03_魔狼03_ヘッダ

神影鎧装レツオウガ 第十二話

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Chapter03 魔狼 03

 爆発、爆発、爆発が幻燈結界を揺るがす。
 間断ないその轟音は、ギノアが放つ霊力弾によるものだ。
「ハハハァ! どうしました!?」
 掲げられた杖の先端、赤い宝玉が光る度、射出される光弾。それらは辰巳《たつみ》目がけて唸りを上げる。上げる。上げ続ける。
 秒刻みで放たれる光の弾幕は、数も威力もまったく衰えない。もしも幻燈結界が無ければ、翠明寮は三十秒もしないうちに瓦礫と成り果てていただろう。
「ち、ぃ」
 故に、辰巳は先程から防戦一方だ。
 ギノアの周囲を旋回するように走り回り、照準を可能な限り攪乱。着弾しかけたものは左の鉄拳で撃墜。この状態が既に三分近く続いている。その間、辰巳は一度も攻撃に転じていない。理由は単純。間合いが遠いからだ。
 辰巳は格闘戦のスペシャリストだ。こと接近戦において後れを取る事はそうそう無い。
 だがそれは、間合いの内側でなければ実力が発揮できないという裏返しにも繋がる。そしてギノアは先程から弾幕を張りつつ、辰巳と一定の距離を保ち続けている。
 その距離、十五メートル。当然、どんなに伸ばそうと腕が届く距離では無い。
 さりとて戦闘モードなのだから、全力で走れば二秒もかからないだろう。が、その二秒をギノアは的確に阻むのだ。先日のリザードマンやフェンリル化していた時の戦闘データを元に、こうした戦法と術式を用意してきたのだろう。
 更に光弾以外にも、辰巳が白兵戦に持ち込めない理由がもう一つあった。
「――今、だっ!」
 僅かな弾幕の隙をかいくぐり、辰巳はギノアへ突貫。滑るように走る辰巳の影が、幻燈結界に黒い軌跡を刻む。
「はッ!」
 放たれる鉄拳。しかし、手応え無し。空振りである。
「ハハ! いやはや、危ないですねぇ!」
 頭上、落ちて来るギノアの哄笑。
 見上げれば、ギノアは日乃栄《ひのえ》高校に続く通路の方向へ、大きく飛び退っていた。
 更にギノアはそのまま、近くにあった電柱の足場用ボルトへふわりと着地する。風を抱くコートは大きくはためき、全身の青い刺繍が霊力の光を帯びて輝いていた。
 このコートに縫われている刺繍――もとい、跳躍術式こそ、フェンリル状態でもないギノアが高高度の跳躍を行えた理由だ。コートの裾から圧縮空気を爆発的に噴出させる事で、任意の方向への大跳躍を可能とするのだ。
「では、こちらの番ですねぇっ!」
 笑みを崩さぬまま、ギノアは跳躍術式を再駆動。
 墨色の空に大きく飛び上がったギノアは、杖の照準を辰巳に向ける。その上で跳躍術式を更に連続駆動。空中で嵐のごとく跳ね回りながら、光弾を矢継ぎ早に連射する。
 辰巳は直感する。避けきれない。
 ならば、選択肢は一つ。
 辰巳は両拳を構える。光の雨を睨む。
「ぜ、あッ!」
 炸裂が、辺りを揺るがした。
「ふぅむ?」
 立ち上る爆煙を見やりながら、優雅に着地するギノア。用心深く十五メートルの距離を保ちながら、ゆっくりと杖を一撫でする。
 着弾はした。それは分かっている。だが仕留めた実感が湧かない。この程度であのファントム4が終わるはずが無い。そんな、奇妙な信頼感がギノアにはあった。
 事実、それは的中した。
 晴れ行く煙。その中から、辰巳は姿を現したのだ。
「す、ぅ」
 両拳を下げながら残心する辰巳は、無傷であった。装甲の欠損すらない。なぜか両拳が微かに煙を噴いていたが、それくらいだ。
 動いた様子は無い。両足は肩幅に開かれたまま、地面をしっかと踏みしめている。
 ならば今、辰巳はどうやって光弾の雨をかいくぐったのか。
 簡単な話だ。辰巳は、高速の連続突きで全ての光弾を打ち落としたのだ。
「ハハハ! 素晴らしい! 素晴らしい技量ですよ! それでこそ潰す甲斐があるというものです!」
「そう褒めるなよ。照れちまうじゃないか」
 言いつつ、辰巳は左腕で口元を覆う。本当に照れ隠しをするように。
 だが、目的はもちろん違う。
「セット! ハンドガン!」
『Roger HandGun Etherealize』
 目には目を、歯には歯を、飛び道具には飛び道具を。
 Eマテリアルから投射される光を掴み取り、まっすぐに突きつける辰巳。
 数秒のうちに光は霊力武装である自動拳銃へと姿を変え、銃身内部に霊力が満ちる。
 照準、発砲。
 一、二、三。脳天と心臓と腹部をそれぞれ狙った銃弾は、狙い違わずギノアに命中。
 そのまま、空気中に溶けて消えた。
 ギノアの脳天、穴は無い。コートにも無い。焦げ目すら無い。まったくの無傷だ。
「いやいや! 危ないですねぇ!」
 大げさにコートを払いながら、再び哄笑するギノア。
 銃弾は、僅かなへこみすら作れなかった。やはりあのコートは跳躍術式だけでなく、強固な防護術式も組み込まれているようだ。今の豆鉄砲程度では、何発撃っても結果は同じだろう。
「ふぅん。こりゃ困った」
 つまらなさそうに鼻を鳴らしながら、辰巳はギノアの能力を試算する。
 瞬発力は恐らくフェンリル化した時と同等以上、防御力はやや下。接近戦に持ち込めれば一撃で片がつくだろうが、弾幕と跳躍がそれを許そうとしない。
 まぁ、その為に辰巳は銃を装備したのだが。
「では、こちらの番ですよっ!」
 笑いを顔面に貼り付けながら、光弾の連射を再開するギノア。
 それを先程と同様に再びかいくぐり、今度は銃撃での撃ち落としも挟みながら、辰巳は再度左腕を口元に寄せる。
「チェンジ! ブーストカートリッジ!」
『Roger BoostCartridge Ready』
 今までとは別個の指令。Eマテリアルから射出される新たな光。
「――むっ?」
 それに新たな術式を見たギノアは、それを撃ち落とすべく照準、発射、発射、発射。
 だが射線は見え透いており、辰巳は即座に銃弾で迎撃、迎撃、迎撃。
 応酬される光弾と銃弾。その合間に光は指令通り自動拳銃の弾倉《カートリッジ》へと姿を変える。くるくると回転しながら辰巳の前に落下。
 同時に辰巳は左肩上へ自動拳銃を振り上げ、弾倉を排出。五秒のリミットを待つ間も無く、飛び込んだ光弾とぶつかって相殺爆発。
 その爆光を隠れ蓑に、辰巳は真横へ、殴りつけるように銃把を振るう。
 銃把の軌道上にあった弾倉は、吸い込まれるようにその中へ収まった。更に辰巳は勢いを殺さず、身体ごと半回転。
 ここでようやく相殺爆発の煙が消える。そして、ギノアは辰巳の奇妙な体勢を見た。銃口が、まったくの逆方向を向いている。
 何がしたいのか知らないが、とにかく光弾を――と杖を構えた時にはもう遅い。
 発砲。
 光弾の爆発にも負けぬ轟音が、自動拳銃の銃口から放たれる。
 そしてその轟音に乗り、辰巳は十五メートルの距離を飛んだ。
 自動拳銃を、即席の短距離加速装置に変える――名前通りの加速弾倉《ブーストカートリッジ》というわけだ。
 コンマ四秒。全身に音の壁を感じながら、辰巳はギノアへ肘打ちを叩き込んだ。
「ッ!?」
 ギノアは、吹き飛んだ。
 辰巳に殴り飛ばされたから、というだけでは無い。
 切磋に発動させようとしたコートの跳躍術式が、肘打ちの直後に発動したためだ。かくてギノアは進行上の建物をすり抜けながら、実に数十メートルのアーチを描いた後、日乃栄高校グラウンドの真ん中に叩きつけられた。
 大きな、鈍い音が辰巳の耳に届く。幻燈結界が無ければ、きっと巨大な砂埃も巻き上がって見えただろう。
「すぅ――」
 残心して拳を解く辰巳は、まず最初に自動拳銃の制御を切った。
「カット、ハンドガン」
『Roger Handgun Return』
 光の粒となってこぼれ落ちていく自動拳銃を放りながら、辰巳はギノアの落下地点へ向かって歩き出した。いつもの渡り廊下を斜めに横切り、校舎をすり抜けながら、辰巳は少し右肩を回す。
 ケガという程では無いが、やはり少し違和感はあった。
 ラピッドブースターもそうだが、酒月《さかづき》が造った術式は強力な分ピーキーすぎる。パイルバンカーのように嗜好が強すぎるのも色々とアレだと辰巳は思う。
 まぁ、文句を言っても聞かない人種だという事も分かりきっているので、辰巳は早々に考えるのを止めた。
「それにしても……」
 辰巳は別の疑問を思考する。ギノアは分霊に、どうやってあれだけの霊力を使わせる事が出来たのか。
 前回フェンリル化していた時は、日乃栄の霊地から抽出した莫大な霊力があった。だが今回はそれがない。だというのにギノアは高火力の霊力弾を連射し、跳躍と防御の術式を二重に刻んだコートを装備していた。
 どちらか片方ならまだ分かる。だがその両方を行使する事など、本体ではない一介の分霊に可能なのだろうか――。
「――うん?」
 そう考えていた矢先、辰巳は足下に変なものを見つけた。
 砂の上、グラウンドの隅っこ。そこにあったのは薄黄色く古ぼけた、小指の先くらいしかない小さな塊。
 ただの石、ではない。もしそうなら幻燈結界の薄墨に染まっているはずだ。
 程度はともかく霊力を帯びているらしいそれは、つまみ上げてみると予想以上に軽い。
 ひょっとすると、この塊がギノアの分霊の霊力源だったのだろうか。だが、だとするとこれは一体何だろう。
「キャラメル、じゃあないのは確かだが……さて」
 いぶかしむ辰巳。だが検分する暇も無く、塊は薄墨色に染まる。辰巳の指をすり抜け、地面に落ちる。僅かに残っていた霊力すら消え、ただの塊に戻ったようだ。
「まぁ、いいや」
 疑問は一旦脇に置き、辰巳は倒れたギノアに近付いていく。
 まずは術者本人であるギノアを倒す。考えるのはその後で、ファントム・ユニットの全員を交えてすれば良い。いつもそうしてきた事だ。
 もっとも今回はそれが裏目に出てしまうのだが――今の辰巳に、それを知る由は無かった。
 そうこうするうちに、辰巳はギノアの真横に辿り着いた。
 辰巳に足を向けたまま大の字になっているギノアは、まったく動こうとしない。
 と言うより、動けないのだろう。胴体に巨大な穴があいているために。
「よう。涼しそうだな」
「涼しい、どころか。これでは、風邪を――引、いてしまい、ますよ」
 ひゅうひゅうと。語調そのものは途切れ気味だが、ギノアの言動は余裕が垣間見える。
「アンタ死霊術師《リッチ》だろ、死人が病気になるかよ」
 言いつつ、辰巳は考える。
 程度の差はあれ、分霊は基本的に本体と常に繋がっている。そしてこの性能から鑑みるに、この分霊は本体と相当に深く繋がっている筈。
 今のうちにこれを確保して色々と調べれば、この一件を終わらせ、引いては風葉《かざは》に危険が及ぶ事も無くなる――。
「――。いや、何考えてんだ俺は」
 首を振る辰巳。
 ギノアが言っていたでは無いか。狙いは辰巳だ、と。
「……ん?」
 だが、だとしたら。
 巌《いわお》を筆頭として誰にも分からず、他にも色々と問題が重なっていたため、今の今まで保留にしていた疑問が、不意に鎌首をもたげた。
「一つ聞かせろ。どうして霧……いや、日乃栄の女子生徒にフェンリルが憑いたんだ」
「フェンリル……? ああ、あの娘さんですか。きっと保有霊力が大きかったせいで、引き寄せられたんでしょうねぇ」
 ギノアが口走ったのは、ファントム・ユニット内でも上げられた仮定の一つだ。常に放出され続けているのが一般人の霊力であるとは言え、当然ながらその量は個人によってムラがある。
 恐らく風葉はそれなりに霊力が留まる体質、世間一般で言う『霊感がある』『ちょっとするどい』と言ったクチだったのだろう。
「まぁ、助かりましたよ。予期せぬトラブルだったとはいえ、あんな危険なモノを凪守《なぎもり》が遠ざけてくれたんですからねぇ」
「なに?」
 それは、どういう意味だ。
 そんな疑問を差し挟む暇も無く、唐突に空が輝いた。
 見上げれば、そこにあったのはひたすらに巨大な術式の円陣。これこそレイキャビクにいた協力者の一人、グレン・レイドウが独自に開いた転移術式なのだが、今の辰巳にそれが分かるはずはない。
 唯一察せるのは、記憶のどこを掘り返しても、あの術式と似通った物すら見当たらないと言う事のみだ。
「……な」
 呆然と見上げる辰巳の眼前で、グレンの転移術式を潜りながら、二つのものが姿を現す。
 一つは、死霊術師ギノア・フリードマン。今まさに辰巳の足下で消滅している分霊とは違う。レイキャビクの自室で機を伺っていた本人が、遂に動き出したのだ。
 そしてもう一つは、その自室に刻まれていた奇妙な術式、そのものだ。
 ギノアの足場も兼ねている、アパートの壁や床から空中へと軌跡を移した光の紋様。脈動めいた輝きをみせる白色の異様な術式は、全体の形状を見れば大きな×印にも見えた。
 それぞれ東西南北を指している×印の先端は、軛を外された獣のごとく一直線に伸びていく。
 日乃栄高校の敷地を軽々と飛び越え、拡大を続ける白色の術式。
 その光景自体の意味は分からなくとも、放置する理由が無い事だけは考えるまでもない。
「セット! ハンドガン!」
『Roger Handgun etherealize』
 数秒の間すらもどかしく、辰巳は組み上がる前に照準をギノアへと合わせる。
 そのまま引き金を引く――よりも先に、ギノアが辰巳を見下ろした。
「言ったはずですよファントム4。貴方を殺すと」
 無感情な、無感動な、ごく当たり前に下される死刑宣告。
 挨拶のようにさりげないつぶやきに、だからこそ辰巳は虚を突かれて。
 その隙を突き、ギノアは夢を成す最初の一歩を踏み出す。
「開け――」
 本格的な駆動を開始した×字の術式が、一瞬で白から赤に塗り変わる。
 数秒間すら待ちきれないその赤が、じわり空中へ染みだしたのを辰巳は見た。
「――Rフィールドッ!」
 かくして、ギノアは術式を解き放つ。
 直後、世界は、赤色に塗り変わった。

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【神影鎧装レツオウガ 用語解説】
霊力武装

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