09_楽園05_ヘッダ

神影鎧装レツオウガ 第六十八話

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Chapter09 楽園 05


 辰巳《たつみ》は、絶句した。
「……」
 言葉が出ない。どうしようもなく、グレンの顔に釘付けられてしまう。
 無理もない。色以外、自分とまったく同じ形をした顔が、いきなり現れたとあらば。


 ――想定した事がなかった、と言えば嘘になる。
 二年前。五辻辰巳《いつつじたつみ》を保護したその日から、凪守《なぎもり》はその素性を掴むべく、八方手を尽くしてきた。
 国籍調査、捜索願い、DNA判定。果ては流言に至るまで、あらゆる情報を調べに調べた。
 結果、全て空振り。どんな方面から手を尽くせど、辰巳の素性は分からずじまいであり。
 必然、明言こそなかったが、誰もが薄々ある推論を出していた。辰巳本人でさえも、だ。
 そして、今日この時。
 証明されてしまった推論を、辰巳は呟いた。
「クローン、だってのか。俺は。俺達、は」
 僅かに、辰巳の拳が緩む。どんな鉄火場であれ、決して崩れなかった鉄拳が。
「そういうこった。察しが良くて助かるぜ? キョーダイ」
 対照的に、グレンは笑った。ロックを外され、跳ね上げられたバイザー。その下からほんの少しの自嘲と、ぎらぎらした敵意が辰巳を射貫く。
 それが何を意味するのか、今は分からない。
 だが少なくとも、その強烈な敵意に立ち向かわなければならない事は、確かな事実。
 ならば。
「す、ぅ、う」
 強いて、辰巳は呼吸を深めた。
 驚いている。動揺している。思考はうまくまとまらない。
 だが。
「は、あ、あ、ッ!」
 だが。だからといって、そんな事で拳を解く訳にはいかない――!
「フン!」
 腹の底。吐き出した呼気と共に、辰巳は構えなおす。拳を握る。強く。動揺を握り潰す。
 その様子に、冥《メイ》は、小さく笑った。
「ほぉー? 以外と冷静だなキョーダイ。ま、そうでないと困るんだが」
 グレンもまた拳を構える。怒りが、ぎりりと軋みを上げる。
 激情。仮面越しですら見えていたそれを、より一層剥き出しにするような構え。
「やれやれ。盛り上がるのは結構だが、僕には挨拶も無しか?」
 横合いから鼻を鳴らす冥だが、当然グレンは取り合わない。
 無論、冥の方も期待はしていない。構わず続ける。
「にしても驚いたぞレイドウ、まさかそんなオトコマエな顔だったとは」
「っていうか、冥くん、知り合いだったんだ?」
「ああ、風葉《かざは》は知らなかったか。前にちょいと遊んだ事があってね……しかし、オマエは一体何なんだ? 何がしたい? スイカ割りの飛び入り参加か?」
「ンなワケあるか。まぁ面白そうだけどよ」
 視線を動かさぬまま、グレンは答える。半歩、右に踏み出す。
「だがまぁ、アンタの弟子よりハイスコア叩き出せる自信はあるぜ?」
「ほぉ。大きく出るじゃないか」
 僅かに眉をひそめ、辰巳は答える。答えながら、半歩右に踏み出す。
 右へ、右へ、右へ。踏み出し続ける辰巳とグレン。互いの隙を探る。時計の針のように、ぐるぐると。
 砂が鳴る。闘気が張り詰める。誰かが唾を飲む音が、やたらと大きく響く。
 気がつけば、立ち位置が入れ替わっている。グレンの背後、ざぁんと砕ける波。同時に跳ね上がっていた仮面の内側へ、立体映像モニタが灯る。
『準備完了 今から起動する』
 二センチ四方の小さな窓に浮かんだのは、ごく簡潔な文章。
 グレンの笑みが、更に深まった。
「こっちも色々用事があってよ、さっさとケリつけたいのは山々なんだが……ま、さしあたってはアレだな」
 さりげなく視線を辰巳へ戻しつつ、グレンは指差す。背後、水平線の向こう。風葉を筆頭に、外野の視線が幾つか動く。
 広がるのは、相変わらず宝石のように美しいモーリシャスの海。
 その、只中へ。
 突如、霊力光が噴出した。
「な、なんかひかったっ!?」
 凪守へ関わるようになった大分経つが、それでも声を上げてしまう風葉。それくらい巨大な光のドームが、水平線の上に突然現われたのだ。
 そして、即座にかき消えた。鎧装と同様、精製に伴う余剰光なのだから、当然ではあるのだが。
 どうあれ光を割って現われたのは、石油採掘プラットフォームからクレーン等の機器を全て取り除いたような、巨大でのっぺりとしたフィールドであった。
 相当離れている筈なのに、真っ平らである事が一目で分かる。それくらいに何も無い正方形を支えているのは、恐ろしく巨大な四本の柱。
 思わず、風葉は目をしばたく。
「でっかい、テーブル?」
 その例えは非常に的確だ。そしてこの巨大テーブルこそ、凪守自衛隊出向部とBBB《ビースリー》が合同演習をする予定だった霊力《エーテル》の演習場――Eフィールドなのだ。
 まるで、グレンと示し合わせたかのような出現。辰巳は目を細める。
「……俺達の使う予定が入ってた演習場だな。アレがどうしたって?」
「別に大した事じゃねえよ。アレの準備が終わるまで、キョーダイの実力を軽く見ときたかったのさ」
「へぇ。まるで関係者のような口振りだな」
「当然だろ? あれに霊力を流した濾過術式は、さっきまでオレが制御してたんだからな」
「へ、ぇ」
 辰巳の目が更に細まる。周囲でざわりと動揺が走る。
 さもあらん。グレンはレイト・ライト社と自身の、引いては怪盗魔術師とグロリアス・グローリィとの繋がりを、自ら暴露したのだ。
 唐突に確定した疑惑。一気に輪郭を露わにした、一連の事件の黒幕。
 その驚きは、握り直した辰巳の拳すら、少なからず振るわせてしまい。
「だからもうちょい見せて……貰う、ぜッ!」
 この瞬間、グレンは一足飛びに間合いを詰めた。
 放たれるは正拳突き。愚直なまでにまっすぐな一撃は、しかし稲妻のような速度を伴っており。
「っ!」
 突き刺さる直前、辰巳は辛うじてブロックする。
 十字に組んだ腕。その芯が、みしみしと軋む。凄まじい衝撃。辰巳の身体を後退する。轍のような足跡が刻まれる。
「ぐ、」
 揺れる真芯。噛み締める歯。隙間から漏れる呼気。ほんの一瞬、辰巳の軸が鈍る。
 ほんの一秒。生じた間隙へ、グレンは更なる連撃を叩き込む。
「ガ、ァ、アアアッ!」
 ケダモノの如き咆哮。その荒々しさに違わぬ速度の打突が襲いかかる。
 手刀、前蹴り、肘打ち、裏拳、アッパーカット。それらをどうにか捌きながら、辰巳は反撃の糸口を探る。
「こ、の――っ」
 嵐は止まない。カカト落とし、拳打、拳打、拳打、フェイント、足払い、回し蹴り――この回し蹴りに、辰巳は活路を見出した。
「ナ、メ」
 バックステップで距離を取る辰巳。鼻の数ミリ手前、横切っていくグレンの蹴撃。足裏にこびりついた砂粒を睨みながら、グレンは改めて拳を握る。
「る、なっ!」
 着地。衝撃吸収の屈伸、を辰巳は更に大きく屈める。全身をバネとする基点として。
「シイィ――」
 かくて解き放たれるは、連撃の隙を突いた渾身の飛び込み突きだ。
 反撃開始と、何より今しがたガードしたグレンの正拳への意趣返し。二つを兼ねたその一撃は、しかし悪手であった。
「――ッ!?」
 飛び込む足が地面を離れた、直後。グレンの顔が、今まで以上の喜色で歪んでいる事に、辰巳は気付く。待ってたぜ、と言わんばかり。
 誘われた。反射的に身をよじる。だがもう遅い。グレンの頭上、バイザー内側へ浮かんでいたモニタへ『フォースアームシステム 急速展開』の文字が灯る。事前に登録していたコマンドを実行したのだ。
 急速展開の言葉通り、電子音声も無く投射される霊力の光。グレンの右手首、辰巳と同型の装置から投射された霊力は、コンマ数秒で像を結んだ。
 グレンの背丈と、ほぼ同じ大きさの術式陣を。
 その術式陣を、辰巳は知っていた。
 頭上。今し方グレンが潜って来た転移術式のそれと、まったく同じ図形だったのだ。
 大きさこそ違えど、その機能は当然同じものであり。
 しまった、と思った時にはもう遅い。飛び込み突きの勢いのまま、辰巳は転移術式の向こうへと吸い込まれて消えた。
「一名サマご案内、ってなぁ」
 即座に転移術式を消去したグレンは、歯を剥き出しにした笑顔で周囲を一瞥する。
「なっ、てっ、テメエ!」「ファントム4をどこにやっ「い、五辻くん! 五辻くんをどこやったの!?」
 激昂する仲間達。特に風葉は周りの男共が気圧される勢いで叫んだ。
「どこにやった、てか」
 対するグレンは、嫌みったらしいくらいゆっくりと右腕に手をかける。辰巳のものと良く似た腕時計型デバイス、そのやや下側を開く。何かの操作をする。
 がこん。前腕部装甲が展開、圧縮空気が排出。スリットから覗くコネクタから察するに、何かが入っていたのだろうか。
 でも、何が――と眉をひそめた風葉の背中を、ぞわりと悪寒が撫でる。おかしい、と直感が叫ぶ。
 グレン・レイドウ。辰巳と瓜二つの顔立ち、辰巳のものと同型らしき機械義手、そして辰巳へ向けた激しい憎しみを持つ男。
 そんなグレンがあからさまに辰巳をさらったとあれば、成程イヤでも目を引くだろう。
 更にはあまつさえ、己の腕部ギミックを披露してすらいる。
 これ見よがしに、見せつけるように。
「でも、なんか、それって」
 いくら何でも、不自然じゃなかろうか。自分に、あえて視線を集めようとしてるんじゃないのか。
 だが、何から? 何を? 何の目的で?
「、あ」
 愕然と、風葉は思い出した。
 今、この場には。
 利英《りえい》がうっかり連れて来てしまったグロリアス・グローリィの関係者が、二人も居るでは無いか。
「サラ――違う、ペネロペッ!」
 背中を刺す冷気と、魔狼《フェンリル》がもたらす直感。二つに導かれるまま、風葉は振り向いた。
 果たして、そこには銃口があった。
 霊力武装であろうその拳銃を握るのは、この瞬間まで寝ていた表情を隠そうともしないペネロペ。ビーチチェアへ気だるく寝そべりながら、しかし風葉へ正確に照星を向けている。
「あ、」
 危ない。そう口が発音するよりも、身体の反射が先んじた。
 半歩、左へ踏み込む風葉。コンマ二秒後、頭があった場所を銃弾が通り過ぎた。
 劈く銃声を引きずりながら、まっすぐに飛んで行く霊力の弾丸。水飴のようにゆっくりとしたその一部始終を、風葉はまじまじと見た。
 凍り付いた世界。三昧《ざんまい》の境地とも呼ばれる、達人達の視界。それを風葉が知覚出来ているのは、やはりフェンリルの影響によるものだ。
 更に深さを増したフェンリルの憑依が、先程の冷気感知ともども、このような状態を引き起こしたのだ。
 だから、風葉には見える。トリガーを引き絞る、ペネロペの指が。マズルフラッシュと共に、銃弾が吐き出される瞬間までもが。
 当たるつもりは無い。あからさまに見え過ぎている。虫を潰すより簡単な回避。
 さりとて、逃げに専念するつもりもない。状況が逼迫している以上、即座に黙らせる必要がある。辰巳の行方も知れないし。
 だから、その為には。
 フェンリル《わたし》を縛っている、枷が邪魔だ。
 故に。
 風葉はやや身を屈めながら、僅かに首を傾ける。
 風葉の頭上、文字通り間一髪の距離を通過する、二発目の銃弾。
 それは衝撃は風葉の柔らかい髪を踊らせ、ポニーテールを結わえていた革紐を――グレイプニル・レプリカを掠めた。
 ぶち、という音が聞こえるより先に、風葉は大きく首を回す。連獅子の如く振り乱れる長髪が、革紐を吹き飛ばしながら色を変える。
「なっ、なんだ銃声!?」「かっ、風葉!?」「誰だ撃ったのは!」「おいまさか――」
 灰銀。魔性の色に染まる髪を振り乱す風葉は、周囲のどよめきの一切を吹き飛ばした。
「ア、ア、アァァッ!」
 ソニック・シャウト。音の形を借りた霊力衝撃波は、ペネロペが既に撃ち出していた三、四、五発目と衝突。相殺の炸裂によって砂が爆ぜ、パラソルが倒れる。だがペネロペの銃口と双眸だけは、微動だにしない。
「それだけは――」
 口端を吊り上げながら、風葉は右の五指をまっすぐ揃える。
 手刀。その先端に、うっすらと霊力光が灯った。爪のように。
「――大した、ものねッ!」
 風葉は跳んだ、恐ろしく俊敏に。ぎらぎらと金色に輝く双眸で、獲物を睨み据えながら。
「う、わはぁ」
 驚いたのか、それともあくびをし損ねたのか。この期に及んで眠そうなペネロペは、それでも精密に引き金を引いた。
 狙い違わぬ六発目を、風葉はしかし僅かに首を傾げるだけで回避。
 ならば七発目を――と引き金が引かれるよりも先に、風葉はビーチチェアの脇に着地した。
 そして、霊力に輝く爪を、まっすぐに突き下ろした。
 ペネロペの胸へ、心臓がある位置へ、一瞬の躊躇も無く。
「かっ、風葉!?」
 目を剥くマリア。その驚愕に先んじて、勢い余った風葉の爪が、モーリシャスの砂を抉る。
 それだけだ。
 血は出ない。ペネロペは表情を変えない。ビーチチェアも砕けない。
 辺りを覆い尽くす薄墨色の帳が、風葉の一撃よりも更に先んじたからだ。
 二度、三度。風葉は目をしばたく。瞳の金色が、徐々に輝きを失っていく。
「幻燈、結界」
 腹の底。わだかまっていた熱を吐き出すように、風葉は呻く。双眸は元に戻っている。
 そのまま、風葉はへたりこんだ。がくりと、糸の切れた人形のように。
 薄墨の向こうではサラがペネロペを抱え上げたりしていたが、今の風葉にはそんな事を気にする余裕が無い。
「わたし、は」
 右手を持ち上げる。霊力光なぞ既に失せた手のひらを、じっと見下ろす。
 今、何をした? 何を、しようとした?
 決まっている。敵を殺そうとした。人を、殺そうとしたのだ。至極当然に、迷う事無く。
「う、ぁ」
 今更ながら、風葉は身体をかき抱いた。爪が、腕に食い込んだ。
 怖い。そういう判断をした自分が。当然の判断だったと、どこかで納得している自分自身が。
「なん、で」
 ほとんど嗚咽するような風葉に、冷め切った自分がどこかでつぶやく。
 今更何を驚いているんだ、と。
 レックウのハンドルを握ったあの日から、似たような事は散々してきたじゃあないか、と。
「で、も……!」
 それでも。
 初めて。本気で。同じ人間を殺しかけたその事実に。
 成り行きで背負ってしまった、ファントム5という名前の重さに。
 風葉は、おしつぶされそうだった。
 ――これもまた、フェンリルの憑依が進行した影響だ。風葉の人格が、獣の本能に少しずつ蝕まれ始めている証左なのだ。
 そして現状、風葉を心配してくれる仲間は、残念ながら一人も居ない。
 なぜならば。風葉達がいる砂浜へ、凄まじい数の竜牙兵《ドラゴントゥースウォリアー》が現われたからである。

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【神影鎧装レツオウガ 用語解説】
Eフィールド

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