『否が応でも摩訶不思議』
20年以上、マッサージセラピストとして人の体に触れていると、体を通じて多くのことが伝わってきます。肩や背中、手足の緊張や緩みが、指先を通してはっきりと感じられる瞬間。体は言葉にしない感情を表すことがありますが、私がもっとも強く感じるのは、目には見えない「何か」が存在していること。それは時に、説明のつかない不思議な感覚がセラピールームを満たす瞬間です。
私がこの仕事に出会ったのは、今から20年ほど前のことでした。離婚を経験し、心身ともに不調を感じていた私は、それまで勤めていたマーケティング会社の管理職を解雇され、途方に暮れていました。そんなとき、ふと目に入ったのがマッサージスクールのチラシ。これが私の人生を変えたのです。
私の施術室は、アロマの香りと柔らかな音楽が漂う、穏やかな癒しの空間です。しかし時折、この静かな場所に、奇妙なエネルギーが流れ込むことがあります。クライアントの体を通じて、隠れていた感情や記憶が解き放たれ、その瞬間に私も立ち会うことがあるのです。
ある日のこと、午後最後のセッションに30代の男性が来ました。普段は無口で礼儀正しい彼ですが、その肩には強い張りがありました。オイルを使い、彼の背中に手を置いた瞬間、空気が一変したような感覚がありました。それは単なる接触ではなく、何か大きな力が私たちを包み込んでいるような感覚。そして、彼の肩甲骨に手を当てたとき、彼は声を出さずに、何かを叫んでいるように感じました。
しばらくして、彼は静かに言いました。「母が亡くなったのは昨日なんです。」その瞬間、彼の体からは深い悲しみが解放されたのです。体は、感情や記憶を蓄える場所であり、マッサージを通じてそれが浮かび上がってくることがあります。私はその橋渡しをしているだけなのかもしれません。
また、別の日のこと。20代前半の女性が施術を受けに来ました。彼女は静かで穏やかな雰囲気をまとい、優しいタッチをリクエストされました。施術が進むにつれ、彼女の体が少しずつリラックスしていくのが分かりました。しかし、終盤に彼女の手のひらをマッサージしようとした時、私は驚きました。彼女の手には、ほとんど手相がなかったのです。まるで赤ちゃんの手のように、線がほとんどない。特に火傷や傷跡があるわけではなく、不思議な感覚に包まれました。
セッションが終わると、彼女は静かにベッドから起き上がり、目に涙を浮かべながら言いました。「こんなに優しく触れられたのは、人生で初めてです。」そして、彼女は自らの人生について語り始めました。「今日は、私にとって人生をリセットする日なんです。小さい頃から虐待を受けてきましたが、新しい人生を始めるためにここに来ました。」
彼女の話を聞いて、私は手相が消えていた理由がわかったような気がしました。彼女はこれから新しい人生を自らの手で描き始めるために、まだ何も書かれていない「白紙」の状態だったのでしょう。これから彼女が歩む道のりで、手相も再び現れてくるに違いありません。
このような摩訶不思議な体験は、否が応でも私の心に刻まれていきます。毎回、クライアントとともに新たなエネルギーに触れるたび、私もまた新しい発見をしているのです。
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