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2. 《interview》 シャイ・マエストロ (ピアニスト) 前編

インパクトのある名前である。シャイ・マエストロ、本名だ。

若干19歳でベースのアヴィシャイ・コーエンのピアニストに抜擢され、『Gently Disturbed』『Seven Seas』など4作のアルバムに参加。アヴィシャイのピアニストとして5年間一緒に世界中を回った。私たちがシャイと出会ったのもその頃だ。2011年にアヴィシャイから独立、その後はシャイ・マエストロとして自身の音楽世界を追求し6枚のアルバムを発表、最近2枚はECMから出ている。音楽からも人柄が感じられ、同時代に生きていて幸せだと思えるアーティストの一人だ。


全て即興のライブステージ

2022年10月、シャイ・マエストロがリーダーを務めるバンドのライブに出かけた。サイドマンとしてはテルアビブ のあちこちで演奏するものの、シャイ自身のバンドメンバーが揃うライブはイスラエルでも貴重な機会だ。「僕らのステージはセットリストがありません。全て即興です。どうなるか、お楽しみに。」というシャイの一言で幕を開けた。

緊張感をもった音が一つ、一つと響きわたり、ドラム、ベースそしてトランペットが少しずつ加わっていく。やがて、音で交わされる会話が複雑に、そして深まる。シャイが熱を帯びていくと、ステージと観客が一体となる。顔を真っ赤にして曲に入り込むシャイ。観客も歓声を上げたり、拍手したりと敏感に反応する。久々のシャイのライブは、聴くというより体験だった。シャイが向かおうとしているところに一緒に連れて行かれたような余韻が数日間続いた。アルバムという世界は、シャイにはもはや小さすぎるんだと感じた。それにしても、いつから即興だけになったのだろう?

2023年1月14日の夜、イスラエルの新政権が進める司法制度改革に反発して、大勢の人々がテルアビブの路上に集まった。「ごめん。デモの渋滞がひどくて」と予定の時間より少し遅れながらも、我が家までやってきてくれたシャイに聞いた。(※この土曜の夜のデモは、4月25日時点で16週間継続している。)

やってしまった、、、まさかの展開

ーいつから、またどんな経緯で今のような即興だけのステージに?

まだドラムがズィブ(イスラエル人ドラマーZiv Ravitz)だった2015年か16年頃、フランスでのライブだったけど、「Gal」を演奏中に即興パートで予想外の展開になった。このままではやばいと思って、焦りながら自分からメロディを弾くように修正を試みたけど、結局ソロの展開もなく、噛み合わないままで終わった。

やってしまった、、、とライブが終わるまで気になって落ち着かなかった。ライブ後、あるファンから「あの途中の一曲がよかった。ステージからエネルギーが伝わってきたし、アーティストみんなが目の前のアドベンチャーを楽しんでいるみたいで。笑顔もよかった。」と言われて、え?っと驚いた。なるほど完璧を目指さなくてもいいのか、ならばいろいろ試してみるか、と徐々に即興パートが増えていき、今のようにライブ全て即興になった。

ーその頃はドラマーがジブから今のオフリーに変わる頃でもあるよね。

2017年頃オフリー(Ofri Nehemiya) を自分のバンドに招いたんだけど、彼とはバンドのビジョンなどいろいろ議論した。リズムセッションが完璧であることよりも、もっと音楽として広がっていくものを追求しようと言った。はじめは、スティックを落とすだけとか、音を出すという原点にも戻って、いろいろ試行錯誤しているうち、何か手応えを得るようになって、オフリーとは完璧に噛み合うようになった。

ー即興とはいっても、ステージに上がる前に今日はこんな方向性で行こうとか、この曲はやろう、とか軽い打合せはあるんじゃない?

いや、何もないんだよ、本当に。ステージに上がる前に、曲について話すこともないし、ステージに上がり、演奏しながらお互いに耳を傾けてだんだん進んでいく。自分が書いた曲が80から90くらいあるけど、みんなそれをよく分かっているし、毎回ワクワクしながらステージに向かっている。

                                                             Phillip Dizack (Tr) Jorge Roeder (B) photo by yoko higuchi

映画音楽、オーケストラ作曲、それにプロデューサー

 コロナ時期にはドキュメンタリー映画『行き止まりのむこう側』向けに作曲したり、アルバム制作のプロデューサーを務めたり、最近はオーケストラ向けに作曲したり、とジャズピアニストにとどまらず、幅広い音楽活動に取り組むシャイ・マエストロ。

ーこの間はローニー(Roni Eitan:イスラエル人のハーモニカ奏者)のデビューアルバムのプロデューサーとして、フランスでレコーディングしてたよね。プロデューサーというのはどう?

ものすごく楽しかった。ローニーとはアイデアの構想からレコーディングまで、何度も話し合いを重ねながら一緒に作ってきた。自分がレコーディングする時は、事前に楽曲をプロデューサーに送っておいて、スタジオでいろいろとアイデアをもらいつつ「これいいね」という調子で作っていくんだけど、ローニーは何度も僕のアパートに来て、一曲ずつ二人で耳を傾けながら作り上げていった。「このパートは本当に必要なのかな」と僕がコメントして、ローニーが持ち帰って新たに考えたものを送ってきて、それに対して僕がリズムを提案して、とプロデューサーでもありアドバイザーでもあった。

パート毎によくなっても、曲全体としてのストーリーがなければいけないから、はじめから聞き直してちゃんと曲になっているかどうかも確認した。それに、ローニーは実際に演奏した音を聞いてみたいというから、実際に演奏して、ギターのこのパートは少し控えめにした方がいいとか、ベースをもう少し引き立てようとか、一曲が長いんじゃないかなとか、いろいろアドバイスした。

また、実際に人前で演奏することで、何が足りないか分かることがあるから、ベイト・ハアムディーム(Beit Haamudim)でのギグを提案した(※そのギグを僕らは見にいった)。あの日は2セットだったんだけど、1セット終わった後にソロが少なかったと反省して、2セット目はもっとよくなった。

                                                                Roni Eitan @ Beit Haamdim      photo by yoko higuchi

音楽は気持ちがそのまま反映される

ーレコーディングはどうだった?

レコーディングも楽しかった。アーティストみんなが気持ちよく演奏できるように考えることがプロデューサーの大きな仕事だしね。

例えば、一日のスケジュールを考える時、朝は静かめの曲、昼は元気がいい曲で、午後になると何となくコーヒータイムに合ったものにする。音楽は演奏する人の気持ちがそのまま反映されるから、どの曲をどの時間に振り分けるかはとても大切。その演奏が十分いいか悪いかを決めるのもプロデューサーの判断になる。

そして、みんなでスタジオに入ってレコーディングしたばかりの曲を聞きながら、自分がイメージしたように仕上がっているか確認する。
「あ、そこ止めて、ドラムの入りのところもう一度確認したい」と技術者に細かく指示するのもプロデューサー。

みんなで気分良く演奏してもらうためには難しいこともある。例えば、演奏がイマイチな人がいたとき、技術的にはボリュームを下げてあまり目立たないようにはできるけど、後でそのアーティストが傷ついて気分を害してしまうし、その気持ちはその後の演奏にも影響を与えちゃうからね。

ーテルアビブにもいいスタジオ、いいエンジニアがいるしレコーディングはイスラエルでもできたんじゃない?フランスまで行く理由はある?

日常から離れて集中できる空間でレコーディングするのはとても重要だと思う。テルアビブでもスタジオはあるけど、自宅から楽器担いで、タクシー待って、渋滞にはまり、途中でお母さんから電話がかかってきて、と日常のど真ん中でレコーディングを始めることになる。

でも、フランスに飛んで、今回行ったところのような自然の中だと、レコーディングに完全に集中できる。それにステジオのレベルがやっぱり違う。今回レコーディングしたスタジオでは、ラフミックスの段階ですでにマスターくらい上質なものに仕上がってきて満足している。マイクなど機材の質も、エンジニアの能力も全てのレベルが高い。『Human』(シャイ・マエストロの最新アルバム)をレコーディングしたところでピアノもいいし、これからも一年に一回は行って録音したい。

ープロデューサー、これからも続けたい?

いい音楽だったらもう一度やりたいね。ローニーのことは以前からよく知っているし、メンバーのダダ(Daniel Dor、イスラエル人ドラマー)、バラク(Barak Mori、イスラエル人ベーシスト)、ニッツァン(Nitzan Bar、イスラエル人ギタリスト)もよく知っているし、曲が素晴らしかったから、自然と引き受けることになった。メンバーの選出についてもローニーと二人で相談した。

                Roni Eitan (h), Nitzan Bar (g), Barak Mori (b) @ Beit Haamdim    ©️yoko higuchi

最初はギターではなくチェロの予定だったから、ギターとの相性はやるまで分からなかった。でも、ローニーとニッツァンのコンビネーションは予想以上によくて、スタジオに入って聞いてみて「わーお」と感嘆した。

後編に続く

Shai Maestro
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