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自分で食べるものを一から作る

去年の3月中旬にフランスで始まった、新型コロナ感染対策のための外出規制。その時は約2カ月間で解除となったものの、この未曽有の出来事の始まりにあたり、私が考えたことは、いかに家の中に食料を確保するかだった。

もちろん、大型スーパーは開いていて、買い物のために家の外に出ることは、外出証明書を持参していれば可能だったけれど、日本同様フランスでも、食料品の棚は空っぽになるばかり。とはいえ、我が家は日頃から買いだめをしている家なので、その時もその後1カ月はスーパーに行かなくても済む状態ではあった。

それでも、外出規制がどのくらい続くかも分からず、長期間に渡って仕事ができない、もしくはそのまま仕事がなくなったとしたら、食料を買うためのお金がなくなるかもしれない。たとえお金があったとしても、スーパー自体に食料がない場合には、一体私たちはどうやって食べ物を手に入れればいいのだろうか。

あれから1年が経ち、いまだにコロナ禍ながら、ほぼ通常の生活が送れているけれど、最初は未知なるウィルスによって今までの暮らしがガラリと変わるのではないかと、本当に不安になったのだ。だから、どうなるか分からない今後のことを考えて、お金と交換せずに食料を確保するためには、「自分で食べるものを作り出すしかない」という考えに至った。そこで取り掛かったのが、ニワトリの卵を孵化させることだった。

改めて考えてみると、ニワトリとは素晴らしい生き物で、日頃は卵を提供してくれるし、最終的にはそのお肉をいただくこともできる。しかも、産んでくれた卵を温めるだけでヒヨコにもなるのだから、こんなにもシンプルな生産システムはない。野菜や果物を自家栽培するには、それなりに労力も必要だし、収穫は時期や天候によっても左右される。しかし、卵はニワトリを飼っているだけで勝手に産んでくれるのだから、こんなに楽していただける生産物は他にはないのではないだろうか。

もちろん、孵化させるには、スーパーで買ってきた卵を温めても無駄。雄鶏とともに暮らしている雌鶏が産む、交尾によって受精した有精卵からしか、ヒヨコは生まれないのだから。でも逆に孵化させる予定がなく、食べるためだけの卵ならば、有精卵である必要はない。したがって雄鶏も必要ではない。通常、スーパーで売られている卵は、雄鶏なしで雌鶏だけで産んでくれる無精卵である。



だから、我が家でも常に雄鶏がいるわけではない。実は外出規制宣言が出される前に買った雄鶏がいたからこそ、可能だったのだ。したがって卵を孵化させるのは当初の予定通りだったけれど、コロナ禍となったため、孵化させる卵の数を増やすことにした。生まれるヒヨコが多ければ多いほど、我が家の食料の貯蓄は増えるのだから。

そして必要とあらば、我が家産の卵や鶏肉を近所にある野菜栽培農家の野菜や、漁師さんか獲って来た魚介類と、物々交換してもらうことだってできる、とまで考えた。何にしても、通常でも自家製の卵を売っている我が家では、ニワトリの数が増えることは何も問題はない。

その時にいた雌鶏たちは約20羽。有精卵を得るためには、雌鶏10羽に対して雄鶏1羽とも言われているのだけれど、万全を期すために買って来た雄鶏は3羽。雌鶏と雄鶏を一緒にしてから、いつから有精卵になるのかがよく分からず、とりあえず1週間待ってみる。我が家の孵化器は、卵が最大51個入るタイプなので、選択して卵を入れることを考えても、60個は集めなくてはいけない。

年中、スーパーで卵は売られているから知られていないだろうけれど、自然の中で飼育する雌鶏は年がら年中、卵を産むわけではない。冬の間はまったく産まない時期があり、暖かくなり、日が長くなってくる3月に入ると卵の量が増えてくる(夏、暑すぎても(?)産まない時もある)。

フランスでは、カトリックのお祭りであるイースター(フランス語はパック)を毎年春に祝うのだけれど、その時に主役となるのが卵。家のどこかに隠してある、彩色したゆで卵や卵型のチョコレートを探したり、卵を使ってベニエやクレープなどのお菓子も作られる。卵や肉などの動物性たんぱく質を摂ることを禁じていた四句節が終わり、肉食が解禁されることにもなるイースター。春に向かうにつれて増えていく卵の季節的にも、理に適ったお祭りなのだ。


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必要な卵の数が集まったら、形が整ったものを厳選して孵化器に入れる。水を少々入れてふたを閉め、電源を入れると温度37~38℃、湿度60%を自動で保ってくれる。さらに毎時、卵をのせた部分を左右に自動回転してくれるため、卵全体をまんべんなく温められるというわけ。本来ならば雌鶏がお腹で温めながら、卵を脚で時々転がして回転させているのと同じ仕組みである。

孵化器に入れてから19日目に、回転用の容器から卵を出して平らに置き、水を多めに入れて湿度70%にする。手間が掛かるのはその時くらいで、さらにそのまま待つこと2日。こうしてようやく、待ちに待った21日目の到来だ。


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朝起きると、ピヨピヨと甲高い鳴き声が響いている場合もあるし、早い子は卵が並んだ間から1羽だけヒヨコとなって、すでに顔を出していることも。誕生ラッシュは21~22日目。中から突いて小さな穴が開いたかと思うと、卵の中でヒヨコはぐるりと回転しながら、殻が上下に開くように横方向に一直線の割れ目を作る。そして、ふと、外の世界に出て行く踏ん切りがついたかのように、えいと、頭と脚を一気に伸ばして割れ目を内側から開き、殻の外に出てくるのだ。


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小さな穴から始まり、殻の外に出てくるまでの時間は、ヒヨコによってまちまち。大抵、誕生ブームに乗って生まれる子たちは早くて、ぱっかぱっかと殻を割りながら、面白いほどにヒヨコがぽこぽこ生まれくる。さっきまで、外見はただの普通の卵だったのに!である。

私は羊や秋田犬の出産に立ち会ったことがあるけれど、哺乳類とは異なる趣きが卵生類の誕生にはある。何といっても母親からすでに離れた状態である、卵から生まれるという不思議さ。しかもニワトリの卵は、私たちが普段食べているものであるだけに、なおさら奇妙なのだ。あの白身と黄身に分かれていたものが、一体どうなったら毛の生えたヒヨコになるのか、さっぱり分からない。

さらにさらに、孵化器の中で温めて21日間待つだけで、人工的にもヒヨコが生まれるのだから、何だか騙されているような気もする。もしかしたら神様が20日目に卵の中身をすり替えて、ヒヨコを入れていたとしてもおかしくはない。その方が、白身と黄身がヒヨコになるというよりも信じられそうな話ではないか。


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そんな魔法のようなヒヨコの誕生も、23日目になると様子が変わる。卵に小さな穴が開いていたとしても、自力で出て来れないヒヨコが残っているのだ。穴を開けただけで力が尽きたのか、卵の中で死んでしまう子もいる。まだ生きているならば、穴からピヨピヨと鳴き声がするから、その場合は殻を外から壊して、出て来るのを助けてあげなくてはいけない。

しかし、たとえヒヨコを殻から出してあげたとしても死んでしまう方が多い。卵から自力で出て来れないということは、正常に発育していないわけで、人為的に殻から出すと、ヒヨコの周りには白身の一部のようなものが残っていたり、血が流れ出て来たり、お尻から赤い内臓のようなものが垂れ下がっていたりするのだから。やっぱり神様が、卵の中にヒヨコを入れているわけではないのだ。

そんなヒヨコは、立ち上がることもできず、ほとんど寝たきりのまま、数時間生きただけで死んでしまう。その空しさといったら、生まれたばかりの子羊が死んでしまうのとは比にならない。何といっても私が殻から出してあげたヒヨコである。そんな無残な姿を見るために、卵から出るのを助けてあげたというのか。それならば、いっそのこと、自力で出て来れないヒヨコは、そのまま卵の中で静かに死なせてあげた方がいいのではないか。

だから毎回、小さな穴が開いた卵が最後まで残っているのを見ると、助けるべきか、助けないでおくべきか、葛藤してしまう。卵から出してあげた挙句、その甲斐もなくヒヨコが死んでいくのを見るたびに、がっくりして心が消耗する。だから、卵を孵化させることは、ヒヨコが生まれる喜びもありながら、最後に嫌な気分になることが多いのだ。

そんな話を、フランスでニワトリを飼っている知人に話すと、「うちは雌鶏が自分で温めて自然に孵化するから、そんな卵があるなんて知らなかった」と言っていた。雌鶏もくちばしで突いて、ヒヨコが卵から出てくるのを助けてあげるというのを聞いたことがあるけれど、それも限界があるだろう。自然界では、ヒヨコが自力で出て来なければ、それは孵化しなかった卵として終わる。

そういえば雄鶏を売ってくれた家の旦那さんも言っていた。「最後にイライラするから、孵化器での繁殖はもうやらない」 彼は私よりも繊細な人間なのだろう。もちろん、自然に孵化させることもできるけれど、すべての雌鶏が卵を温めるわけではないし、ヒヨコが何羽生まれるかも定かではない。確実にそれなりの数の卵を孵化させて、ニワトリにしたい我が家としては、やはり孵化器に頼るしかないのだ。

結局のところ、穴が開いた卵をどうするかという葛藤があるのは、人間が繁殖に手を出して、人工的に孵化させているからこその報いなのだろう。勝手に手を出しておいて、勝手に落ち込んでいるのだから、本当に勝手なものである。

でも、殻から出してあげると寝たきりだったくせに、ひと晩経ったら普通に立ち上がるヒヨコが、稀にでもいるからこそ、少しは救われる。だから、いくらダメだと思っていても、やっぱり殻を開けずにはいられないのだ。少しでも可能性があるのならば、手を差し伸べずにはいられない。そして、そんな希望と落胆を、性懲りもなく繰り返してしまうのが人間なのだとも思う。


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こうして孵化させること3回。51個の卵から、1回目は27羽、2回目は30羽、3回目は31羽のヒヨコが生まれた。1回の孵化につき、卵から出してあげても死んでしまったのが2羽ずつ。残りのうんともすんとも言わない卵は大抵無精卵である。孵化器に入れる前に、ランプの光を当てて有精卵かどうかを確かめる方法があるらしいけれど、うちではそこまでしない。したがって、51個の卵から30羽のヒヨコが生まれるのが、我が家の平均値である。

よって計88羽のヒヨコが生まれたわけだけれど、あれから約1年の間に死んでしまったものを考えると、現在我が家にいるニワトリは雄鶏、雌鶏合わせて70羽くらい。雌鶏は年末から少しずつ卵を産み始めたところで、雄鶏はようやく体が大きくなってきたところである。いくらニワトリ任せとは言え、自分で食べるものを一から作ることは、ずいぶんと時間が掛かることなのだ。

それでは、そろそろ雄鶏を鶏肉にするとしましょうか。


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