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神影鎧装レツオウガ 第百二十七話

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Chapter14 隠密 02


「先見術式《せんけんじゅつしき》を起動した時、僕は何を体感すると思う?」
 射撃。
 脳天に弾丸を叩き込み、辰巳《たつみ》はギャリガンを黙らせた。血飛沫じみた霊力光を撒き散らす分霊《ぶんれい》に目もくれず、辰巳はアリーナへ通信を入れる。
「アリーナさん」
「ええ、最短経路ですね」
 此方の存在が露見した以上、隠密行動や破壊工作といった小細工の意味は、ほぼ消えた。
 故に、それらは全て省略。本命の目的へと着手する。
 響く足音にも構わず、辰巳は猛然と走り出す。
「まっすぐ進んで……そこの十字路を右です」
 鋭く曲がる辰巳。足下で散る鎧装の火花。長い通路。最奥に閉じた扉。傍らに赤いランプの電子パネル。辰巳は即座にハンドガンを構えた。撃ち壊す。
 だがその引金が引かれる直前、ランプは赤から緑へ。扉は音も無く口を開けた。アリーナのコメカミに汗が一筋伝う。
「これ、は」
 辰巳は止まらない。躊躇無く飛び込んだ先は、やはり長く続く似たような通路。照明は辰巳の居る側から順に点灯していき、やがて最奥まで照らされる。
「先見術式は僕に未来を見せてくれる。断片的な未来の光景を、ね」
 そこには、やはり居た。車椅子に座った老人。ザイード・ギャリガン、その分霊が。
 そしてその傍らには、先程同様にリザードマン共も控えており。
「GRAAAAAAAAAッ!」
「ち、」
 襲いかかるリザードマン、迎え撃つ辰巳。たちまち戦場と化した通路を、ギャリガンは微笑さえ浮かべて見守る。
「そう、分かっていたのさ、僕には。ファントム・ユニットの襲撃。グレンの独断専行。さっき撃たれた一部始終さえ、ね」
 吼え猛るリザードマン、振るわれる斬撃、迎え撃つ辰巳の鉄拳。それらが奏でる戦いの音色を、ギャリガンは噛み締める。
「見えた未来を変える事は難しい……いや、出来なくはないのさ。どれだけ精度が高かろうと、所詮それは予報に過ぎない。実際、昔はよくそうしたものさ」
 言いつつ、ギャリガンは車椅子のレバーを操作。車体が滑らかにスライドした直後、顔面を叩き潰されたリザードマンの残骸がそこへ落下する。
「だがある日、完全に覆すより都合良く利用する方が理に適っているんじゃないか、という事に気付いてねえ」
「そうかい」
 ごりり、と。
 辰巳はギャリガンの眉間へ銃口を突き付ける。少し長く息を吐く。
「ならこの状況も、その占いで分かってたか?」
 射撃。
 ギャリガンが答えを吐く前に、辰巳はギャリガンを黙らせた。噴出する霊力光は、つい先程までリザードマンだったものと混ざり合い、空調に吹かれて流れ去る。
 そうして散っていく煌めきを背に、辰巳は通路を進む。扉を潜る。
 そこは何かの管制目的と思しき、開けた部屋。固定された六台の大型コンソールが等間隔に並び、正面壁には一際大型のモニタが一枚。
 今は点灯していない、その画面の下に。
「勿論、分かっていたとも」
 ザイード・ギャリガンは、薄笑いを浮かべて佇んでいた。
「「GGGRRRAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!」」
 一拍遅れて周囲のコンソールから霊力光が放たれ、一台につき二匹のリザードマンが出現。雪崩を打って辰巳へ襲いかかる。
 打撃、斬撃、銃撃、悲鳴。たちまち室内を満たす戦いの音を聞きながら、ギャリガンは車椅子を小突く。背後の大型モニタが点灯。映りだしたのは、銃口を突き付けるファントム4――と、思しき人物だ。輪郭が妙に不明瞭なのだ。
「これがここ最近、僕が先見術式で視た未来の映像、その一部だ。手前味噌で恐縮だが、世界最高の未来予知術式は、近い将来何者かが侵入して僕に銃口を突き付ける光景を体感させたのさ」
「そうか、よッ!」
 最後の一匹を始末した後、辰巳は鋭く腕をしならせる。弾丸並の速度で射出された剣――リザードマンが持っていた武器は、あやまたずギャリガンの心臓部へ吸い込まれた。
「なら、これも見えてたのかね」
 三度消滅していくギャリガン。だが辰巳は目もくれず、アリーナへ通信を繋ぐ。
「次は?」
「左手奥に扉があります。そこを道なりに」
 頷き、辰巳は進む。扉を開く。同じような通路。だがギャリガンは居ない。
 これ幸い、と走り出したのも束の間。天井のスピーカーがギャリガンの声を中継する。
「無論、見えていたとも。そして基本的に、僕は予知した光景へ逆らわない。むしろそれが起きるようお膳立てすれば、相手は絶対その通りに動くし――何より、それ以外の事は起こらない」
「だから分霊を配置していた、と言う訳ですか」
 アリーナが呟く。辰巳は扉を開く。走る。また扉を開ける。下りの非常階段。冷たい光に満たされた螺旋の中へ、辰巳は迷わず飛び込む。
 そうして幾度目か踊り場を曲がった矢先、前後から唐突に現われる影。それは音も無く浮遊する四つの金属球体。上部に浮遊の術式を、下部に小型の銃器を備えたそれは、スレイプニルの内部迎撃システムに相違ない。
「く」
 辰巳が舌打ったのと、迎撃システムの発砲は、ほぼ同時だった。機械制御の正確な射撃に加え、階段内部という狭い空間。並の手合いであればたちまち蜂の巣となっただろう。
 しかして当然、辰巳は並では無い。銃弾の雨が突き刺さる直前、辰巳は垂直跳躍。真下の階段が砕ける音を聞きながら、壁を蹴り鋭角急降下。銃身が此方へ向くより先に、手近な迎撃システムへ鉄拳を叩き込む。鉄クズが一つ完成。
「ファントム・ユニットの隠密作戦は分かっていた。だから僕は防御をおざなりにした。わざとだ」
 残り三つの迎撃システムが、一斉にギャリガンの声を中継する。中継しながら銃口が照準する、よりも先に辰巳は黙らせた鉄クズを投擲。
「グレンの思う通りにさせたのさ。侵入される未来が分かっているなら」
 鉄クズは狙い通り命中、二つ目の鉄クズが完成。だが声は止まない。
「当人のモチベーションが高いうちに、遊撃戦力として出した方が賢い」
 迎撃システムの銃口が吼える。だが射出された弾丸を、辰巳は容易く回避。クロスカウンターのように自動拳銃を発砲。
「君もそう思わないかね? ファント」
 一、二、三、四発。二発ずつ銃弾を叩き込まれ、残りの迎撃システムもあえなく沈黙。煙を噴く鉄クズを、しかし一瞥すらせず辰巳はまた走り出す。
 その一秒後、辰巳が立っていた階段がまた爆ぜた。上空から現われた追加分の迎撃システムが、辰巳を追って来ていたのだ。飛行システムは相変わらず音を立てないが、その分内蔵スピーカーが一斉にがなり立てて疑似サラウンドを形成する。
「ともあれ、僕はキミ達凪守《なぎもり》をRフィールド内へ迎え入れたワケだが。先見術式の光景を抜きにしても、キミ達は酷く奇妙な行動に出た」
 一、二、三、四発。迎撃システムの射撃を跳躍回避しながら、居合いじみて抜き撃たれる辰巳の銃撃。やはり全弾過たず命中するが、ギャリガンの独白は止まらない。数が多すぎるのだ。
 なれば、辰巳の取る手は一つである。
「セット。モード・ヴォルテック」
『Roger Vortek Buster Ready』
「日本の、確かスノマタとか言ったかな? 一晩で城を造る、というその逸話自体も中々興味深いが」
「ヴォルテック……っ! バスタァァァァ!!」
 轟。
 飛び降りながら真上に放たれた広域撹拌霊力砲術式が、球体を階段ごと磨り潰す。豪快な破壊に舞い上げられた大量の鉄塊は、当然重力に捕われて落下。そうして轟音を立てる頃には、既に辰巳は廊下へ飛び出し、全力疾走を再開していた。
「GRAAAAAAAAッ!」
 それを待ち構えていたのは、やはりリザードマンと迎撃システムの混成部隊だ。剣と銃、遠近同時に襲い来る軍勢を前に、辰巳はやはり一瞬たりとも前進を止めない。
「キミ達凪守は、そのスノマタ城を造った。まぁ外見はコンテナの寄せ集めと言う、実に前衛的な造りだったがね」
 中継されるギャリガンの独白をBGMに、拳と剣と銃撃が交錯する。
「GRAAAAAAAAッ!」
 トカゲ頭の突撃刺突。回避は容易。だが背後には迎撃システムが控えている。
 であれば、対処法は一つだ。
「とはいえ実に独創的だ。何せあのコンテナと、展開した大鎧装部隊すら含めて、全てこちらへのブラフにしたのだからね」
 突き出された剣、その切っ先を鎧装に掠めながら、辰巳はリザードマンの懐に潜り込む。手首を掴む。鋭く息を吐く。
「ふ、うっ」
 ぐるりと音を立て、リザードマンが回転。同じタイミングで迎撃システムが発砲していたが、それらの銃撃は全てトカゲ頭の肉盾に突き刺さり、或いは弾かれる。
「GRAAAAAAAAッ!?」
「ふっ!」
 悲鳴を上げるリザードマンを、辰巳はトドメとばかりに蹴り飛ばす。吹き飛ばされた巨体は背後に控えるトカゲ頭共に激突、迎撃システム群の射線も一瞬塞ぐ。
 そして辰巳には、その一瞬で十分だった。
「大きく分かりやすい標的《コンテナ》を囮とし、それへの対処へこちらの戦力を裂かせる。そしてその隙に、本命のファントム4を潜入させる……」
 鉄拳。銃撃。蹴撃。通路を走り抜けながら、ありとあらゆる戦闘技巧を辰巳は披露する。その腕が振るわれるたび、あるいは照星が捉えるたび、リザードマンと迎撃システムの混成部隊は着実に数を減らしていく。
「いやはや。実に素晴らしい戦術じゃあないか」
 くつくつと笑うギャリガン。聞き流しながら、辰巳は通路を駆ける。敵の姿はどこにも無いが、辰巳の足はむしろ速まる。
「アリーナさん、目的地までの距離は?」
「まだ、結構あります。あと三階分降りないと――」
「GRAAAAAAAAッ!!」
 またしても響いたリザードマンの吠え声が、二人の会話を中断させる。辰巳は足を止める。
 見回せば、そこはまたしても広い場所。十字に通路が合流する小ホールと言った具合のスペースを、もう見慣れきったトカゲ頭と金属球がひしめいている。辰巳は目を細めた。だがそれは、苛立ちだけが理由では無い。
「アリーナさん。三階分下れば良いんですね?」
 この状況の突破口を、見つけたからだ。
「え? ええ、そうですけど――」
 アリーナが言い終えるより先に、辰巳は駆け出す。一直線に敵陣へ飛び込みながら、左手首を口元へ寄せる。
「セット。モード、インペイル」
『Roger Impale Buster Ready』
「GRAAAAAAAAッ!!」
 応える電子音声ごと押し潰さんと、四方八方から襲い来る吠え声。ギャリガンの戯言と同価値のそれを無視しながら、振るわれる刃と銃弾をかいくぐりながら、狙うは最奥の一体。
 小賢しい尻尾足払いを回避しながら、辰巳はまっすぐに跳んだ。
「ふッ!」
「GRAッ!?」
 ようやく自分が狙われている事に気付いたマヌケ面へ、辰巳は霊力充ち満ちる鉄拳を叩き付ける。リザードマンは吹き飛ぶ。辰巳に押されるような恰好で。砲弾のように突撃したのだから、さもあらん。
「GAAっ!!?」
 叩き付けられる後頭部。背後には壁、ではなく扉。ここに至り、ギャリガンはようやく辰巳の狙いに気付いた。
「おっ」
 だがもう遅い。辰巳は左腕の術式を解放する。
「インペイルッ! バスタァーッ!!」
 強制接続、叩き込まれる炸裂術式。荒ぶる嵐はトカゲの頭のみならず、背後の扉をも纏めて粉砕、大穴を開ける。
 舞い散る粉塵と霊力光、バイザーを閉じてそれらを遮断しつつ、辰巳は口を開けた扉の先――暗く伸びる縦穴を見やる。そう、辰巳が今し方リザードマンごと破壊したのは、エレベーターの扉だ。ここはエレベーターホールだったのだ。
「三階分だったな」
 かくて背後で驚くトカゲ共が動き出すより先に、辰巳は縦穴へ飛び込んだ。下がっていただろうワイヤーは、先程の一撃で吹っ飛んだため使えない。なので、辰巳は三角跳びの要領で跳び下っていく。
「ここ、だ、なっ!」
 やがて三階分下った辰巳は同じような鉄扉を発見、鉄拳を叩き込んで強引に押し開く。通路が露わになる。だが敵の姿はない。
「ふん、流石に手が回りきってないか。アリーナさん、目的地は……先見術式の場所は?」
「はい、まずまっすぐいって――」
 辰巳は駆けた。敵は一切現われない。打って変わった静寂に、アリーナは思わず独りごちる。
「重要区画を傷つけたくないから、でしょうか」
 辰巳は応えない。代わりに立ち止まる。正面には一際大きな扉。遂に辿り着いたのだ。
 先見術式。ザイード・ギャリガンの、引いてはグロリアス・グローリィの成功の土台となった術式が設置された部屋の扉を、辰巳は開く。
「やれやれ、予想以上に早いじゃないか。まだ用意が終わって無いというに」
 ドーム状の大部屋、その中央。
 何事も無かったかのように、ザイード・ギャリガンは肩をすくめていた。

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