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病気の従業員の復職判断

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 5月といえば「五月病」。

 新入社員や新入生が、最初の緊張が少しほぐれてきたころに、新しい環境の変化についていけないことを認識するようになって無気力になったり、眠れなくなったりする状態です。

 そのまま放っておくと、病状が悪化してうつ病になってしまうケースもあります。

 従業員がうつ病やその他の精神病に罹ってしまった場合、会社はどのように対応したら良いのでしょうか。

 ケガや肉体の病気の場合であれば、治癒したかどうかの判断は比較的わかりやすいでしょうが、精神の病気の場合には、治癒したかどうかを判断することが難しいため、会社としても対処に苦慮するところです。

傷病休職期間満了時の解雇

 ケガや病気で仕事に就けない状態になったとき、まずは治療に専念してもらわなければなりません。

 そして、休職期間中にケガや病気が治れば復職させることができます。

 もし、休職期間が終わってもケガや病気が治らなければ、会社としてはその従業員には辞めてもらうしかなくなります。

 では、どの程度治っていれば、復職させるべきなのでしょうか。

 裁判例は、元々就いていた業務そのものに復帰できるほどではないにしても、他に可能な業務があって、本人もその業務に就くことを了承している場合には、就労可能なほどに病気やケガは治っていると判断しています。

 ですから、もし、そのような就労可能な業務があるにもかかわらず、そのような業務に就かせることなく「治癒なし」として会社を辞めさせることはできません。
 病気を理由とした解雇処分も無効と判断されてしまいます。

会社はどこまで復職させる努力をすべきか

 病気を理由とした解雇が無効とならないようにするため、会社はどのようなことをどこまですれば良いのでしょうか。

 会社の対応について判断した裁判例(日本電気事件(東京地方裁判所平成27年7月29日判決))が参考になりそうなので、ご紹介します。

【事案の概要】

 技術系大学院を卒業した原告は、被告会社において、予算管理業務に就いていました。しかし、予算管理部門に配属されて2年が経ったころから、職場で「自殺したい」「死にたい」「会社がつぶれればいい。」等と独り言を言うようになりましたが、本人に病気である認識がないとの診断を受けたため、1年7か月の休職をさせることにし、期間内に復職できないときは退職になる旨を伝えました。

 その後、上司が付き添って通院し、一時、統合失調症が疑われたものの、最終的にはアスペルガー症候群であると診断された原告は、生活リズムを整え社会性を習得するためにデイケアで訓練を受けることになりました。

 10か月後、主治医から産業医に対して、職場復帰の検討時期である旨の連絡がありました。

 原告は、休職期間満了1か月前までの3か月間、専門病院のショートステイに月に10数回参加し、休職満了時には主治医から、通常勤務が可能である旨(ただし、アスペルガー症候群の特性上、原告に対する指示は明示的・ 具体的に行うべき旨)の職場復帰診断書をもらいました。

 被告会社は、休職満了の2か月前に、産業医と共に職場復帰面談を行い、休職期間の最終月に2週間試験出社を実施しました。

 試験出社は、被告会社において、職場復帰支援の一環として、安全な通勤及び所定就労時間の安全・安定した就労が可能であることを確認することを目的とするとされていました。そして、職場復帰後に就労する職場環境において、業務は一切行わず自主活動を行い、上司は作業内容について具体的な指示は行わず、成果物の受領や査定は行わないこととされていました。
 試験出社期間中、原告が行うこととされた自主活動は、原告に支給されたパソコンにウイルス対策のパッチを当てること、パソコンで社内向けのニュースを閲覧すること、通信事業3社の事業形態・業務内容をまとめるレポートを書くことでした。

 試験出社中の様子は以下のとおりです。

 試験出社の際、原告は欠席、遅刻及び早退なく、上記の作業をすべて行うことができましたが、試験出社の初日、上司が原告に対し、パソコンのパッチ処理等を行っている際の手待ち時間(1件ごとに5~20分ある。)、情報収集のために業界誌や業界の本を読んではどうかと勧めたところ、原告は、休んでいていいはずだ等と述べて(原告としては、雑誌や本に集中するとパッチ処理ができなくなると考えていた。)、初日から3日目まで約53件のパッチ処理等の際の手待ち時間はパソコンの前で座って待っていました。
 また、原告は、初日及び2日目に自席で居眠りをしたため、上司が注意したところ、原告が居眠りはしていないと反論したため、2日目の居眠りの際、上司が、原告が自席で目をつぶり、姿勢を崩して首を垂れ、口をうっすら開けて、椅子に寄りかかっている様子を写真撮影して、原告に見せて注意しましたが、原告はやはり「居眠りはしていない。目を閉じていただけである。」旨主張しました。
 原告は、自席において独り言を言ったり、意味なくニヤニヤしていたりすることもあり、周囲の社員から苦情があがりました。
 試験出社中、原告は職場で朝の挨拶をしないときがあり、上司から、挨拶するよう注意されましたが、自分が出社したときには既に作業している人がいて、挨拶をした方がいいか分からない等といった考えに基づき、その後も挨拶をしないときがありました。また、原告は、試験出社前に原告に対する事務連絡を担当していた社員に対して礼を言わなかったため、上司から注意を受けることもありました。
 原告は、ネクタイを着用しないで出社し、上司から着用するよう指導されましたが、着用して来なかったため、上司がループタイを原告に与えたところ、6日目からこれを着用しました。また、原告は、試験出社の初日にコートを着用したままで作業し、上司から注意を受けてコートを脱いだものの、コートに財布を入れているから盗まれるかもしれない等と述べて、コートをロッカーに入れず、膝に丸めて載せたり、再度コートを着用して作業したりしました。また、寝癖がついていたり、メガネが汚れていたり、上着を着てこない日があり、上司から注意を受けました。また、手帳を持参しておらず、紙切れにメモをしていたため、上司から注意を受けましたが、その後も持参しませんでした。

 被告会社の人事部では、原告の復職の可否について検討し、マシン室の備品等の保管効率化等についての業務を検討しましたが、最終的には、試験出社の際の原告の状態に基づいて、原告にはコミュニケーション能力や社会性について改善が見られず、適する総合職の職務はないと判断しました。

 結局、被告会社は、本件休職期間の満了をもって原告を退職とすることを決定し、試験出社最終日、その旨を原告に通告しました。
 なお、被告会社の人事部において、原告が申し出ていたソフトウェア開発業務への異動について検討したところ、被告会社及び被告会社の関連会社におけるソフトウェア開発は、ソフトウェアの出来栄えや納期を調整する業務であるから対人交渉が必要であり、プログラミング作業は他の会社に委託していたことから適合しないと判断しています。また、原告が大学院で従事していたソフトウェアの研究開発についてはも、事業としての有用性や目的を説明する能力が求められていたことから適合しないと判断しました。

【判決の内容】

 以上の経緯で原告は退職とされましたが、それに不服があったため、原告は従業員としての地位を確認するため、被告会社に対して裁判を提起しました。

 東京地方裁判所は、以下のように述べて、原告の請求を棄却しました。

・・・試験出社時の原告の状態は、・・・本件休職命令前の状態と比較して、職場を徘徊するという不穏行動は見られず、不潔だとか体が臭うとかの苦情はなかった。しかし、原告は、本件休職期間満了日の直前になっても、依然としてアスペルガー症候群であるとの病識を欠いたままであった上、試験出社時においては、本件休職命令前から原告の上司であり、原告のほとんどの精神科の通院に付き添ってきた上司から、職場での居眠りを指摘されたり、業界誌等の閲読を促されたりした場合に、自分の考えに固執して全く指摘を受け入れない態度を示し(朝の挨拶、手帳の持参、コートの保管、寝癖、メガネの汚れ、ネクタイ等についての指導に対し、容易に応じないことについても同じ。)、指導を要する事項についての上司とのコミュニケーションが成立しない精神状態であった。さらに、試験出社中、ニヤニヤしたり、独り言を言ったりするという不穏な行動があって、周囲の同僚から苦情を受ける状態であった。
 原告の従前の業務である予算管理の業務は、対人交渉の比較的少ない部署であるが、指導を要する事項について上司とのコミュニケーションが成立しない精神状態で、かつ、不穏な行動により周囲に不安を与えている状態では、同部署においても就労可能とは認め難い
 したがって、本件休職期間満了時において、原告が従前の職務である予算管理業務を通常の程度に行える健康状態、又は当初軽易作業に就かせればほどなく当該職務を通常の程度に行える健康状態になっていたとは認められない。

 また、裁判所は判決内で、障害者基本法、発達障害者支援法及び改正障害者雇用促進法の趣旨からすれば、雇用主には、アスペルガー症候群の特質である対人的相互反応の障害及び限定的・反復的・常同的な行動様式に対する合理的配慮が必要であることは当然であるしつつ、雇用安定義務は努力義務であるし、合理的配慮の提供義務も、当事者を規律する労働契約の内容を逸脱する過度な負担を伴う義務を事業主に課するものではないから、雇用安定義務や合理的配慮の提供義務は、使用者に対し、障害のある労働者のあるがままの状態を、それがどのような状態であろうとも、労務の提供として常に受け入れることまでを要求するものとはいえないとしました。そして、原告は労務を提供することが不可能な状態であったから、これを受け入れることは求められない旨、判示しています。

職場復帰時の判断に注意

 傷病休職から職場に復帰させる場合には、従前の業務だけでなく、その他にもできる仕事はないか検討し、また、主治医や産業医の意見を聞きながら慎重に復帰を進めていくことが求められます。

 特に、精神的な病気の場合は、職場復帰を焦りすぎると病状が悪化することもありますので慎重に進めなければならない反面、職場復帰を拒否していると取られるような対応もできませんから、そのバランスは非常に難しいものとなるでしょう。

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