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4. 《interview》 テルアビブの音楽シーンの仕掛け人:ツァハ・バール 

「常に音楽が周りにあった。今も音楽のことばかり考えているよ」。
トレードマークは帽子とまるぶち眼鏡、背筋はピンと伸びている。ツァハ・バール (Tzach Bar)、テルアビブの音楽シーンの仕掛け人である。


音楽を軸とした複合施設に 「Kissa」

2010年夏、友人3人とともに、オンラインのラジオとバーを併設したTederを実験的に開始した(※Tederはヘブライ語で周波数)。
Tederとは音楽を軸とした複合空間である。1200名を収容するメイン会場、ミニホール、展示スペース、レコードショップ、バー、有名シェフのレストラン。この音楽を軸とした「集いの場」は徐々にテルアビブの若者の心を掴み、今やTederといえば、何か面白いことをやっている文化の発信地として広く知られるようになった。

2022年夏には、Tederの中にジャズのライブ演奏をするバー「Jazz Kissa」がオープンし、新たな音楽空間として瞬く間にその名は広まった。
「Kissa?」そう、日本の「ジャズ喫茶」がモデルだという。日本を歩き回り、ジャズ喫茶の文化に刺激を受けたツァハが、新たに手がけたプロジェクトだ。そのKissaでツァハ・バールに話を聞いた。

感銘を受けたことを自分なりに翻訳する

ーまず最初に聞きたいのは、テルアビブになぜ Kissa?

コーヒーやお酒を飲みながら質の高い音楽に耳を傾け、友だちと語らう、そんな場所を作りたかったんだ。
僕らの頭には常に日本の文化がある。実はKissaだけではなく、Tederそのものが日本の影響を受けている。
2008年から毎年日本を訪れていて、何件ものジャズ喫茶を巡った。どの店もドアを開けた途端、クオリティの高いサウンドで、いい音楽が耳に流れ込む。オーディオ、選曲、室内のレイアウトと全てにこだわりがあって、客は質の高い音楽に耳を傾けていた。

日本から受けた影響は、始めたら最後までしっかりやるという考え方。好きなことに対して、真心を持ってとことんまで追求している姿勢と美意識は僕らの手本になっている。

ー日本のどんなものをイスラエルに持ちこみたいと思っていますか?

日本とイスラエルは人も違うし、文化も行動も違う。
日本文化が大好きだけれども、日本の文化を持ってこようとか、日本と同じことをここでやろうとしているわけではない。

自分は何かを作り出すときに、自分にとって「これだ」と思ったことをアイディアとして取り入れている。感銘を受けたことを自分なりに翻訳しているんだ。それがとても重要だと思っている。

重要なのはジャズという生き方

ーKissaを作るプロセスでこだわったことは?

ジャズに重きを置くということ。ただ、ジャズといっても音楽のジャンルに限ったことではなく、生き方という方がいいと思う。常にライブ音楽があり、即興の音楽が展開し、同時にワイン、酒を楽しめて、来る人たちが自由にできる。そんな空間にこだわっている。

ーなぜ、ジャズ? Tederはこれまでロックやヒップホップが中心ですよね。

ジャズという生き方かな。ジャズは特定の場所から生まれたけど、そこに留まらず広がりがあって、自由で、エレガントで、ビジュアルでもある。その場の経験をみんなで共有する、そういうことを大切にしたいと思っている。

ーKissaができたことでアーティストや周りの反応は?

テルアビブで演奏場所が増えたことをみんな喜んでいる。ハ・エゾールやベイト・ハアムディームといった他のオーナーたちも歓迎してくれている。僕らは競争し合っているわけではなく、音楽シーンを盛り上げるためにみんなで助け合っているんだ。特にアーティストは本当に喜んでいる。

僕らはまだ初期段階

ーツァハ自身はどんな音楽を聴いてきたのですか?

中高生時代を過ごしたのは80年代から90年代初め、当時のイスラエルの音楽シーンはとてもクリエイティブだった。ラジオから流れるロック、ヒップホップなんかをよく聴いていて、そのうちライブに行くようになって、ファンクやレゲエ、DJというものにも興味が出た。とにかく色々な種類の音楽に触れていることが楽しかった。

ーその頃のイスラエルのジャズシーンは?

もちろんこんなに盛んではなかった。イスラエルにジャズがなかったわけではないけど、国そのものがまだ若くて、全ての歴史が浅かったからね。80年代、90年代に少しずつイスラエル人がニューヨークなど海外に行くようになり、各地のシーンで存在感を示すようになった。

ーその頃はイスラエルのジャズの大きな転機と言われていますよね?

そもそも”イスラエル人らしさ”とはなんだろうね。
僕らはまだその初期段階に過ぎない。60年代、70年代に両親の世代がさまざまな国からイスラエルに移住してきた。そこが第一世代だとすれば、僕らはやっと第二、第三世代。
僕らの世代は、歴史が浅く、国土も小さく、人口も少ないこの小さな空間で、イスラエルの文化とかイスラエル人らしさと言えるようなものを作り出そうとしているんだと思う。色々なことが始まってはいる、まぁ規模は小さいままだけどね。

ー規模が小さいことのメリットもあるのでは?

小さな空間というのは、いい点もあれば悪い点もある。うまく行けばいいけど、うまく行かなければ続かなくなる。ベルリンやマンハッタンで成功できる人も、テルアビブは違う。テルアビブの街の特徴や事情を理解するのは簡単ではない。難しい場所だよ、テルアビブは。

出だしはポップアップ、原宿でも

ーそのテルアビブでTederを始めようとしたきっかけは?

中高生の頃、自分で集めたレコードを友達に聞かせることが楽しくなって、そのうち、いろいろな方法で家から音楽を紹介し始めた。その後は、音楽に合わせてイベントを企画したりした。

兵役が終わってしばらくNYに行き、その後はバンドのマネージャーを務めたり、レーベルを作ったり、ずっと音楽に関わっていた。
そして、2010年の夏にポップアップとして、現在のPortSaid(テルアビブ市内のレストランでもありバー)で、ネットのラジオやDJを軸としたアートや文化のイベントを始めたのがTederの原点。とても反響が良かったから、その後も何回かあちこちでポップアップを展開した。
2012年9月には1カ月間、原宿でも「Teder Tel Aviv Tokyo」を開いて、イスラエルと日本の音楽やアートの発信拠点として活動した。僕らのやろうとしたことを東京で理解してもらえた頃に終わってしまったから、また機会があったらやってみたい。

そして、9年ほど前にベイト・ロマノ(かつて行政や中小企業の事務所が入っていたコンパウンド)を見つけて拠点を移動して、今に至る。
ラジオスタジオ、レストランRomano、クラブ会場Rafiなど新しい施設ができていき、今ではTederのスタッフ総数430名、そのうちイベントの企画運営に携わっているのが約40人。    
Tederが、レストラン、レコード屋、イベント会場そしてKissaのような複合施設になるなんて全く計画してなかった。全て即興、まさにジャズ、流れに乗ってるうち、ここまでたどり着いた。
ポップアップを一緒に始めた3人はみんな残っていて、経営担当の友人などが加わり今では6名で共同経営をしている。とにかく仲間、スタッフに恵まれている。僕らのアイデアを実現するために財源を確保する仲間がいることが何より心強い。

常識を打ち破り、イベントは全て無料

ーTederでの文化イベントは全て無料というアイデアは初めから?

Tederでのイベントは全て無料。このスタイルも狙っていたものではないけれども、自分たちで全て企画できるし、仲介者なしのこのモデルが一番いいと思っている。ライブやパフォーマンスにはチケットが必要、という常識を打ち破れたのはTederの大きな強みにもなっていることは確かだね。

ーKissaも短期間で随分知名度は上がっているけれども、今のところ満足?

全く満足などしていない。やることは沢山ある。Kissaはあと半年したらもっと良くなる。常にトライアンドエラー、サウンドはこれでいいのかとか、そのことはいつも気にしている。オーディオももっと改善したい。
暖かくなったら外でブランチ・ライブをやりたいとか、いろいろなアイデアがある。営業時間、ライブ時間はいつがいいのかも再考が必要だし、財源も必要だし、どんな方法がいいのか、何がいいのか、もっと改善することはたくさんある。Fine tuningは続けていくよ。

ーこれからの展望は?

最終的にはTederを拠点としたコミュニティを作ること。
ミュージシャン、クリエイター、言語が違う人たちも、イスラエルのマイノリティであるアラブやベドウィンの文化もここに来れば感じられる、そんなコミュニティを作り出したい。

ー今後の一番大きなチャレンジは?

本物でいることかな。
お金でもなく、資本主義に流されることもなく、自分達が信じる本物を保ち続けること。少し、ベタに聞こえるかもしれないけど、それがとても重要なことだし、一番大切なことだと思う。

ツァハとのインタビューが終わってから、所狭しと並ぶレコードの棚から自分のお気に入りを、と頼んだところ、迷わず手にしたのがこのレコード。「聴くたびに良くなる。文句なしのベスト・アルバム」by ツァハ・バール (2023年1月3日@Kissa) 


ツァハ・バール 1979年6月17日生
Founder and Owner, Teder 
  イスラエルの町クファル・サバ育ち。2010年友人3人と実験的にはじめたTederが人気となり、今やテルアビブの文化を語る際になくてはならないTederの企画運営の責任を担っている。



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