06_冥王18_ヘッダ

神影鎧装レツオウガ 第六十九話

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Chapter09 楽園 06


「あーあー」
 一面を塗り潰す薄墨色に、巌《いわお》は盛大な溜息をついた。
 予想以上に早く向こうが馬脚を現したから、というのはある。
 現状が向こうの思惑通りに進んでいるから、というのもある。
 だが今は、焼肉がが幻燈結界《げんとうけっかい》の向こうへ行ってしまったのが何より痛い。
 巌はまだ食べていなかったのだ。
「参っちゃったなぁー、っと」
 ビーチチェアに寝ころんだまま、巌は周囲を見回す。
「GIGI、GIGIGI……」
 逆さまの視界に映り込むのは、ずらりと並ぶ竜牙兵《ドラゴントゥースウォリアー》の大所帯。しかも得物は剣でも槍でもなく、アサルトライフルに似た霊力武装だ。
 対するこちらは全員丸腰の上、服装は普段着ないし水着といった有様。このままでは勝負にすらなるまい。
「困ったもんだーねー、っと」
 勢いよく上体を起こす巌。途端、右の竜牙兵の何体かが照準を合わせる。予想通りの反応。
 そんな竜牙兵達の動きを知っているのか、いないのか。薄墨の向こう側、サラの唇が動いた。
 その唇を、巌は読み取る。読唇術。かつて転写術式で得た技能。
 一言、二言。それからクスクス笑いながら、サラはペネロペを抱え上げる。それからグレンに『そっちも抜からないでくださいよ?』と言った後、すたすたと歩いて行った。
「あのムスメ、なんと言っとったんじゃ?」
 サラの背中を睨む雷蔵《らいぞう》。その横顔を見ながら、巌は立ち上がる。
「引っ越しの準備中だから忙しい、だってさー。てか、なんか機嫌悪そうだね雷蔵」
「そりゃそうじゃろ、結局あのムスメだけ肉食いたい放題じゃったからな」
 視線を下ろす雷蔵。見据えるのは、薄墨の向こうに行ってしまったクーラーボックス。
「なんだ、雷蔵も食いたかったのかい」
「まぁの。しかしあのムスメ、もう一人のムスメともなんか喋っとったの」
「ペネロペ嬢だねー。眠くて動きたくないんだってさー」
「あんだけ寝とったのにか?」
「らしいねー。けどまあ、そんな事よりも、だ」
 反対側、グレンの方を見やる巌と雷蔵。
 直後、竜牙兵達がにじり寄る。輪を狭める。これ見よがしに、引き金へ指をかける。
 押され、集まってくる仲間達の背中。その向こう側で、グレンはバイザーを元に戻した。右腕装甲も閉じる。
「……しっかし、妙な事ばっかりしてるなー彼」
 思い返す。グレンの行動はつくづく腑に落ちない。
 突然の乱入に始まり、一方的な攻撃、挑発、情報開示。それに辰巳《たつみ》はまんまと釣られてしまった訳だが、まぁまだ心配はあるまい。
「しかしまぁ、あの程度で動揺するとは辰巳もまだまだ脇が甘いな、帰ったら改めて鍛え直しだ」
 今度は冥《メイ》がぼやく。偶然耳にした何人かが背中を振るわせ、更に後退る。同時に竜牙兵達も一歩進む。
「GIGIGIGI……」
 更に狭まる包囲網。見据えながら、巌は考える。グレン、サラ、ペネロペ。引いてはグロリアス・グローリィ。彼等の目的は何か。
 辰巳をさらいに来た? 間違ってはいまい。だが多分、それは手段の一つに過ぎない。
 彼等は今、時間を稼ぎたいのだ。今し方サラが言っていた、『引っ越し』とやらを行うための。
 この幻燈結界と禍《まがつ》の群れは、時間稼ぎのおもてなしというわけだ。
 では、このおもてなしをご破算にする事は可能だろうか。
 答えはイエスだ。皆リストデバイスはつけている。鎧装展開してしまえば、この程度鎧袖一触に出来る。
 だが、その鎧袖一触にどれだけの時間がかかる?
 五分か、三分か、一分か。どの程度にせよ、今居る竜牙兵だけで終わりと言う事は、まずあるまい。
 十中八九、倒した分だけ湧いて来る。それをかまけている隙に大鎧装を鹵獲されたり、辰巳の救援が遅れたりしたら、目も当てられない。
 以上を踏まえて、巌は結論を出す。
「OK。皆さん、取りあえずここからお暇させて頂きましょう」
 まずは安全圏への後退。速やかに、可能な限り向こうの裏をかいた形の。
 その為の布石を、巌は既に用意していた。
 利英《りえい》と、何より風葉《かざは》に。
「ファントム5」
「……え。あ、はい」
 のろのろと振り向く風葉。未だ動揺しているその顔へ、巌は努めてリストデバイスを向ける。
「封鎖術式、解除」
 迸る霊力光。リストデバイスから放たれた光線――封鎖術式の解除シグナルが、風葉の眉間を射貫く。
「え」
 がく、と揺れる風葉の頭。銀髪が振り乱れ、くずおれた両膝が砂を突く。だが倒れはしない。膝立ち姿勢で硬直する。
 この瞬間、風葉は思い出した。砂浜で寝ぼけていたあの時、夢うつつの意識で見た術式陣の蓋――もとい、封鎖術式が解除された事によって。モーリシャスへ渡る前日、敵をギリギリまで攪乱するために封鎖された、奇策の内容を。
 既に知っている情報のため、確認時間は転写術式より更に短い一刹那。そうして風葉はバネ仕掛けの如く立ち上がると、勢いよく利英を見た。
「あのっ、酒月《さかづき》さん!」
「ふほほ、分かってマスドライバー! いわゆるひとつのプランBですな!」
 ベーゴマのような勢いで高速回転した後、利英はぴしりと地面を指差す。テンションこそ今まで通りだが、目つきだけは真剣そのものだ。
「ボクの完璧な演技で敷設は既に完了済みSA! YOU遠慮無くやっちゃいなヨ!」
「了、解っ!」
 利英の奇行と、またもや唐突に膝を突く風葉。二人の奇妙な行動に、竜牙兵の群れは少し首を捻る。
 困惑。その隙に風葉は、今度は両手で地面に触れた。
「――あった」
 即座に探し当てる風葉。ペネロペ越しの先程は気付かなかった、ごく微細な霊力の流れ。利英によって敷設され、待機状態にある術式の存在が、手に取るようにわかる。
「は、あっ!」
 それに、風葉は霊力を流し込む。それもレツオウガの起動に匹敵するくらい、膨大な霊力を。装備無しでも莫大な霊力を保持している、禍憑きだからこそ行える速攻起動。
「GI、GI!?」「な、なんだ!?」「何をしたんだファントム5!?」
 竜牙兵共々動揺する隊員達だが、風葉は霊力放出を止めない。むしろ増量する。心中の動揺を吐き出すかのように。
 そんな大量の霊力を余す事無く受け止めて、術式陣は浮かび上がる。竜牙兵に追い立てられた隊員達を、丁度すっぽりと囲むように。
「これは……転移術式なのか!?」「ウソだろ!? 一体いつの間に!?」「てか、こういうのは天来号とかに据え付けてあるモンじゃないのか?」
 騒ぎ立てる仲間達。その動揺すら飲み込むかのように、転移術式はファントム・ユニット一行をどこかへ転移させた。
 かくて標的は全て消え、名残である霊力光すら霧散する。
「GI……?」
 気付けば一発の引き金すら引けなかった竜牙兵達は、ただ首を傾げる角度を深めた。

 モーリシャス島の地下某所、レイト・ライト社が所有する第三番多目的格納庫。
 演習の準備用として割り当てられたこの場所に、ファントム・ユニット一行は転移を完了した。
 役目を終え、消えていく霊力光。だがそれが晴れるよりも先に、一行は周囲をクリアリングする。
 だが見えるのは灰色の壁や、備え付けの機材や、持ち込んだ荷物ばかりだ。禍どころか霊力のゆらぎすら見当たらないし、オウガローダーを含む三機の大鎧装、及びレックウも変わった所はない。
「……取りあえず、ここは安全そう、だねー」
 息をつき、手近なコンテナへ腰を下ろす巌。その隣で、利英は腕を組みながらふんぞり返った。
「ハハハ当然だよEIGOで言うところのTOUZENだよ! 何せ僕がクラッキングしてそこな隔壁を閉じたんだからね! ギンギラギンにさりげない手付きで! サラ君達と砂浜へ出て行った五分後に作動するように!」
「あぁそうなんだ」
 利英の指差す向こう、連絡通路への扉が合った場所。
 確かにそこには、既に分厚い隔壁が降りている。更には側面のコントロールパネルが火花を散らしてもいる。
「素晴らしいさりげなさだねぇー」
 どうあれ、しばらくは安全だろう。
 なので巌は、現状で最も心配な仲間に声をかけた。
「それにしても大丈夫かい、霧宮《きりみや》くん」
「え、あ。実は、あんまり」
 皆が立っている中で、風葉だけは唯一床に手を突いたままへたり込んでいる。やはりまだショックを拭いきれないか。
「風葉……」
 気遣うマリアがしゃがみ込み、肩へ手を置いた。一瞬、細い肩が震える。だが拒む気配はない。
 取りあえず、今はマリアに任せておこう――そう巌が結論づけると同時に、雷蔵が口を開いた。
「のう酒月、あの転移術式は、ギノアの騒ぎの時にオヌシが勝手に造っとったヤツか?」
「ヒヒヒーッそのとおりでヤンスともさ! 本体の装置はがんばってナントカ小型化出来たから、オウガローダーの追加装甲に偽装して持ってきたんだよねェーッ!」
 並んだ三機の一番右端、オウガローダーを示す利英の指。脚部に変形するコンテナの側面には、成程確かに増加装甲らしき物体が霊力光を走らせていた。更にはケーブルもどこかへ伸びている。
「なるほどのう。しかしあれは、あくまで既存の転移術式の中継器じゃろう? いくら何でもここから天来号はちと遠いんじゃないかの?」
「HAHAHAそのへんもノゥプロブレムさ! そもそもなんでコントロールパネルが火を噴いてたり、ケーブルが伸びてたりしてると思ってるんだね雷蔵クン!」
「……なんじゃい、まさかそこまでクラッキングしたのか?」
「そうですとも! いやあ実にセクシィだったよレイト・ライト社の術式の構成わ!」
「うわあ」「そういう事するから怒ったんじゃえねの向こうさんは」「うんうん」「というか、一体いつ砂浜に術式を設置したんだ?」
「HUHUHUのHU! サスガのチミタチも分からなかったやうだね! ビーチで騒いでいたあのトキ! キミ達を追いかけているドサクサに紛れて! この僕がこっそりねっぷり術式を接地していた驚きの事実に!」
「え、マジ?」「あれそういう意味があったのかよ」
「SOU! じつはそういう段取りだったのさ! いくらなんでも敵地のド真ん中で、僕がただ無目的にはしゃぎ回るだけだと思っていたのカネ?」
「うん」「はい」「思ってた」「むしろそれ以外の何なのかと」
「チックショー! 予想してた反応の通りだけどもっ、実際に聞かされるとヒジョーにチビスィー!」
 ほぼ全員に即答を返され、頭をかきむしる利英。
 てかてかと照明が反射し、眩しさに巌は目を逸らす。と、その鼻先に湯気の立つお茶が差し出された。保温ポットごと雷蔵が持って来ていたのだ。
「すまんのう紙コップで」
「いやー構わないよ。丁度欲しいと思ってたとこさー」
 熱い一杯を傾けながら、巌は考える。
 何故、こんな状況になったのか。
 どうしてグロリアス・グローリィは、こんな強硬手段に出たのか。
「……ちぃと見通しが甘かった、てぇのが最初の躓きかなー」
 確かに巌は未来を予知する術式を、先見術式を知っている。だがグロリアス・グローリィが所有しているそれは、どうやら凪守《なぎもり》のものを上回る性能を持っているようだ。
「その辺はまぁ、無理もない、か」
 金銭、霊力、厳重な秘匿。しがらみが多すぎる凪守と違って、グロリアス・グローリィはザイード・ギャリガンのワンマン経営である。こちらの想定以上にフットワークが軽かったとしても、なんら不思議は無い。
 だが、だとすれば。ギャリガンは果たして、こちらの動きをどこまで予知しているのか。
 ひょっとすると格納庫に退避する事を、あちらは予測していたのだろうか?
 封鎖術式を用いた攪乱は、結局無意味だったのか?
「――その可能性は低い、と思いたいなー」
 もしそこまで予知しているなら、利英が離席した時点で大鎧装へ何かちょっかいをかけている筈。
 だが現状、その様子は無い。もしそんな物があったなら、既に利英が見つけている筈だ。あれでも一応天才なのだから。
「あるいは、わざと泳がせてるのかなー」
 予知した未来の光景の中に、ファントム・ユニットが大鎧装で反撃する一部始終があった。そう仮定すれば、この警備の薄さにも説明はつく。覆せない未来なら、いっそ放っておくのが利口というものだ。
「けど、だとしても……」
 今この瞬間、グロリアス・グローリィが本拠地を移そうとしている事は間違いない。その為の時間を稼ごうとしている事も間違いない。
 足止めの竜牙兵の出現や、辰巳がさらわれた事がそれを裏付けてくれる。
 そして巌達は今し方、その竜牙兵どもを、丸ごと無視して来た。向こうが想定していただろう足止め時間を、ごっそり無視したのだ。
 今この瞬間は、少なくとも好機である。巌はそう判断する。
「酷いねじ込み加減だけどねぇ。さて、ごっそさん」
 空の紙コップを置いた後、巌はコンテナの上へ立ち上がった。微妙に変わった表情を察し、雷蔵はエプロンを外して畳む。
「どうするか、決まったようじゃな?」
「ああ。皆、聞いてくれ」
 静かな、しかし良く通る声が格納庫に響く。ざわめいていた隊員達が、一斉に口を閉じて巌を向いた。
 現状この部隊全体の指揮も受け持っている巌は、皆の顔を見回した後、告げる。
「我々凪守及びBBB《ビースリー》混成部隊は、これから三つの班に分かれる。ファントム4の救出班、グロリアス・グローリィ本社への強襲班、そして待機班。この三つだ。内訳は――」
 説明を続けながら、巌は風葉をちらりと見る。皆がこちらを見ている中、やはり風葉だけはまだへたり込んだままだ。
 何とか立ち直って欲しいものだが――残念ながら、今はカウンセリングにかまけている時間は無い。
 巌は編成を進めていく。粛々と、努めて合理的に。
 その知性と直感は、成程確かに並々ならぬものがある。
 だが、だからこそ、さしもの巌も読み切れなかったのだ。
 グレンの攻撃に端を発する、グロリアス・グローリィの強襲。その真の目的が、今まさにへたり込んでいる霧宮風葉――ファントム5へ、揺さぶりをかける為だった事を。
 たった一人の小娘を、動揺させる為だった事を。

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【神影鎧装レツオウガ 用語解説】
封鎖術式

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