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神影鎧装レツオウガ 第百二十六話

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Chapter14 隠密 01


 ――時間は巻戻り、グレンが烈荒《レッコウ》へ乗り込もうと息巻いていた頃。
「良いでしょう、好きにさせてやりなさい。設営にフォースアームシステムが必要な段階は、もう過ぎたからね」
 ギャリガンの一存により、フォースアームシステムの拡大装置へ繋がれていた烈荒のロックが外される。一瞬動きを止めるグレンだが、しかしすぐに意図を読み取る。天井間際の監視カメラへサムズアップを翳す。
「あんがとよ、社長!」
 勢いよくコクピットへ滑り込み、エンジンスタート。マフラーから吐き出される轟音と霊力光を感じながら、グレンは睨む。正面。隔壁が開く、開く、開く。手前から奥へ、次々と開いていく。照明も順に灯っていく。
 そして最後に外へ繋がるハッチが開き、四角く切り取られた光が入ってくる。
「行くぜェッ!」
 瞬間、グレンはアクセルを踏み込んだ。猛るホイール。轟く霊力光。さながら引き絞られた矢の如く、ほとんど吹き飛ぶような勢いで烈荒は走り出す。
「うおっ」
 そうして、外部ハッチをくぐり抜ける直前。
 烈荒は、光学迷彩装置で姿を隠した何者かとすれ違った。
 当然、グレンは気付かなかった。
「おーお、スゲー勢いだな」
 手でひさしを作り、思わずそのテールランプを追う侵入者。そんなのんきをしている間に、外部ハッチはゆっくりと閉まり始める。
「おっと」
 気を取り直して前を見れば、順々に閉まり始めた幾枚もの隔壁。烈荒の出撃が終わった以上、こうなるのはむしろ当然だ。
「うわヤベっ」
 侵入者は走る。結構な勢いだが足音はほとんど無い。当人の体術と、鎧装の使用によるあわせ技である。
 かくて侵入者は烈荒が格納されていたフォースアームシステム拡大装置の部屋へと侵入し、直後に隔壁が音を立てて閉まった。そのまま侵入者は壁際へと移動、監視カメラの死角でようやく一息つく。
「やれ、やれ」
「とりあえずは予定通り、ですね」
 ヘッドギアの内側、響くは侵入者をサポートしているオペレータの声。Rフィールド外部から、危険も顧みず協力してくれている人物に、内通者は呼びかけた。
「大した事ありませんよ。ファントム5が来るまでは、割とザラにありましたからね、こう言う状況。それよりそっちこそ大丈夫なんですか? ……シグルズソンさん」
「心配無いわ。今のところは、ね」
 にやり、と。
 内心の不安を押し殺しながら、名字を呼ばれたオペレータ――アリーナ・シグルズソンは応えた。ちらと左の立体映像モニタを見やれば、今もどたどたと走り回っている同僚達の姿が見える。まあ無理もない。何せ突如現われた未確認機が、Rフィールド内へ突撃していったのだから。
 すわオラクル・アルトナルソンなのか、だがセイバーウルフではなかったぞ、と言う訳で凪守《なぎもり》へ連絡してみたが繋がらない。
 やむなく月面から関係者が天来号《てんらいごう》へ向かってみれば、帯刀正義《たてわきまさよし》一佐率いる部隊が標的《ターゲット》Sに乗っ取られたセイバーウルフと交戦中。
 更に天来号内部でも標的S憑依者による蜂起で混乱に陥っており、凪守はほぼ麻痺状態。他の組織への連絡も選択肢の一つだが、それをすればアリーナとファントム・ユニットの繋がりが露見してしまう。まだ選ぶ事は出来無い。
「そう、心配無いわ。エッケザックス、BBB《ビースリー》、USC……どこの魔術組織からも支援は期待出来そうに無い、って程度ね」
「成程。なら確かに問題無いですね」
 飄々と切って捨てる侵入者。あっけらかんとしたその態度に、アリーナは少々虚を突かれた。
 知ってか知らずか、侵入者は小さく笑う。
「これもいつも通りですよ。ファントム・ユニット《ウチ》は鼻つまみなんで、孤立無援はむしろ落ち着くぐらいです」
 それは果たして本音か、あるいは強がりか。どうあれアリーナは舌を巻いた。
「……それよか、クラッキングの方は?」
「あ、うん。今終わったわ」
 アリーナが見やった別のモニタ内インジケータは、既に百パーセントになっている。侵入者と使っている通信回線を介したクラッキング、それによる監視カメラ等警備システムの制御率だ。
 スレイプニルの保安システムは今、この侵入者達の手に落ちたのである。
「第一段階はつつがなく完了、だな」
 侵入者は光学迷彩を解除。スマートかつつるりとした、どことなく忍者を思わせる造りの鎧装が露わとなる。その顔はフルフェイスタイプのバイザーに覆われて見えないが、どうやら一つ息をついたようだった。
 歩きつつ、侵入者は先程グレンが手を振った監視カメラをちらと見上げる。グレンの時と違い、そのレンズがこちらを追尾する様子は無い。
「内通者サマサマ、だな。普通じゃこんなスムーズにはまず行かない」
「そうなんですか……とはいえ、掌握した系統とは別の独立装置がある可能性も捨てきれません。くれぐれも慎重な行動を」
「ええ」
 こうした状況に慣れていないのだろう。心配性なオペレータに苦笑しつつ、侵入者はコンソール前に辿り着いた。傍らには、つい先程まで烈荒が収まっていたジョイントパーツ群。その一つの前にしゃがみ、手を翳す。
 左手。その手首に嵌まっている特徴的なリストデバイスから、霊力光が投射。そこへアリーナが入力した術式が通信を介し、コネクター部分へ食い込むように現出、固着。侵入者は感心した。
「見事な手並みですね。遠隔操作なのに」
「ま、コレの原型を造ったのは……というか、造らされたのは、私ですからね」
 苦笑しながらアリーナは今し方転送した術式を――炸裂術式を見やる。
 後年ヴォルテック・バスターへ応用される事にもなったその術式は、コネクターへ完全に接続している。そう簡単には外れまい。
「ホントに内通者サマサマ、だな」
 あの内通者が今更裏切る可能性なぞ、それこそゼロにも等しい。だがそれでもこうして情報の裏付けがされる度、彼の決意が改めて浮き彫りになると言うものだ。
「あるいは捨て鉢加減が、か」
「? 何です?」
「……ただの独り言ですよ。それより、ナビお願いします」
「ええ、勿論」
 ちらりと、アリーナはまた別の立体映像モニタを見やる。写り込むのは、内通者から提供されたスレイプニルの内部構造データであった。
「ほぼ提供データ通りの造りですが、やはりセキュリティに更新された区画がありますね。完全掌握にはなっていません」
「ま、そこまで上手くはいかないですよね。迂回を?」
「ええ、お願いします。とは言え、当面は道なりに――」
 アリーナが言い終わるよりも先に、侵入者は動き出す。
 頭に叩き込んだ情報。バイザー内側に映るマップ。アリーナのナビゲート。そして己の直感を複合し、足早に進んでいく。幸いにしてやるべき事、目指すべき場所は分かっている。
「一直線には……行けないですけどね」
「ま、いつもの事です」
 時に通気口を潜り、時に自動ドアをクラッキングし、侵入者は歩みを進める。道すがら、コンソール等へ先程の炸裂術式をセットするのも忘れない。内通者の情報はどこまでいっても正確で、アリーナの指示も的確。潜入は予想以上にスムーズに進んでいる。
「とはいえ……」
 世界最高レベルの未来予知術式こと、先見術式。それを操る力を持ったザイード・ギャリガンに、こんな小手先がどこまで通用するのか――そんな内通者の疑問を裏付けるように、それは現われた。
「せっかちな客人も居たものだな。玄関から入ってきてくれれば、きちんともてなしたのに」
 幾度目か潜った扉。まっすぐに延びる通路、その中央。
 特注の車椅子へ深々と沈み込んでいる、枯れ木のような老人。
 ザイード・ギャリガンが、そこに居た。
「なっ」
「――っ!」
 スピーカーの向こう、アリーナが絶句するのを聞きながら、侵入者は駆けだした。鎧装によって強化された身体能力は、数秒でトップスピードに到達。その速力のまま侵入者は斜め右へ跳躍、壁を、天井を、ボールのように跳ねる軌道で突貫。
「素晴らしい。目の覚めるような身体能力、そして判断力だ」
 こつん。ギャリガンの指が車椅子の肘掛けを小突く。車椅子から霊力線が延びる。床を、壁を這う幾本もの光は寄り集まり、ワイヤーフレームじみた骨組みを形成し、やがて現出する。
「GRAAAAAAAAAッ!」
 即ち、敵意を備えたトカゲ頭の禍《まがつ》、四体のリザードマンへと。
「だが、その程度の動きでフェイントに」
「なるなんて思っちゃいないさ」
 天井を蹴り、身を翻す侵入者。その手にはいつのまにか一挺の拳銃が握られている。
 霊力武装。自動拳銃《オートマティック》。その照星が捉えるのは、ギャリガンでもリザードマンでもない。
 後方。誰も居ない通路奥。だが侵入者は発砲。躊躇は無い。
 轟。
 撃ち出されるは弾丸、ではなく衝撃波。その凄まじさは通路全体を振るわせ、侵入者自身を砲弾じみて射出。
「ブースト、カートリッジ」
 関心しながら、ギャリガンは見た。予測以上の速度で間合いを詰めた侵入者が、リザードマン共の反応をかいくぐって肉薄するその様を。
 肉薄しながら踵部へ鎧装内蔵のブレードが、更に拳銃の逆手へ霊力武装のクナイが、それぞれ現われる一部始終を。
 そして。
「GR、」
 断ち、薙ぎ、払い、穿つ。流れるような四連撃が、リザードマン共へことごとく致命打を叩き込んでいく一部始終をも。
「素晴らしい」
 侵入者の斬撃は止まらない。流水じみた動きから生み出される遠心力を乗せられた右足刃は、当然のごとく次の軌道にザイード・ギャリガンを選んだ。
 禍という護衛を失ったギャリガンに、それを防ぐ手立ては微塵もあらず。
 ぞん。
 鈍くも軽い音を立てて、呆気なくギャリガンの首は飛んだ。
「えッ、あ……や、やった!? ザイード・ギャリガンを!?」
 アリーナの驚愕は、しかし侵入者の耳に入らない。消えていくリザードマン残骸を振り返る事も無く、侵入者はひた走る。銃を通常弾倉へ入れ替えつつ、扉を潜る。通路が続く。
 そして、その通路の先に。
「成程、成程。目の覚めるような身体能力だ。決断力も素晴らしい」
 またしても、ザイード・ギャリガンは居た。
「ぶ、分霊《ぶんれい》!? でも……?」
 アリーナが泡を食うのも無理はない。先程鎧装のセンサーが捉えたギャリガンの反応は、明らかに生身のそれだったからだ。
 反面、侵入者に動揺は無い。一秒たりとも加速を緩める事無く、拳銃の弾倉を通常のものへと交換。
「GGRRAAAAAAAAAッ!」
 直後、先程と同じ行程で生成されたリザードマン共が、今度こそ侵入者へ襲いかかった。
 数は同じく四。だが先程と違って間合いは十分。トカゲ頭はそれぞれ武器を構える。
 長剣を持った前衛が二体。アサルトライフルを持った後衛が二体。
「さてどうする?」
 銃声、銃声、銃声、銃声。ギャリガンが言い終えると同時に、侵入者の拳銃が火を噴いた。
 不安定な狙いのため、命中は三発。しかも腕や足などで致命打には至らず。だがそれで良し。リザードマン共の動きは一瞬鈍り、侵入者は機先を制した。
「しッ!」
 走りながら侵入者はクナイを投擲。その鋭い切っ先は、右手側リザードマンの胸部へ突き立つ。
「「GRRRAAAッ!?」」
 もんどりうって倒れる右前衛リザードマン、その隙に侵入者は左前衛との距離を詰め終えている。
「GRAAッ!」
 振るわれる斬撃。だが甘い。侵入者は僅かに身を翻す。刃は虚しく空を切る。
「はッ!」
 直後、振るわれるカウンター鉄拳。吹き飛ばされるリザードマン。
「GRAAAAAAAAAッ!」
 それに激昂したのか、後衛のリザードマン共がようやく引金を引いた。フルオートでバラ撒かれる弾幕、だが射線上に侵入者の姿は無い。
「ほほう?」
 ギャリガンが上げた視線の先、天井へ踵部ブレードを突き刺して、上下さかさまの体勢でしゃがみ込む侵入者の姿。それにリザードマン二匹が気付くよりも先に、侵入者は折り畳んだ膝の筋力を解放。自らを砲弾じみて射出ししがら、引金を二度引く。
 着地する侵入者。一拍置いて、残りのリザードマンは倒れた。眉間にはどちらも穴が空いていた。
「おお、素晴らしい」
 かくて護衛を全て失いながら、それでもギャリガンは侵入者を称えた。
 そして、その名を呼んだ。
「流石はファントム4、と言った手並みだな」
「……ま、お見通しだよな」
 言いつつ、侵入者はフェイスシールドを開く。
 口端を少し吊り上げた五辻辰巳《いつつじたつみ》の顔が、そこにあった。

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【神影鎧装レツオウガ メカニック解説】
グラディエーター・ジェネラル

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