこれに驚いた。二百年間こんな芸当は一度も見せなかったのだから、さもあらん。必然、ウォリアー部隊の制御が乱れる。その隙を、名前通りの姿となったフレイムフェイスは逃さぬ。

「ひゅぅ――!」

円を描く一太刀。舞うように放たれた回転斬撃は、閃雷術式の力を持って半径を拡大。群がるウォリアータイプの全てを、余す事無く掃討する。

「ちぇ」

敵は舌打つ。ウォリアーは残り一体。カドシュの方へ行かせたものを今更引き戻す訳にもいかない。
 ならば更なるウォリアータイプの生成をと考え、しかし取り止める。完全にペースを乱されている。あんなドローンだかラジコンだかのような一発芸のせいで。

この場は既に突破された。フレイムフェイスだけでなく、その随伴員共でさえ無重量空間での戦闘に対応して見せた。エルガディアでも指折りの技量があると言う事だ。それが分かっただけでも御の字だろう。

どの道このダンジョンの構造は此方が握っている。通路の増築、手駒の配置、魔力が続く限り自由自在に出来る。何より己の任務は時間稼ぎなのだ。見破られたとは言え、その本質は変わらない。

そう結論した矢先、最後のウォリアータイプの前を小さい影が横切った。件のドローンだかラジコンだかの良く分からないもの、フレイムウイングである。

あれだけでも叩き落しておくか。ウォリアーに銃を構えさせ、引金を、しかし引けない。
 何故ならば。

「オーバーライドバスター、発射します!」

その小ささからは考えられぬ程に激烈な魔力光が、フレイムウイングから放たれたからである。

「GAAAAAAAッ!?」

凄まじい白光にたたらを踏むウォリアー。その最中にも光は一直線の矢となり、直撃する。次のフロアへ続く扉へと。

衝撃。轟音。魔力光。そして、爆発。カドシュが四体目のウォリアーを倒した直後に見上げた光景が、これであった。

その爆発を、敵もまた見ていた。肌で感じてもいた。何せ背後の扉が、同じ爆発で吹き飛んだのだから。

「嘘ぉ」

呻き、敵は背後扉とコンソール上のホロモニタを交互に見る。立ち込める同じ煙。壁に走る同じ形状の亀裂。亀裂は広がり、壁は音立てて崩れる。
 そうして敵の居た場所は、フレイムフェイス達の戦闘していた大広間とひとつながりになってしまった。

何故? どうして? 物理法則は? ここと広間はまだまだ相当な距離があった筈だぞ?
 脳裏に過ぎる疑問。それらはすぐ氷解する。
 先程フレイムウイングが放った術式の光線、オーバーライドバスターとやら。あれでこのダンジョンの構造を向こうの都合の良いように上書きオーバーライドしたのだ。

「ダンジョンのオーバーライド、成功しました! 新たな接続空間先に熱反応検知! 先の魔力反応と合致! 中枢の『破壊獣』と思われます!」

正解だ、と言わんばかりに響き渡るアンバーの声。消えていく粉塵と壁の残骸へ身体を向けながら、敵は大きなため息をついた。

「あああー……」
「おや、思った以上に広い部屋ですね……さて。初めまして、と言うべきなのでしょうか」

こつこつと床を鳴らし、踏み入って来る一人の男。欠損した頭部に代わり、紫の炎を燃やし続ける異形。

「此方は輪海国エルガディア防衛隊所属、特別独立遊撃部隊『ネイビーブルー』です。私は隊長の、フレイムフェイスと申します」

朗々と語るその炎へ、初飛行を終えたフレイムウイングが降着。変形し、先の仮面へと戻る。燃える双眸が、ぎらと光った。

「もはや趨勢は決しました。速やかに投降して頂きたい」

フレイムフェイスが語る間、最後のウォリアーが攻撃を仕掛けようとした。だが天井から舞い降りたカドシュの斬撃によって一刀両断される。それから銃に持ち替え、フレイムフェイスの隣に立つ。

「イラつくなあ」

敵は。
 視線が定まらない白髪の男性は、もう一度呟いた。

「イラつく要素が多すぎて、イラつくなあ」
「……あっ!」

その時、不意にアンバーが声を上げた。
 着陸する前、視認と同時にデータベースへかけていた敵の顔認識検索。それがヒットしたのだ。

すぐさま詳細データを呼び出す。確認。間違いなし。送信。フレイムフェイスとカドシュの傍らにホロモニタが現れ、情報共有がなされる。

「何?」

斜め読むなり、カドシュは眉をひそめた。そこは顔写真と一緒に、このビルの管理人である事を示す権利書が付随していたからだ。フレイムフェイスは問う。

「タギー・ユイスさん。ではありませんね、アナタも」
「アナタ、も?」
「ええ。昔からよくあるんですよ、こういう状況」

魔力経路の構築、地理的な都合、土地権利の諸々。数を上げればキリがないが、とにかくダンジョンを構築するに当たり、その場所に深く関連する人物が何らかの形で携わっている、というのは二百年以上前からの茶飯事だ。そして敵はネイビーブルーが発足するずっと前から、このような手段を良く取って来た。

即ち、一般人の精神支配を。
 更には支配一般人を核としたダンジョンの構築を。

タギー・ユイスを操縦している何者かは、今も彼の耳目を通じて此方を見ているのだろう。こうした相手に会う度、フレイムフェイスは交渉を持ちかけて来た。カドシュ達を救助した約二十年前でもそうだった。

「ああ。本当にイラつくなあ」

そしてその度に、同じ答えを返されて来たのだ。

「こんなにも早く、最後の手段を使う羽目になるってのがイラつくなあ――!」

タギーは立ち上がる。懐に手を入れる。瞬間、カドシュは引鉄を引いた。
 それはフリーズ・バレット。着弾対象を氷結させ動きを封じる、非致死性術式弾丸。狙い過たず着弾した一撃は、瞬く間に凍てつく蛇となってタギーの身体を束縛。

だが。それは僅かに遅かった。

凍った服の下、タギーは懐に入れた手を動かす。目当てのものを掴む。起動のための、呪文を告げる。

「イグニション」

瞬間、ごう、と。
 タギー・ユイスは、彼を精神支配する敵は、燃え上がった。

黒い、影のような炎。瞬く間にタギーを包み込むエネルギーへ、反射的に銃口を向けるカドシュ。だが引鉄は引かない。前に立つフレイムフェイスが、手振りで止めたのだ。

そうこうする間に、タギーの束縛が砕ける。舞い散る氷粒を飲み込む炎。その只中で、タギーは取り出す。炎を生み出した魔導器具。それを、カドシュとアンバーは知っていた。だが、認識するのにやや時間がかかった。何故ならば。

「嘘でしょ……巻物スクロール!?」

それが余りにも古式ゆかし過ぎる、時代遅れの代物だったからだ。
 タギーは巻物を広げ、放る。浮遊する巻物は炎を追従させ、螺旋を描く。螺旋の中心にはタギーが居り――唐突に、その螺旋が中心目掛けて凝集する。光が走る。かくて光が収まった後、そこにタギーの姿は無い。

代わりに、そこへ立っていたのは。
 四本の脚と長大な首を持つ、『海の向こう』で言う所の恐竜を彷彿とさせる、巨大な怪物であった。

「な」

アンバーは絶句する。ダンプカーじみた敵の巨体に慄いた、だけではない。

「オーバー、ライド……?」

その恐竜の現れた方法と、己がフレイムフェイスとなった方法が、余りにも似ていたからだ。


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