見出し画像

病気になった従業員の業務内容

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 一時期、ひどい貧血に悩まされていたことがありました。
 貧血だと分かるまでは、毎日毎日なんでこんなに眠くてだるくてやる気が出ないんだろうと不思議に思っていました。
 しかし、健康診断で引っかかって、取りあえずの対処療法として鉄剤の注射をしてもらうと(貧血の原因の方はとりあえず様子見ということで・・・)、夜遅くまで目がギンギンに冴えてしまうほど元気が漲ってきました。

 注射の中に何か違法なものが・・・?と思うほどの効き目でした。

 その注射を1年くらい続け貧血の原因の方も収まってきたので、今ではもう注射なしでも元気に過ごせるようになっています。

 持病を抱えて仕事をすることって、見た目以上に大変なことだと実感しました。

 今日紹介する裁判例は、バセドウ病になった従業員の話です。

片山組事件(最高裁判所平成10年4月9日第一小法廷判決)

 従業員は、私傷病(業務上の病気やケガではない病気やケガ)を理由として休職した後、私傷病が治癒したとして復職しようとするときは、治癒したことを診断書等で示す必要があります。

 そして、治癒したかどうかは、業務に従事できる状態にあるかどうかで判断されるのですが、本件で最高裁判所は、休職前に従事していた特定の業務を十全に行うことができなくても、その労働者が配置される可能性のある他の業務で労働の提供の可能なものがあれば、治癒したと判断すべきであるという考え方に寄りそうものです。

事案の概要

 Xは、昭和45年に、建設会社であるY社に雇用され、現場監督業務に従事してきましたが、平成2年にバセドウ病との診断を受けました。

 それ以来、Xは現場作業に従事することができない旨Y社に申し出、就業時間を午前8時から午後5時までとして、残業は午後6時までとすること、日曜、祭日、隔週土曜日を休日とすることを求めました。

 Xは、Y社の求めに応じて、主治医の診断書を提出すると共に、病状について、「疲労が激しく、心臓動悸、発汗、不眠、下痢等を伴い、抑制剤の副作用による貧血等」がある旨説明しました。

 そこで、Y社は、「当分の間、自宅で疾病の治癒をすべき」旨の命令を出しましたが、Xは、事務作業を行うことはできるとしてそれに沿う診断書を提出しました。
 Y社は、この診断書にXが現場監督業務に従事しうる旨の記載がないことを理由に、自宅治療命令を維持し、Xの欠勤扱いを継続しました。

 そこで、XはY社に対し、欠勤扱いとされたことにより支払われなかった賃金と減額された一時金の減額分を請求する訴えを提起しました。

東京高等裁判所(原審)の判断

  東京高等裁判所は、以下の判断枠組みの下、本件では、信義則上Xの労務の一部のみの提起を受領するのが相当というべき事情がなく、Xの債務の履行が不能となったのであるから、Xは本件不就労期間中の賃金等を取得しない、としました。

・・・労務の一部のみの提供が可能であるが、その余の労務の提供ができないときには、右可能な部分の労務のみの提供は、労働者の雇傭契約上の債務の本旨に従った履行の提供とはいえないのであるから、原則として、使用者は右労務の受領を拒否し、賃金支払債務を免れうるものというべきであるが、提供不能な労務の部分が右契約上提供すべき労務の全部と対比して量的にも質的にも僅かなものであるか、又は、使用者が、当該労働者の配置されている部署における他の労働者の担当労務と調整するなどして、当該労働者において提供可能な労務のみに従事させることが容易にできる事情があるなど、継続的契約関係にある使用者と労働者との間に適用されるべき信義則に照らし、使用者が当該可能な労務の提供を受領するのが相当であるといえるときには、使用者は当該労働者の提供可能な労務の受領をすべきであり、使用者がこれを拒否したため、当該労働者が労務の提供をすることができず、その履行が不能となったとしても、右労働者は履行したとすれば雇傭契約に基づき取得しうべき賃金債権等を喪失するものではないと解するのが相当である(民法536条2項)。そして、労働者が、使用者に対し、私病を理由として、労務の一部のみの提供が可能であるが、その余の労務の提供ができない旨の申出をし、債務の一部の履行拒絶の意思を明らかにしたときには、使用者において、右労務の提供を受領すべきかどうかの判断にあたっては、当該私病の性質・程度、当該労働者の担当する労務の内容等に照らし、右労働者の申出に疑念をもつのが相当といえる事情のない限り、使用者としての立場から格別の医学的調査を経ることを要するものではないというべきである。
 また、使用者が、私病に罹患した労働者の提供する労務を当該雇傭契約上の債務の本旨に従ったものではないとして、その受領を適法に拒絶した場合においては、その後、右労働者が、当該私病が治癒又は軽快し、右債務の本旨に従った労務の提供ができる状況になったことを使用者に明らかにし、その受領を催告しない限り、右雇傭契約に基づく賃金債権等を取得する余地はないというべきであり、使用者において、自ら進んで、当該労働者の私病につき医学的調査をして、就労することができるような状況になったかどうか等を検討し、かかる状況になったときには、就労を命じるべきであるとの義務を信義則上も負うとはいえないものと解すべきである。

最高裁判所の判断

 最高裁判所は、以下のように述べて、原審を破棄し、事件を差し戻しました。

1 労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。そのように解さないと、同一の企業における同様の労働契約を締結した労働者の提供し得る労務の範囲に同様の身体的原因による制約が生じた場合に、その能力、経験、地位等にかかわりなく、現に就業を命じられている業務によって、労務の提供が債務の本旨に従ったものになるか否か、また、その結果、賃金請求権を取得するか否かが左右されることになり、不合理である。

2 前記事実関係によれば、上告人は、被上告人に雇用されて以来21年以上にわたり建築工事現場における現場監督業務に従事してきたものであるが、労働契約上その職種や業務内容が現場監督業務に限定されていたとは認定されておらず、また、上告人提出の病状説明書の記載に誇張がみられるとしても、本件自宅治療命令を受けた当時、事務作業に係る労務の提供は可能であり、かつ、その提供を申し出ていたというべきである。そうすると、右事実から直ちに上告人が債務の本旨に従った労務の提供をしなかったものと断定することはできず、上告人の能力、経験、地位、被上告人の規模、業種、被上告人における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして上告人が配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうかを検討すべきである。そして、上告人は被上告人において現場監督業務に従事していた労働者が病気、けがなどにより当該業務に従事することができなくなったときに他の部署に配置転換された例があると主張しているが、その点についての認定判断はされていない。そうすると、これらの点について審理判断をしないまま、上告人の労務の提供が債務の本旨に従ったものではないとした原審の前記判断は、上告人と被上告人の労働契約の解釈を誤った違法があるものといわなければならない。

差戻後の高等裁判所の判断

 破棄差戻後の控訴審は、Xが、本件不就労期間中、本件工事現場における現場監督業務のうち現場作業における労務の提供は不可能であり、事務作業に係る労務の提供のみが可能であって、本件自宅治療命令を受けた当時、右可能な労務の提供を申し出ていたことを前提に、以下のように述べて、Xのした労務の提供は債務の本旨に従ったものであるから、Xの賃金等請求は認められるべきであるとしました。

・・・被控訴人の能力、経験、地位、控訴人の規模、業種、控訴人における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らすと、本件自宅治療命令発令当時、控訴人には、被控訴人のような多年にわたり現場監督業務に従事していた者にも遂行可能な事務作業業務が少なからず存在し、被控訴人に現場監督業務以外従事させる業務がなかったとはいえず(少なくとも、当面、待機中であった被控訴人以外の現場監督を本件工事現場における現場監督業務に従事させ、被控訴人を工務監理部において事務作業に従事させることは可能であったというべきである。)、被控訴人をこの業務に配置する現実的可能性があったものと認められる。

差戻後の最高裁判所(平成12年6月27日判決)の判断

 差戻後の高等裁判所の判決を不服とするYの上告・上告受理申立ては、裁判官全員一致の意見で、棄却及び不受理となり、Xの勝訴が確定しました。

債務の本旨に従った労務

 病気になってこれまでの業務をこなせなくなってしまった従業員がいたとしても、そのことだけで排除するのではなく、病気と寄りそった労務の提供ができるかどうか、本人の意向も重視しつつ検討するようにしましょう。

 そのような業務があれば、それが債務の本旨に従った労務と認定される可能性が十分にありますので。

 ただし、労働契約で労務の内容が決まっているなら、それ以外の労務は債務の本旨に従ったものとは言えない可能性が高くなります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?